学術電子出版の新しいモデル

― OCLC NetLibrary ―

新元公寛



 OCLCおよびNetLibraryの概要

 OCLC Inc.は、情報へのアクセスを促進することを目的として1967年に米国オハイオ州で創設された非営利・メンバー制の図書館サービス提供・研究機関である。2009年1月現在、世界112カ国・地域の約七万館の図書館が参加・利用している。四十数年間に渡って蓄積された共同目録WorldCatは世界最大の書誌データベースで、世界中の参加図書館で所蔵されている書誌情報が検索できるほか、インターネット上の情報資源についても検索できる。
 日本では1986年から紀伊國屋書店が国内唯一の代理店として、OCLCの各サービスを国内の図書館に提供している。NetLibraryは世界最大手の図書館向けeBookプロバイダであり、2002年よりOCLCの一部門となった。欧米の主要出版社のほとんど(約500社、うち約100社はUniversity Press系)が参加しており、主に学術系電子書籍20万タイトルを世界50ヵ国、1万6000の図書館に提供している。日本国内の導入図書館も100を超え、今後さらに市場が広がることが期待される。

 NetLibraryへの和書搭載プロジェクト

 紀伊國屋書店では、2002年2月よりNetLibrary電子書籍の販売を開始したが、いうまでもなく当時は英語を中心とした洋書のみであった。プロモーションを通して、和書電子書籍への強い要望が感じられ、NetLibraryシステムの多言語対応を契機として、国内各出版社へのアプローチを開始した。各出版社に対して、多岐に渡る図書館向けの学術・教養書の提供を依頼し、実際に2007年11月より和書電子書籍の提供を開始した。現時点での和書搭載決定タイトル数は687タイトルであり、国内85ユーザ、国外の5ユーザが導入している(http://www.kinokuniya.co.jp/03f/oclc/netlibrary/contents/nl_washo_list.xls)

 NetLibraryの特徴、機能

 NetLibraryの特徴を一言でいえば、質の高いコンテンツを提供したい出版社とそれを利用したい図書館を、それぞれの立場からサポートするバランスモデルを採用していることである。伝統的な出版モデルを踏襲し、情報洪水の中でこそ必要な品質の保証と、コンテンツホルダーとしての出版社の立場を尊重するモデルとなっている。機能面では特定のデバイスに頼ることなく、すべてのサービスをインターネット環境のみで提供している。導入する図書館側でコンテンツサーバなどのハードウェアを準備する必要はない。利用に際しては、紙書籍に近い利用形態を保ちながら全文横断検索・書籍内全文検索機能により、必要な情報を素早く見つけることができる。従来の紙媒体ではできなかった強力な検索機能の提供により、研究、学問への影響も少なからずあるものと予測している。

 NetLibrary と出版社

 出版社は、クオリティの高いコンテンツを自身で管理・提供することが重要である。電子コンテンツに関しても外部にコンテンツ作成・管理を委ねるのではなく、自社で品質を管理し提供する必要がある。長年、紙で培われた伝統をデジタル化においても踏襲することに意義がある。一方、出版社ではデジタル化の態勢がとりづらいのもまた事実であるが、NetLibraryの和書コンテンツが増え、契約図書館が増えれば、紙媒体への好影響も少なからずあるものと予測され、電子媒体・紙媒体の両輪で出版事業自体を活性化できるものと考えている。
 これまでの伝統を踏まえて自らが電子コンテンツを所有、管理できるNetLibraryへの参加を各出版社に呼びかけているが、前述のように、搭載コンテンツ数はまだまだ少なく、コンテンツの拡充が急務である。具体的には、搭載タイトル数を1年後の2009年度末までに1500、2年後の2010年度末までに3000を現実的な目標として捉えている(現在、大学出版部協会加盟出版部でコンテンツを提供しているのは、玉川大学出版部、東京大学出版会、東京電機大学出版局、法政大学出版局の4出版部である)。

 
eBook間の全文横断検索例

 NetLibraryに参加するために出版社側で用意するコンテンツデータは、版面PDF、検索用テキストデータおよび目次データである。いずれも一般的なものであり、他の用途への転用が利く形式となっている。

