大学出版部協会

 

エビデンスに基づく教育の質保証をめざして大学力を高めるeポートフォリオ

大学力を高めるeポートフォリオ エビデンスに基づく教育の質保証をめざして

小川賀代:編著, 小村道昭:編著
A5判 276ページ 並製
価格:3,080円 (消費税:280円)
ISBN978-4-501-62740-9 C3037
奥付の初版発行年月:2012年03月 / 発売日:2012年03月上旬

内容紹介

「eポートフォリオ」とは、学習履歴や業績データを長期間にわたって蓄積したもの。学習者は、自身の学習を振り返ったり、能力・キャリアの裏付けとして就職に活用したりできる。教員は、学生の学習を促進したり、学習到達度を的確に把握するツールとして活用できる。教育改善、コミュニケーション支援、初年次教育支援、専門職養成、キャリア支援、生涯教育等に活用できる。eポートフォリオの概念や背景から、導入の意義・メリット・考え方、実践事例、システム、将来展望まで解説。

前書きなど

●本書を出版するにあたって
 1991年の大学設置基準等の大綱化・簡素化により,基準の要件が緩和された一方で,教育研究の質の保証を大学自身に求める方針が出され,大学による自己点検・評価が努力義務と定められました。2002年に,中央教育審議会(中教審)は「大学の質の保証に係わる新たなシステムの構築について」を答申し,2003年には,文部科学省による教育改革の財政的なサポートとして,大学教育改革プログラム(GP)も開始されました。2004年には,国立大学が大学法人となり,さらに,2008年には,中教審が答申『学士課程教育の構築に向けて』を発表し,「学士課程教育の充実のための具体的な取り組みとして,学位授与の方針,教育課程編成,実施の方針,入学者受け入れの方針の三点」の明確化を求め,大学における教育の「見える化」が義務付けられました。
 このような背景をうけ,教育改革として求められている「質の保証」,教育の「見える化」を実現するために注目を集めているのがポートフォリオです。
 本書の執筆者の一人である梶田将司先生から「北米でeポートフォリオの導入が始まっている」という話が出たのは,2005年4月のことでした。北米では,2000年頃からeポートフォリオの導入・システム開発が本格的に始まり,その成果が報告され始めた時期でした。
 この頃,日本における高等教育機関をとりまく情報基盤は,eラーニングという学習スタイルが定着し,ICTを活用した教育改善(教授法やコンテンツの共有・公開,教材のマルチメディア化,リメディアル教育への活用など)の取り組みが少しずつ成果となって現れ始まった時期でもありました。また,ICTを活用した教育を,より効果的に,かつ各大学の性格やニーズにあるように工夫を要する時期にも入ってきていました。現在もその要求は継続されており,さまざまな機関が独自の取り組みを行っています。
●教育改革を支えるeポートフォリオ
 eラーニングを実現するための基盤システムとして,CMS/LMSが挙げられます。これらは科目や教科が基準となった縦割のシステムであり,個人の学習履歴などを可視化する機能は有していますが,蓄積データを再利用するための仕組みは有していません。
 教育改善として質の保証を実現させるとき,「質を向上させるための教育」や「質を保証するエビデンス」が必要となります。この両者を同時に実現できるのがeポートフォリオです。ポートフォリオは「紙ばさみ」と訳されるように,証券や株の分野,建築・芸術の分野においては,履歴や作品を蓄積するものとして活用されています。しかし教育分野においては,単に記録するための学習ファイルを指すのではありません。詳細は本書第Ⅰ部に示すとおり,eポートフォリオは,電子的に蓄積された履歴,成果物などを評価(自己評価・他己評価)や共有を通して俯瞰することで,学びのプロセスを振り返り,次の課題へつなげていくことを支援するツールです。このサイクルを繰り返すことで学びの質を向上させ,このサイクルを記録することで学びの質のエビデンスを示すことを可能としていきます。
