イスラーム・ガラス
価格:7,920円 (消費税:720円)
ISBN978-4-8158-1001-6 C3072
奥付の初版発行年月:2020年09月 / 発売日:2020年09月中旬
歴史を彩る「世界の華」――。古来のガラス文化を統合して成立し、近代芸術にも大きな影響を与えたイスラーム・ガラス。その器形や成形・装飾技法から、美術工芸としての展開、さらには日本をはじめ世界各地への伝播まで、多数のカラー図版とともに豊かな物質文化の全体像を映し出す。
イスラーム・ガラス小史
本書で扱うイスラーム・ガラスは、ガラス器製作の開始から2000年以上の時を経て、過去に登場した様々なガラスの知識、技法、機能などを総合して確立した。そして、現代に至るガラスの、生活品および美術工芸品としての役割へと道筋をつけるものであった。製品はイスラーム諸国からヨーロッパ、アジア、アフリカにまで交易によってもたらされ、技術的な影響も各地域に及ぼした。すなわち、イスラーム・ガラスは、ガラス文化史の中で時間軸と地域軸の重要な結節点にあり、新たに縦方向にも横方向にも向かうベクトルの始点となりうる場所に位置しているのである。
中東地域では、ティグリス・ユーフラテス川流域を中心とするメソポタミア文化圏と、エジプトおよびシリア・パレスティナ地域を中心とする東地中海文化圏の、二つの文化圏において、独自のガラス文化が発展した。各々の地域内では拠点を移しながらも、技術伝統、器形、流通、使用法など、総合的に見て共通点を見出すことができる。それらは、イスラーム・ガラスとして統合されるまで、それぞれの文化圏の中で相互に影響を与えつつ、変遷していったのである。
このうち、メソポタミア文化圏は、ティグリス・ユーフラテス川流域を中心としつつ、北シリアからイラン西部までを包含している。文明発祥の地と位置づけられているが、異なる民族による諸王朝が興亡を繰り返したため、王朝ごとに文化が断絶し連続性に欠けている。また遺物資料が少なく、さらに資料の腐食が激しいことが、古代メソポタミアにおけるガラスの実態を知る障害となっている。しかし、この地域におけるガラス器製造の開始は最も古く、紀元前16世紀後半にまで遡る。当時のガラス器は、ガラス棒をスライスして並べるモザイク技法や、芯の周りに巻き付けるコア技法などの方法で製作された。……
[「はじめに」冒頭より/注は省略]
真道 洋子(シンドウ ヨウコ)
1960年生まれ。早稲田大学第一文学部卒業、早稲田大学文学研究科博士課程単位取得退学、博士(文学)。中近東文化センター研究員、イスラーム考古学研究所研究員、東洋文庫研究員などを歴任。イスラーム・ガラスの考古学的研究の第一人者として国際的に活躍するも、2018年に急逝。主な著作に『イスラームの美術工芸』(山川出版社、2004年)、『ガラスの博物誌』(編、中近東文化センター、2005年)などがある。
桝屋 友子(マスヤ トモコ)
1961年生まれ。東京大学東洋文化研究所教授。主な著作に『イスラームの写本絵画』(名古屋大学出版会、2014年)、『すぐわかるイスラームの美術』(東京美術、2009年)などがある。
上記内容は本書刊行時のものです。
目次
凡例
はじめに
序章 イスラーム・ガラスへのアプローチ
はじめに――ガラスの製造、流通、使用
1 イスラーム・ガラス研究史
2 イスラーム・ガラスの器形と機能
3 ガラスという素材をつくる
4 ガラスを使って製品をつくる(1)――成形技法
5 ガラスを使って製品をつくる(2)――装飾技法
第I部 イスラーム・ガラスの歴史的展開─―エジプトを中心に
第1章 最初期のイスラーム・ガラス
──7~8世紀──
1 後期ローマ・ガラスと最初期イスラーム・ガラス
2 フスタート遺跡出土のグリーン・ガラスをめぐって
