大学生、福島を聴く 東日本大震災と「心の復興」
価格:2,640円 (消費税:240円)
ISBN978-4-87354-715-2 C3030
奥付の初版発行年月:2020年03月 / 発売日:2020年03月上旬
本書の目的は、東日本大震災で被災した福島県の被災状況や復興への足跡を明らかにすることである。福島県では、東日本大震災で地震、津波、そして福島第一原発事故がもたらした放射性物質による被害が深刻化している。震災から9年を経て、除染は進み、復興への歩みは見られるものの、福島産品への風評被害に加えて、福島の課題(除染、帰還、地域振興)が忘れ去られてしまうという風化の問題が新たに発生している。
本書の内容は、大学生が福島県で実施した取材内容に基づいている。福島県庁や南相馬市、富岡町などの自治体、仮設住宅で生活する方々、小学校や幼稚園の先生方や保護者への取材を通じて、大学生は「福島の今」を学んだ。
自治体への取材からは、放射性物質や汚染土壌を除染するために、住民の理解を得ることの困難さに直面した。加えて、住民コミュニティの希薄化が、除染廃棄物の仮置き場の設置への合意を遅らせてしまうことにもなった。
仮設住宅においても、避難住民は長期化する避難生活による疲れや、これまでの生活で築き上げてきたコミュニティの分断、そして将来への不安がストレスを生み出していた。小学校や幼稚園では、子どもたちの教育環境や食の安全への不安が問題となり、日常生活だけでなく、住民帰還を遅らせてもいた。
福島県沿岸部では、除染の問題に加えて、新たなまちづくりを進めていくうえでの課題が顕在化している。除染が長引いたため、富岡町や浪江町では、住民の帰還開始が大きく遅れた。そのため、住宅地の整備やショッピングセンターなどを整備するが、住民の帰還の目途は未だたっていない。
東京電力福島第一原子力発電所の調査では、東京電力社員の「原発敷地内の95%は普通に歩けます」という言葉を聴き、自身の目で確かめて復興への確かな歩みを実感する。しかし、廃炉工程の長さに戸惑うことにもなった。それどころか、除染廃棄物は、中間貯蔵施設で30年間保管するという事実に直面し、福島復興への果てしない道のりを想い、震災復興の厳しさを改めて知ったのである。
大学生たちは、被災地の深い苦悩、急速に減少する人口問題に答えを見いだせずにいた。しかし、ふるさとを蘇らせるために力を尽くす地元住民、そして住民帰還に向けて懸命に取り組む自治体職員の想いを聴くにつれ、大学生自身が「自分のできること」を考え、「ありのままの福島」を伝えることの意義を見出していく。そして大学生たちは、9世代にわたって、福島に生きる人々の生きる営みと、自分自身の認識の変化を、自らの言葉で綴っていった。
大学生が見つめ続けた9年間の調査活動記。大学生だからこそ見つけた「知られざる福島」が明らかになる。
東日本大震災のあと、初めて福島を訪問し、ためらい、とまどう大学生たち。 しかし、地元の人たちのお話を傾聴することで、自分を見直し、自らの役割に気がついていく。
足掛け9年にわたる彼らの活動を見つめたドキュメント。
福島を訪れた学生の言葉(一部抜粋)
◆よそからいきなりやってきて、受け入れられるだろうかと正直ずっと不安だった。仮設住宅に到着すると、何人かのお年寄りが集まっていたので、「こんにちは」とあいさつした。すると優しい笑顔で「どこから来たさ~」と聞き慣れない福島弁の質問攻めにあった。最初の不安なんて、あっという間に吹っ飛んでいた。(3年生、女性)
◆辛さを乗り越えて、私たちに現状を伝えてくれる人がいる。そんな人たちのためにも、今回見た、聞いたことを私たちが代わりに多くの人に伝えていかなければならないと強く感じました。(2年生、男性)
◆今回の訪問では、物質的な支援よりも心の復興がこれから求められるものだと感じた。私たち大学生にできることは、心の復興、心のよりどころの道をともに作っていくことだと思う。(3年生、女性)
◆初めて被災地、しかも帰還困難区域というまだ「あの当時」が残っている現場に行ったのは本当に衝撃の連発だった。ここが元農地なのか、家の窓ガラスが割れ、少し傾いている。(中略)私たちがここで見て感じたことを一所懸命に伝えていかないといけないと強く心に刻んだ。(3年生、男性)
◆復興は「人と人とのつながり」これが答えだと思う。(中略)福島の地に足を運び、目や肌で感じたことを帰って自分の周りに話す。その地で会った人々の話に耳を傾ける。人との出会いや繋がりが、またその地に行きたくなる感情を芽生えさせる。傷が大きい分時間はかかるが、そうやって少しずつ進んでいくことが一番の近道だと知った。(3年生、女性)