 NetLibraryのビジネスモデル

 NetLibraryビジネスモデルは、左の図のように表される。販売先は図書館のみであり、個人への販売はしない。提供タイトルとコンテンツ価格は各出版社にて設定する。販売に関しては買い切りモデルを採用しているので、これも紙書籍に近いモデルといえる。利用に際しては、紙書籍に準じて「1タイトル1アクセスモデル」を採用しており、閲覧中のタイトルは他のユーザから閲覧できない。ダウンロードおよびプリントアウトについてはページ単位で提供されるが、サーバ側で監視システムが走り、不正使用を防止している。
 出版社にとっての収支は、収入として月次の販売実績に従ったロイヤリティ、経費として初期経費としてのコンテンツ制作費となる。NetLibraryの場合、サーバへの搭載および維持管理費は不要であり、出版社にとって在庫管理、流通経費から解放されるメリットは大きいといえる。
 販売については、紀伊國屋書店外商部門による全国展開は当然のことながら、米国、アジア各国、オーストラリアなどの海外市場に関してもNetLibraryおよび各国の代理店と協力して販促活動を行っている。

 市場の動向など

 NetLibraryの国内導入図書館数は100を超え、和書コンテンツの売上も昨年度は8000万円に達し、年商1億円が視野に入った。電子ジャーナルに続き、日本の学術市場にも電子書籍の時代が到来しつつある感があり、販売面の素地は整ってきている。繰り返しになるが、今後はコンテンツの拡充が急務となり、そのためには出版社の理解、協力が不可欠である。
 大学図書館を中心とした学術市場においては、すでにインターネットを通じた電子ジャーナル、データベースサービスが普及しており、電子書籍受入れの素地は整っている。大学側でも電子書籍の有効利用のために様々な利用促進を図っているところもあるが、提供側としても既導入館に対して図書館側と共同で利用促進を推進し、利用者・図書館・出版社による「正の循環」を形成していくことは、この動きを一過性のものにしないための重要な活動である。

 


米国大学図書館市場規模と紙/電子が占める割合
(単位:百万ドル)

  1998年 2002年 2006年
書籍全体 542 608 666
書籍(紙) 514(95%) 563(93%) 572(86%)
書籍(電子) 28(5%) 45(7%) 94(14%)
調査対象図書館:3,617館
(NCES「Academic Libraries」より)

 図書館先進国である米国のNCESの報告書によると、電子ジャーナルはもちろん、電子書籍においても、紙媒体の相対的な低下が見られるとのことである。上の表にあるように、1998年の5%、2002年の7%に比較して、2006年時点での学術書籍市場は、全体の6億6600万ドル中、電子書籍が14%を占めており、今後もこの傾向は続くものと予測される。日本の学術市場においても、今後同様の現象が起こるものと予測され、国立大学図書館協会学術情報委員会報告書の「電子図書館機能の高次化に向けて2」(2006年6月)は次のように述べている。
 「今後さらに、電子ブック利用についての国内外のグッド・プラクティスを収集・紹介し、教育の中での電子ブックの利活用を図ることが、ウェブ主流時代に大学図書館が生き残るための1つの方策となるはずである。」

 最後に

 前述のようにNetLibraryの国内導入図書館数は100を超え、当面の目標値としていた導入図書館200に向け、折り返し地点に入った。日本の学術市場にも電子書籍の時代が到来しつつある感があるが、まだまだ離陸したばかりの段階で、NetLibraryをはじめとする学術系電子書籍の市場への定着にはあと数年はかかるものと思われる。一方、電子書籍以外の電子ジャーナル、オンラインデータベースなどはすでに市民権を得ている。特に若い利用者においては、Webで検索できないものは資料ではないという考え方も当たり前になりつつあり、当然、図書館側でも電子資料を前提とした図書館作りを始めている。出版社としても、紙媒体のみに執着して大きなうねりから外れることのないよう、またGoogle Bookに代表される本来の出版業界の意思から外れるものではなく、出版業界主導による積極的な情報発信・意思表示の場としてNetLibraryを利用してもらえれば、低迷するこの業界の未来のためにNetLibraryは少なからず寄与できるものと確信している。今後は日本語のeAudioBook(音声資料)や文字資料と音声資料のコラボにも着手し、様々な可能性を探っていく計画であり、各出版社でのこのフレームへの参加を切にお願いしたい。
(株式会社紀伊國屋書店OCLCセンター)



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