世界史のなかの東南アジア[上] 歴史を変える交差路 A History of Southeast Asia : Critical Crossroads
価格:3,960円 (消費税:360円)
ISBN978-4-8158-1051-1 C3022
奥付の初版発行年月:2021年12月 / 発売日:2021年12月中旬
世界史を動かし続けた東南アジアを、先史から現代までの全体史として描く、第一人者による決定版。上巻では、近世=初期近代へと至る展開を各国史や大陸/島嶼の区別をこえた一貫した視点でとらえ、環境、宗教、ジェンダー、商業などから、豊かな多様性を生み出す人びとの姿に迫る。
東南アジアは、過去も現在も独自の地域であるとともに、無限の多様性に満ちた空間である。熱帯の湿ったモンスーン、深い森、網の目のような水路、そして定期的に襲ってくる自然災害によって形成される独特の環境が、[多元的な状態の]統一を促す巨大政体の発生に抗い、たぐいまれな多様性を維持してきた。この地域は、広大な領土を支配し、そのため歴史叙述でも過剰な役割が与えられるような帝国の舞台ではなかった。東南アジアを貫く共通性は、多様であるというまさにその事実と、多様性を維持し乗りこなす知恵にあった。法治官僚制国家がこの地域にあらわれたのは比較的最近であり、歴史を動かす主役になるのは二〇世紀に入ってからにすぎない。地域全体の独自性と地域内の多様性のどちらか一方を強調しすぎると、もう一方がみえにくくなってしまう。両者をバランスよく捉えた歴史を描くことが、本書の狙いである。
東南アジア史が、その歴史の継承者――つまり現在東南アジアに暮らす人びと――にとって学ぶべき価値をもつのは、ありふれた理由からだけでなく、ナショナリズムにとらわれた教科書の表層的な歴史記述を迂回し、その下部へと潜りこむ道筋を示してくれるからでもある。東南アジアの外に暮らす人びとがこの地域の歴史を学ぶ理由としては、多様性というよく知られた特徴に加えて、さらに三つの重要な点が挙げられるだろう。まず、この地域で生じる地殻プレートの衝突が、世界全体の気候と人類の生存を直接左右し得るという点、第二に、歴史がよく知られている他の諸社会に比べて女性が経済的にも社会的にもより自律的であったという点、そして最後に、他の地域では国家が文化や経済の内的一貫性をもたらしてきたのに対して、東南アジア社会には国家(ステート)とは異なる仕組みがあ……
[「はじめに」冒頭より]
アンソニー・リード(アンソニー リード)
Anthony Reid
1939年ニュージーランド・ウェリントン生まれ。オーストラリア国立大学太平洋アジア研究所教授、国立シンガポール大学アジア研究所所長などを経て、現在オーストラリア国立大学アジア太平洋カレッジ名誉教授。近代アチェ史研究からキャリアを始め、The Age of Commerce in Southeast Asia, c. 1450-1680, 2 vols.(1989; 1993)で東南アジア史にアナール学派の歴史概念を導入し、第一人者としての評価を確立した。インドネシアを中心とする近世・近代東南アジア史研究を専門とし、ナショナリズム研究や環境史でも多数の著作がある。
太田 淳(オオタ アツシ)
1971年福岡県生まれ。2005年、オランダ・ライデン大学大学院文学研究科にて博士(文学)取得。現在、慶應義塾大学経済学部教授。著書に『近世東南アジア世界の変容』(名古屋大学出版会、2014年、日本学士院学術奨励賞)。
長田 紀之(オサダ ノリユキ)
1980年東京都生まれ。2013年、東京大学大学院人文社会系研究科にて博士(文学)取得。現在、アジア経済研究所研究員。著書に『胎動する国境』(山川出版社、2016年、東南アジア史学会賞)。
青山 和佳(アオヤマ ワカ)
東京大学東洋文化研究所教授
今村 真央(イマムラ マサオ)