1 復興は、まだ途中
「復興は、まだ途中なんですよ」
2018年8月、福島県庁企画調整課の佐藤安彦氏の言葉です。
「この震災から得た教訓を教えてくれませんか」、と私が尋ねた際の答えでした。私にとっては、意外といえば意外です。しかし、少し考えてみれば、当然の答えでした。
あの震災から8 年の時を経て、復興への歩みも聞こえてくる。私にとっては、そう受け止めての質問でした。しかし、それはあくまで、「外」にいる私の考えに過ぎなかったのです。
「福島の今を関西に伝える」——私のゼミナールでは、震災の発生から、ずっとこのテーマに取り組んできました。何度も福島県に足を運んで、何世代もの学生たちが現地の方々に触れ合ってきました。
それから8 年、「教訓なら、関西のかたにも伝えやすい」——私のそんな安直な考えが露呈して、福島県庁のかたにたしなめていただいた、ということだろうと思います。私は、まだまだ被災地をわかっていなかったのです。
その反省と新たな決意を胸に、2019年6月、学生たちと9年目の福島県調査活動を実施しました。
本書は、2011年3月11日に発生した東日本大震災からの復興の歩みを記録したものです。この大事故から3カ月後の2011年6月に、私たちは初めて福島県を訪問しました。それから、2019年に至るまでの9年間、関西大学政策創造学部、橋口勝利ゼミナールが福島県を調査活動した取材記です。
ただし、本書は、震災の被災状況や復興策について、専門的見地から考察を深めるというスタイルはとりません。われわれは、これまでに数多くの行政機関、民間組織、避難生活者、大学教員や学生たちと出会い、取材を続けてきました。その貴重なお話から、大震災の惨状や爪痕だけでなく、複雑な立場や苦しい生活状況ゆえの生々しい体験もたくさん教えていただきました。
その教えや体験から、多くの影響をうけたのは、ほかでもなく関西大学の学生たちでした。学生たちは、メディアには伝えられない福島の現実に直面して素直に受け止めたとき、確実にその意識を変えたのです。そして福島の方々に向き合った学生たちは、使命感を持って、福島の今を関西に発信してきました。私は、その学生たちの感じた姿を映し出すことに、力を注ぎたいと思います。その思いを胸に、この本を執筆しました。9年間にわたって福島県を見つめてきた学生たちが、何を学び、どう変わったのか。「もうひとつの東日本大震災」を伝えます。
橋口 勝利(ハシグチ カツトシ)
橋口 勝利(はしぐち かつとし)
1975年、大阪府泉佐野市に生まれる。大阪明星学園で中学・高校時代を過ごし、京都大学経済学部卒業後、京都大学大学院博士後期課程を修了。経済学博士(京都大学)。京都橘女子大学文化政策学部ティーチングアシスタント、日本学術振興会特別研究員などを経て、現在、関西大学政策創造学部教授。著書に、『近代日本の地域工業化と下請制』(京都大学学術出版会、2017年、中小企業研究奨励賞準賞および政治経済学・経済史学会賞受賞)がある。
目次
参考地図 福島県と調査地域
序章 東日本大震災から9年 ◎2011年~2019年
第Ⅰ部 震災直後の福島 2011年
第1章 震災直後の衝撃 ◎第1回調査活動記
第2章 苦悩と分断 ◎第2回調査活動記
第Ⅱ部 復興への模索 2012年~2015年
第3章 傷跡は深く ◎2012年の調査活動記
第1節 ふくしまの子どもたち ◎第3回調査活動記
第2節 ふくしまの声を聴く ◎第4回調査活動記
第3節 復興への第一歩を探して ◎第5回調査活動記
第4章 復興への第一歩 ◎2013年の調査活動記
第1節 復興へ歩みだす ◎第6回調査活動記
第2節 復興への道 ◎第7回調査活動記
第5章 地域振興への模索 ◎南相馬市の歩み
第1節 福島県の除染状況
第2節 震災被害と復興への道
第3節 地域振興のために
第6章 混迷と希望と ◎2014年の調査活動記
第1節 復興への希望 ◎第8回調査活動記
第2節 安全と安心 ◎第9回調査活動記
第7章 復興への分岐点 ◎2015年の調査活動記
第1節 関西・ふくしまの交流を ◎第10回調査活動記
第2節 心の復興へ ◎第11回調査活動記
第Ⅲ部 新たな課題──住民帰還へ向けて 2016年~
第8章 帰還を目指して ◎第12回調査活動記 2016年
第9章 福島第一原発の今 ◎第13回調査活動記 2017年
第10章 復興まであと何年? ◎2018年の調査活動記
第1節 スタートか停滞か ◎第14回調査活動記
第2節 解決まで30年 ◎第15回調査活動記
第11章 ふくしまの未来を ◎第16回調査活動記 2019年
終章 大学生がみた福島
あとがき