3 ヴェセル・スタンプに見るガラスの公的利用とローカル製造
4 ラスター・ステイン装飾ガラスの出現
5 まとめ
第2章 イスラーム・ガラスへの展開
──9~10世紀──
1 エジプトの社会変化とガラス器
2 フスタート遺跡出土ガラス──ピット16出土品を中心に
3 ラーヤ遺跡出土の型装飾ガラスと器具装飾ガラス
4 ラーヤ遺跡出土の刻線装飾ガラス
5 ラーヤ遺跡出土のラスター・ステイン装飾ガラス
6 まとめ
第3章 地中海世界の中でのエジプトとガラス器
──11~12世紀──
1 ファーティマ朝によるエジプト征服と物質文化の変容
2 カット装飾技法の諸相
3 カット装飾瓶と杯
4 ゲニザ文書に見るガラス
5 まとめ
第4章 イスラーム・ガラスの二元化
──13~14世紀──
1 アイユーブ朝とマムルーク朝における中流階級の勃興と物質文化
2 ガラス装飾と色彩
3 フスタート遺跡出土品に見られるエナメル彩・金彩装飾ガラス
4 色彩豊かなガラス製腕輪
5 まとめ
第5章 フスタート以後のエジプトのガラス
──15世紀以降──
1 チェルケス・マムルーク朝およびオスマン朝のエジプト
2 「ヒスバの書」に見られるガラス器の普及
3 オスマン朝治下のランプ
4 ナポレオンの『エジプト誌』とガラス器
5 まとめにかえて
第II部 イスラーム・ガラスの地域的広がり
第6章 イスラーム勃興期のアラビア半島
1 イスラーム以前のアラビア半島と預言者の時代のガラス
2 アラブの拡大とアラビア半島の港湾都市
3 聖なる器、日常の器、交易品
第7章 シリア・パレスティナ地域
1 シリア・パレスティナ地域の歴史的背景
2 第一次ガラス製造関連遺構の発掘
3 シリア・パレスティナ地域出土の初期イスラーム・ガラス
4 異民族侵入期のシリア・パレスティナ地域のガラス器
5 シナイ半島
第8章 イラクとイラン
──旧サーサーン朝ペルシャ文化圏──
1 イラクとイランの歴史的背景
2 イラク出土のイスラーム・ガラス
3 サーマッラー遺跡出土ガラス
4 イラン出土のイスラーム・ガラス
5 ニーシャープール出土ガラス
第9章 マグリブ、アンダルス
1 マグリブの歴史的背景
2 イフリーキヤ地域のガラス
3 イベリア半島の歴史的背景
4 コルドバのメスキータのモザイク・ガラス
5 マディーナト・ザフラー遺跡出土ガラス
6 アンダルス地域のガラス製造
7 アンダルスの落日とハンマームの光
第10章 中央アジアとトルコ
1 西域・中央アジアの歴史的背景
2 中央アジアのイスラーム・ガラス
3 パイケンド遺跡出土ガラス
4 アナトリア半島の歴史的背景
5 アナトリア半島出土のガラス器
第11章 イスラーム・ガラスの東西交易
1 イスラーム・ガラスの東西交易
2 ヨーロッパ
3 東アフリカ沿岸部およびサハラ地域
4 インド洋から東南アジア
5 中国と日本
おわりに
第III部 ガラスから見たイスラームと社会
第12章 医薬・化粧とガラス器
1 クフル顔料とは
2 イスラーム期以前のガラス製クフル容器
3 イスラーム期の逆洋梨形クフル瓶
4 カット装飾クフル小瓶
5 逆洋梨型器形とカット装飾技法の融合に見る文化融合
第13章 香水とガラス器
1 薔薇水とガラス器
2 薔薇水と蒸留技術
3 薔薇水の利用法とガラス器
4 濃青丸底瓶の広がり
5 クムクム瓶の登場
6 香水とガラス器
第14章 ガラス装飾意匠に見るイスラームと異文化
1 マムルーク朝時代のエナメル彩・金彩装飾ガラス
2 エナメル彩・金彩装飾ガラスに見られるイスラーム教徒
3 エナメル彩・金彩装飾ガラスに見られるキリスト教の要素
4 動物、鳥、魚などの具象文
5 モスクを照らすランプ
終章 時代と地域を超えるイスラーム・ガラス
参考文献
監修者あとがき
図表一覧
索引
英文要旨