 CMS/LMSとの決定的な相違点を挙げれば,eポートフォリオは,個人を基準に教科や科目,学校生活すべてにわたって横断的に活用する(活用できる)システムであるということです。教科・科目を超えたあらゆる場面で上述のサイクルを繰り返すことにより,人材育成にも活用できると期待されています。
 しかし,eポートフォリオは多様な機能(評価,プレゼンテーションなど)を有し,各機関において必要な機能を組み合わせて使用している場合が多いため,eポートフォリオとは何かを理解しようと思ったとき,すでに導入済みの機関の実践例を聴いただけではその全体像が見え難いという声が聞かれます。また,eポートフォリオに対する理解が曖昧なために「とりあえずシステムは導入してみたけれど,活用方法がわからない,効果が上がらない」,または「効果は期待できそうだけど,自分の大学では,どのように導入をすればよいかわからない」などの声も聞かれます。
 本書は,まさに,これからeポートフォリオを活用して教育改革を図りたいと思っている種々の教育機関や,システムは導入したものの十分な効果が得られずに困っている方々のために企画した本です。本書はまた,教育を改善したいという熱意のある教育関係者(教員,職員,経営者)や,人材育成に係わっている企業関係者などあらゆる立場の人に対してはもちろんのこと,個人や全学的といったあらゆる規模での導入に対しても参考になるように工夫しました。
●本書の構成
 本書は,Ⅳ部14章で構成されています。
 第Ⅰ部では,eポートフォリオとは何か,eポートフォリオで何ができるのか,eポートフォリオをどのように構築・活用していけばよいのかについて説明しています。第Ⅰ部を読んでいただければ,eポートフォリオの概念を理解できる内容になっています。eポートフォリオの全体像を把握することにより,所属機関独自のシステムの開発や改良に役立てることができます。
 第Ⅱ部は,eポートフォリオの国内の実践例を紹介しています。日本において,先駆的に導入を行っている高等教育機関の例を,導入規模(授業単位,学部・専攻単位,大学単位)で分類し紹介しています。実際の導入に中心的に関わっておられる先生方にご執筆いただいており,導入の経緯,システムの紹介,今後の課題・展開についても盛り込まれています。これから導入予定の人や機関,または導入したものの思ったような効果が上げられていないと感じている人や機関は必見です。きっと導入・改善のヒントが得られることと思います。
 第Ⅲ部は,代表的なeポートフォリオを導入したい!と思ったとき,資金獲得が先だと後回しにせず,思い立ったが吉日,すぐにでも始められるように,オープンソースとウェブアクセスのeポートフォリオシステムを紹介しています。資金調達ができて独自開発でシステムを構築するのもひとつの方法ですが,まずはオープンソースをお試しで活用してみて,各機関に適したシステム設計を行っていくのも選択肢のひとつだと思います。
 第Ⅳ部は,eポートフォリオの今後の展開について述べています。今後,教育改善に向けてどのように活用していけばよいかにとどまらず,広い観点でのeポートフォリオ活用の可能性や期待について述べています。
 大学は,国際競争力を強化するための教育改革だけでなく,産業構造,就業構造の変化によるキャリア教育,生涯にわたるキャリア支援も大学にとって今後ますます重要度を増していくと思われます。そして変化の大きいこの時代に,柔軟に適応していくことができる大学力の向上も必須となってきています。これらを実現させる手段のひとつとして,eポートフォリオは,その活躍の場を広げていくと確信します。
 しかし,日本の高等教育機関におけるeポートフォリオ活用は始まったばかりであり,まだ発展途上の段階であります。さらなるeポートフォリオの可能性を引き出し,活用の範囲を広げていくためにも,現在ある課題を直視し,効果あるシステム構築・運用方法のノウハウを共有していくことが大事だと考えております。日本全体でeポートフォリオリサイクルを実施していきましょう。そして,本書を足がかりに,よりよいeポートフォリオ活用が生まれることを期待しています。

