ソウル国際ブックフェア「日本年」

足立 佑



 ブックフェア会場、及びブースでのアテンド

 ソウル国際ブックフェア(SIBF)は5月13日〜17日にソウル市内江南区のCOEX(韓国総合展示場)にて開催された。江南区はソウル市中心部から地下鉄で1時間程度の場所で、90年代以降に再開発が進み、雰囲気はさいたま新都心に近い。COEXはホテル、地下のショッピングモール、カジノを併設する大型メッセである。SIBFは太平洋館、インド洋館(合計約1万4000平方メートル)で開催された。
 SIBFの今年のテーマ国が日本であることもあり、会場の中心に大きく日本ブース(日本書籍出版協会、出版文化国際交流会を中心とした共同ブース)が設置されて、その周囲に個別ブース(日本聖書協会、ポプラ社、文藝春秋、CMC 出版、二玄社、医学書院、大学出版部協会、日本児童図書出版協会、トーハン)が配置されていた。
 会場全体を見ると、児童書のスペースが会場面積の約半分を占めている。韓国では児童書の市場規模が非常に大きく、一般書と雑誌を合わせた市場の3倍あるという現状を反映しているのだろう。東京国際ブックフェア(TIBF)では大きなスペースを占めている電子出版関係のブースはほとんどなく、インターネットの普及率・利用率では日本以上と言われる韓国のブックフェアとしては物足りなかった。とはいえ、少ない数ではあるが読書インタフェース、書誌情報データベースなどのブースはいくつか出展していた。
 フェア全体は、プロフェッショナルの商取引というよりも一般向けの即売フェアという印象が強い。来展者は10代〜20代の一般読者が中心で、親子連れ、社会見学の小学生も多い。韓国の版元は2〜3割引で販売していた。
 日本共同ブースでは、文芸書の版権取引の商談もあったようだ。私がアテンドをつとめた15日〜17日の期間中、大学出版部協会のブースには韓国の出版社3社、書店1社、翻訳エージェント1社の来訪があったが、具体的な商談はなかった。また、日本共同ブース、個別ブースともに書籍は展示のみで販売は行わなかったが、共同ブースの一角で韓国の大手書店、教保文庫が日本の書籍を販売していた。
 韓国の出版市場では、日本の翻訳専門書の売行きは余り芳しくない。翻訳出版は多くて千部程度というから、専門書に限っては、著作権輸出ビジネスにかける労力やコストを考えると採算に合わないようだ。一方で小説(村上春樹、宮部みゆき、恩田陸など)やビジネス書・自己啓発書(勝間和代、本田直之、姜尚中など)の翻訳は盛んで、多くのヒットを生み出しているようだ。
 フェア最終日、大学出版部協会のブースで展示されたすべての書籍を、出版文化国際交流会を通して国際交流基金ソウル日本文化センターに寄贈した。

 ブックフェア会期中のセミナー

 会期中に開催された2つのセミナーに参加した。

日韓出版ビジネスのビジョン
 両国間の翻訳ビジネスの現状と課題についてのセミナーだった。前述の通り、韓国では文芸書・ビジネス書を中心に日本の書籍の翻訳出版が盛んである。一方、日本では韓流ドラマのノベライズなど特定のジャンルの書籍以外は翻訳が進んでいない。この非対称的な現状の打開のために、日韓双方で利用可能な書籍データベースを作成し活用すること、日韓共同出版に積極的に取り組むことなどの提言がパネリストからされていた。一方で、そうしたプロジェクトの原資をどうやって確保するか、あるいはそうしたプロジェクトがどの程度活用されるかについては否定的な意見も出されていた。

デジタル時代の図書館と出版界の協調
 日韓の出版業界の現状、政府や公共図書館の動向についての発表があった。不況、紙価格の上昇、流通の動脈硬化などによる売上の落ち込みや、オンライン書店の急激な躍進とそれに伴うリアル書店の廃業増加という状況は日韓に共通している。一方で、韓国で書籍の値引き競争の過熱が大きな問題になっていることは、両国間の大きな違いといえる。韓国は時限再販制を採用しており、刊行から18ヶ月以上たった書籍は自由な値引きが可能になる。また、刊行後18ヶ月以内の書籍についても、10%以内であれば割引を認めている。こうした制度の下での価格競争は、書店の体力を削るのみならず、一部の大手書店からの仕入価格やバックマージンについての要求の拡大などによって出版社の負担も激増しているらしい。また、韓国では公共図書館の数がまだ不足しており、地方都市を中心に公共図書館の拡充を政府が検討しているという報告もあった。

*    *    *

 今回のSIBFは私にとって初の海外ブックフェア参加となった。この経験は、他国と比較しながら日本の出版市場を検証する視点を養う上でも有意義だったと思う。貴重な機会を与えて頂いた関係者の皆様に御礼申し上げる。
(東京大学出版会)



INDEX  |  HOME