山形大学人文学部教授
蓮田 隆志(ハスダ タカシ)
立命館アジア太平洋大学アジア太平洋学部准教授
上記内容は本書刊行時のものです。
目次
日本語版への序
はじめに
第1章 熱帯湿潤地域の人びと
穏やかな気候、危険な環境 /森と水と人びと /人口が少ないのに多様なのはなぜか? /農業と近代語族 /稲作革命と人口の集中 /国家と社会の農業基盤 /食と衣 /女と男 /中国でもなく、インドでもなく
第2章 風下の地のブッダとシヴァ
インド的国家をめぐる論争 /青銅、鉄、土器 /仏教徒世界とサンスクリット化 /「憲章の時代」のシヴァとナガラ 900-1300年 /玄関口としてのヌグリ――オーストロネシア系の諸港市 /大越と中国との国境 /国家に属さない大多数の人びと /13-14世紀の危機
第3章 貿易とネットワーク
陸路と海路 /生産の特化 /アジア海域市場の統合 /オーストロネシア系とインド系の開拓者たち /東アジアの貿易システム 1280-1500年 /イスラームのネットワーク /ヨーロッパ人の参入
第4章 都市の発展と世界市場向けの生産 1490-1640年
東南アジアの「商業の時代」 /世界市場向けの作物 /船と商人 /イノベーションの中心としての都市 /貿易、銃、新種の国家 /アジアの商業組織
第5章 宗教革命と近世 1350-1630年
東南アジア型信仰 /上座部仏教コスモポリスと大陸部の国家形成 /イスラームのさまざまな始まり――商人と神秘主義者 /最初の世界戦争と分極化の連鎖 1530-1610年 /競合する普遍主義 /多元性、宗教の境界、そして「高地の野蛮人」
第6章 アジアとヨーロッパの邂逅 1509-1688年
欧華都市 /文化的媒介者としての女性 /文化的混淆 /イスラームの「発見の時代」 /東南アジアの啓蒙主義――マカッサルとアユタヤー /近世的形態としての鉄砲国家
第7章 17世紀の危機
大分岐論争 /長距離貿易の衰退 /グローバルな気候変動と局地的危機 /危機の政治的帰結
第8章 民俗語的(ヴァナキュラー)アイデンティティ 1660-1820年
18世紀の文化的凝集 /シンクレティズムと現地化 /宮廷・寺院・村落における表演 /歴史・神話・アイデンティティ /凝集とその限界
第9章 中国語化した世界の拡大
大越の15世紀革命 /ベト人の拡張――南進 /広南国南辺の多元的フロンティア /大国化する阮朝ベトナム /「華人の世紀」と商業の拡大 1740-1840年 /南方の経済フロンティアの中国人たち
第10章 熱帯プランテーションへの道 1780-1900年
胡椒とコーヒー /必需農産物の商業化 /新たな独占――アヘンとタバコ /ジャワにおける強制された植民地農業 /プランテーションとアシエンダ /大陸部三大デルタの経済圏――米の単一作物生産 /植民地化前後の成長の比較
第11章 自律性の退潮と最後の抵抗 1820-1910年
シャム――「文明」化による生き残り /コンバウン朝ビルマ――悲運の近代化 /阮朝ベトナム――儒教原理主義の高揚 /「保護」されるヌグリ /スマトラのムスリム――イスラームという代案 /バリの黙示録 /東部インドネシアの島々――動き回る「ビッグマン」たち /最後まで国家を逃れる人びと
訳注
(下巻目次)
第12章 国家をつくる 1824-1940年
第13章 農民の非自律化――人口増加と貧困 1830-1940年
第14章 消費する近代 1850-2000年
第15章 進歩と近代 1900-1940年
第16章 20世紀半ばの危機 1930-1954年
第17章 軍と王とマルクスと――権威主義的転回 1950-1998年
第18章 商業への回帰 1965年以降
第19章 ネーションをつくる、マイノリティをつくる 1945年以降
第20章 世界のなかの東南アジア地域
訳者解説 /訳注 /参考文献 /文献案内 /索引