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小津安二郎 サイレント映画の美学

小津安二郎 サイレント映画の美学

A5判 340ページ 上製
定価:4,200円+税
ISBN978-4-7664-2619-9 C3074
奥付の初版発行年月:2019年08月 / 発売日:2019年08月下旬

内容紹介

小津映画の起源とは何か?

 本書は小津安二郎のサイレント作品を、ハリウッド映画の影響およびサイレント映画美学という観点から検証する。小津は、『晩春』や『東京物語』に代表される戦後作品を中心に、家族の悲哀を繰り返し描いた日本映画の巨匠として名高い。しかし、戦間期にはハリウッド映画の強い影響のもと、『東京の合唱』、『生れてはみたけれど』、『東京の女』、『非常線の女』、『出来ごころ』など、サイレント映画の傑作を多数生みだしている。これらの初期作品における小津の実践とはいかなるものだったのか。

 小津はエルンスト・ルビッチやジョセフ・フォン・スタンバーグといった映画監督の作品を編集や演出の水準で模倣しながら、〈明るさ〉を表現するハリウッド映画の〈動き〉を再現しようとした。ハリウッド映画の美学に忠実であることで、自身の映画スタイルを練り上げたのである。
 本書では、小津が模倣したハリウッド映画作品との比較、さらには同時代のヨーロッパ前衛映画論(ジャン・エプスタイン、ジークフリート・クラカウアー、ジガ・ヴェルトフなど)への参照をとおして、初期小津の映画的達成を明らかにする。

著者プロフィール

滝浪 佑紀(タキナミ ユウキ)

1977年生まれ。城西国際大学メディア学部准教授。
東京大学教養学部卒業、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了、シカゴ大学大学院映画メディア研究科博士課程修了。専門はサイレント映画研究、メディア論。
主な論文に、「TWICEの身振り――デジタルメディア時代におけるミュージックヴィデオ」(『城西国際大学紀要』第27巻5号、2019年)、翻訳に、ミリアム・ブラトゥ・ハンセン『映画と経験――クラカウアー、ベンヤミン、アドルノ』(共訳、法政大学出版局、2017年)などがある。

上記内容は本書刊行時のものです。

目次

序論 小津とサイレント映画の地平
 1 小津のサイレント作品を辿ること
 2 グローバルな規模で共有されたサイレント映画の地平
 3 本書の構成

 第一部 ローカルな文脈

第一章 小津映画の起源―― 一九二〇年代後半日本のハリウッド映画受容
 1 「ソフィスティケーション」の意味
 2 小津によるハリウッド映画の模倣
 3 ノエル・バーチとデヴィッド・ボードウェルによる小津論

第二章 近代による征服――松竹蒲田撮影所と監督たち
 1 「蒲田調」の発生過程
 2 スペクタクルとしての〈動き〉――牛原虚彦
 3 ふたつの映画内映画シーン――『隣の八重ちゃん』と『東京の女』

 第二部 グローバルな文脈

第三章 フォトジェニー的宙吊り――ルビッチ映画の〈動き〉について
 1 『東京の女』の冒頭シーン――小津による『結婚哲学』冒頭シーン
 の再構成
 2 「空間および時間内に同時にある動き」――エプスタインのフォト
 ジェニー論再考
 3 〈視線の一致しない切り返し〉の発生過程

第四章 はかない事物――ヴァナキュラー・モダニズムとしての小津サイレント映画
 1 雄弁な事物
 2 アジェの写真にたいするクラカウアーの評言
 3 小津によるジョセフ・フォン・スタンバーグへの言及

 第三部 〈動き〉と〈明るさ〉の美学を超えて

第五章 小市民映画の限界――岩崎昶の批判
 1 「小市民映画」のもうひとつの意味
 2 「来る可き映画の時代の望み」――岩崎昶の映画論
 3 『生れてはみたけれど』の映画内映画シーン

第六章 一九三四年以降の小津――トーキーへ、さらにトーキー以降
 1 トーキー化の問題――巨匠への欲望と「日本的なもの」への回帰
 2 〈断片的編集〉と〈演出〉のあいだで――戦後作品における「認め
 ること」のための空間


あとがき
参考文献
索引


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