初版本、ナンセンスなフェティシズム

ジャン・コクトー著 東郷青児訳
『怖るべき子供たち』


酒井道夫



 私が東郷青児訳の本書に初めて遭遇したのは、角川文庫版の第3版(1954、写真右手前)である。15、6才をそれほど過ぎない頃のこと。まだ当時の本をそのまま所持しているほど、私の青春における忘れられない1冊。世の中にはイケナイ本があることをこの時知ってしまったのだ。全体にラリッたような文体で、青児筆になる虚無的な挿絵が四葉挿入されていた。
 後に岩波文庫に鈴木力衛訳があるのを知って読んでみたが、これがさっぱり面白くも何ともない。格調高い訳だからといって万事が良しというわけではない。こっちを先に読んでいたら、私はその後、そんなにコクトーを意識しないで過ごしていたかも知れない。
 この書の初版(白水社刊、1930、右奥)には巻頭に有島生馬宛献辞があって、その対向ページに「翻訳・挿画・装幀」と記され、ジャケット折り込み部分に「挿画頒布鳥の子紙別刷畳紙入十二葉定価一円二十銭送料五十銭」とある。このセットを誰か所有しているんだろうが、生憎私は見たことはない。ちなみに、私の手元にある本書は定価一円五十銭。挿絵は十二葉が鳥の子紙別刷で挿入されているが、なかなか良い刷りだ。別に頒布されたセットが大いに気になるところ。
 戦後の1950年に、やはり青児による挿画・装幀で、ソフトカバー版(白水社刊、左手前)が刊行されている。折丁の関係だろうか、挿画を一枚減らして十一葉が別刷りで挿入されているが、初版と較べると相当落ちる。何故か奥付に「翻訳権取得」とある。それまで取ってなかったのだろうか? これらの他に1947年、明治図書出版から、壮絶な仙花紙で刊行されてもいる(左奥)。挿画は三葉だが他書とは異なったもの。初版の挿画がいわば爽やかな筆致なのに、時を経るにつれて虚無的な相貌を帯びてくる。私は画家の心象がもっとも荒んだ時代のそれと出会っていたのだろうか? イケナイって魅力的。
(武蔵野美術大学)



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