 最後に,ご多忙の中,快くご執筆いただきました先生方には心より感謝申し上げます。各機関において,先導的に導入・運用に携わっている先生方にご執筆いただけたことは,読者を勇気づけ,後押ししてくれるものと確信しております。また,本書の編集において,企画段階から出版に至るまで,東京電機大学出版局の坂元真理氏には本当に辛抱強く支えていただきました。厚く御礼申し上げます。

 日本女子大学理学部
 小川賀代


目次

第Ⅰ部 ポートフォリオからeポートフォリオへ
 第1章 ポートフォリオ総論―海外の活用から
  1.1 ポートフォリオ入門
  1.2 真正な学習
  1.3 フォリオシンキング
  1.4 学習のアセスメント
  1.5 教育プログラムと機関のアセスメント,アクレデテーション
  1.6 大学教員の昇進とテニュア
  1.7 生涯学習
  1.8 eポートフォリオ活用の目的
  1.9 ポートフォリオプロセス
  1.10 ポートフォリオカルチャーを構築する
  1.11 eポートフォリオの導入
  1.12 チャレンジと利点
  参考文献
  参考URL
 第2章 eポートフォリオの普及
  2.1 普及の難しさ―懸念される結末
  2.2 今なぜeポートフォリオなのか再確認しよう
  2.3 教員の視点からの普及―ボトムアップ・アプローチ
  2.4 eポートフォリオ普及のためのQ&A
  注
  参考文献
第Ⅱ部 eポートフォリオ国内実践例
 第3章 日本におけるeポートフォリオ活用
  3.1 eポートフォリオ導入の背景
  3.2 高等教育機関での導入背景
  3.3 高等教育機関での活用状況
  3.4 eポートフォリオ活用の発展に向けて
  参考文献
 第4章 PBL学習におけるポートフォリオ活用―名城大学の事例
  4.1 はじめに
  4.2 実践の背景
  4.3 授業実践
  4.4 おわりに
  参考文献
 第5章 教職大学院におけるeポートフォリオシステムの開発と活用―兵庫教育大学教職大学院の事例
  5.1 はじめに
  5.2 システムの概要
  5.3 活用状況
  5.4 今後の課題
 第6章 Sakai CLE/OSPを利用した学習ポートフォリオシステム―熊本大学大学院教授システム学専攻における活用実践
  6.1 序
  6.2 Sakai CLE/OSPをカスタマイズした学習ポートフォリオシステムの構築
  6.3 学修成果物と専攻コンピテンシーの対応表示
  6.4 学習管理システムと学習ポートフォリオのシステム連携
  6.5 新着情報ツール―OSPへの機能追加
  6.6 教授システム学専攻 最終試験ポートフォリオ
  6.7 まとめ
  注
  参考文献
 第7章 キャリア支援のためのeポートフォリオ活用―日本女子大学の事例
  7.1 はじめに
  7.2 ロールモデル型eポートフォリオ
  7.3 RMPシステムを活用したキャリア支援システムの運用
  7.4 まとめ
  参考文献
 第8章 KITポートフォリオシステムと修学履歴情報システム―金沢工業大学のポートフォリオ活用について
  8.1 はじめに
  8.2 KITポートフォリオシステム
  8.3 ポートフォリオに対する学生の評価と教育効果
  8.4 修学履歴情報システム
  8.5 おわりに
  注
 補足事例 eポートフォリオ活用促進のための提出物管理システム―飛ぶノート
  飛ぶノートとは
  開発の経緯
  Mahara活用の展開
第Ⅲ部 eポートフォリオシステム
 第9章 Sakai Open Source Portfolio(OSP)ツール
  9.1 はじめに
  9.2 OSPの起源
  9.3 Sakai OSPツールスイート
  9.4 Sakaiのポートフォリオサイト
  9.5 マイワークサイト
  9.6 リソースツール
  9.7 グループ
  9.8 ポートフォリオ管理ワークサイト
  9.9 OSPコミュニティリソース
  9.10 まとめ
 第10章 Open Source Portfolio(OSP)の利用シナリオ
  10.1 はじめに
  10.2 ポートフォリオシナリオ
  10.3 教室における教育学習を促進するためにポートフォリオを利用
  10.4 個人到達ショーケースのためにポートフォリオを利用
  10.5 教育プログラムにおける学習を評価するためにポートフォリオを利用
  10.6 学生・教員のためのOSP体験
  10.7 管理職のためのOSP体験
  10.8 ITスタッフのためのOSP体験
  10.9 まとめ
 第11章 オープンソースeポートフォリオシステムMaharaの概要
  11.1 Maharaとは?
  11.2 Maharaプロジェクト
  11.3 Maharaの開発およびローカライゼーション(LION)
  11.4 eポートフォリオシステムMaharaを形作る3つの場
  11.5 Maharaに入ってみる
  11.6 Maharaプロファイルを編集する
  11.7 Maharaビューを作成する
  11.8 Maharaビューを評価のために送信する
  11.9 Maharaビューを評価する
  11.10 Maharaグループを作成する
  11.11 eポートフォリオMaharaの導入
  11.12 Maharaコンテンツのエクスポートおよびインポート
  11.13 MaharaおよびMoodleの相互運用
  11.14 Maharaコミュニティ
  11.15 オープンソースとしてのMaharaに
  注・参考URL
 第12章 Keep Toolkit
  12.1 はじめに
  12.2 Keep Toolkitのシステムについて
  12.3 Keep Toolkitの機能
  12.4 導入事例と関連情報
  注
  参考文献・URL
第Ⅳ部 eポートフォリオの今後の展開
 第13章 eポートフォリオを活用した教育改善の可能性
  13.1 はじめに
  13.2 eポートフォリオの多様性
  13.3 eポートフォリオ導入の意義
  13.4 eポートフォリオの活用方法
  13.5 eポートフォリオ活用の課題
  13.6 むすび
 第14章 ライフロングなeポートフォリオの実現に向けて
  14.1 はじめに
  14.2 大学における教育学習支援情報環境の現状
  14.3 ライフロングなeポートフォリオとしてのパーソナルラーニングレコード
  14.4 まとめ
  参考文献
 結びにかえて
 索引
 執筆者紹介


一般社団法人 大学出版部協会 Phone 03-3511-2091 〒102-0073 東京都千代田区九段北1丁目14番13号 メゾン萬六403号室
このサイトにはどなたでも自由にリンクできます。掲載さ>れている文章・写真・イラストの著作権は、それぞれの著作者にあります。
当協会 スタッフによるもの、上記以外のものの著作権は一般社団法人大学出版部協会にあります 。