ゲーテ・インスティテュート主催
研修旅行に参加して


佐伯かおる



 研修旅行の概要

 2008年3月中旬、ちょうどイースターの準備期間に、ベルリンとライプチヒの2都市を訪問しました。ゲーテ・インスティテュート(東京ドイツ文化センター)によって企画・主催された日韓若手出版人のための研修旅行で、ドイツ語の翻訳者、主に文芸系編集者、その他出版関係者を、日韓両国から十数名招き、ベルリン市内の出版社、新聞社、文学館、書店、そして地域図書館での取り組みや朗読イベント企画などを見学し、担当者に話を伺いました。ライプチヒではブックフェアのブースを見て回り、翻訳権の交渉を実地に行うなど、非常に密度の高い内容でした。
 この研修旅行はゲーテ・インスティテュートでは初めての試みで、ライプチヒブックフェアの時期に合わせて、ドイツの文学と児童書を日韓の出版人に紹介することが主要な目的です。そういったなかで大学出版部協会から学術出版の編集者として参加した私は、同じ出版の現場とはいえ、文芸系と学術系の世界の違いもあり、非常に新鮮な刺激を受けました。

 ベルリンでの出版社見学

 成田からフランクフルトを経由して到着したベルリンでは、3月9〜12日の毎日、朝9時から夕方まで休みなく出版社等の見学を1日4〜5件、昼食・夕食時には小説家などのゲストを招いて会食という、密度の濃いスケジュールが待っていました。日本語へ通訳してもらえるのですが、たとえば作家と出版社とをコーディネートする出版エージェントといった日本には類例のない業種については、話の理解が難しく、つねに気を張りつめ通しでした。

 「聴く本」と朗読会

 多数の場所を訪問するなかで、日本との違いを最も大きく感じたのは、「本を声に出して読んで聴く」文化が強くある、ということです。
 書店の棚に、本の内容を朗読してCDに収録した「聴く本」(Horbuch)とよばれるオーディオブックが多数並んでおり、現在ではドイツ国内全刊行点数の5%に上るそうです。ラインナップは文芸物にかぎらず、ミステリーや、歴史・伝記、ドキュメンタリー、料理のレシピなどの実用書と、一般向けの分野はほとんどカバーしており、紙の本の新刊書が発売されるのと同時にオーディオブック版も発売になることも珍しくありません。日刊新聞社ディー・ターゲスツァイトゥンクで話を聞いた折にも、文芸物の書評記事のうち3分の1はオーディオブック用に枠を確保しているということでした。訪問先のひとつであるオーディオブック専門出版社のアルゴンは、もともとは紙の本も出す版元でしたが、5ユーロの廉価で出したシリーズがヒットしたため、2005年からオーディオブックのみを出版するようになりました。ターゲットとして、文字を読むのが辛くなる55歳以上のシニア層が有望な市場となるので、その年代に合わせた企画を今後増やしていくそうです。著名俳優を朗読者として起用したオーディオブックは、ファンに向けて街中にも大きな広告が出ているのをいくつも見かけました。
 この日本ではあまりなじみのない「本を声に出して読んで聴く」文化は、「朗読会」というイベントが頻繁に行われていることからも伝わってきました。私たちが連れて行ってもらったのは、『朗読者』がベストセラーになった小説家ベルンハルト・シュリンクの自作朗読会でした。会場はルネサンス劇場というアールデコ様式の建築で、200人ほど収容の客席が満席。ステージ上でシュリンク本人が自作の一節を読み上げるのに耳を傾けつつ、合間に司会者とのおしゃべりを挟むというスタイルで1時間半ほどでした。開演前や休憩時にはお酒や軽食をつまみ、音楽会と同じように、ドイツの人々のアフターファイブの楽しみの場であるようです(ただし、音楽会と違って朗読会は、ドイツ語を聞いて理解できない者にとっては多少辛い時間であったことを書き添えておきます)。

 ドイツの大学出版部を訪問

 さて、文学の紹介を主目的とするこの研修旅行の主旨から外れるとはいえ、やはり私が気になるのは学術書、そして大学出版部の状況です。しかし、ドイツの大学出版部については聞いたことがありません。問い合わせたところ、ベルリン自由大学、フンボルト大学と並ぶベルリン3大大学の1つであるベルリン工科大学の出版部への訪問を特別にアレンジしていただきました。

【ベルリン工科大学出版部】
 1960年、大学図書館内の部局として発足。2002年出版部として独立(とはいえ人件費・家賃は大学負担)。担当者のリュドガー・シュネーマン氏(大学図書館・大学ウェブサイト担当との兼任職員)のほか、スタッフはフルタイム1名、パートタイム1名という規模。当面は、製作原価を回収できればよしとしている。製作原価は、出版会と著者の所属学科が等分で資金負担。製作原価以上に売れた分については75%が著者に支払われる。著者が全額負担して出版する場合もある。著者は、版下まで作成の義務を負う。内容については大学教員による査読を経る。年間刊行点数は30点程度。初版50〜100部程度、最大で400〜500部。ほとんどが学位論文。刊行点数のうち九割がドイツ語書目。今後は、紙版とオンライン版を同時刊行して、まずは多くの人の目に触れる方向へシフトしていきたいとのこと。

【ドイツの大学出版部協会】
 現在、十数校が加盟しており、うち1校ボルツァーノ大学はドイツ語圏イタリアの大学。いずれもベルリン工科大学と同程度の小規模な出版部で、加盟校は、年1回定期的に会合をもっているが、協会としてのまとまった活動はこれからとのことです。

 ライプチヒ・ブックフェア

 研修の後半、3月13〜15日は特急列車で移動し、ライプチヒ・ブックフェアを見学しました。オープニングに地元のゲヴァントハウス管弦楽団が演奏予定でしたが残念ながら中止。しかし、会場までの市電が満員になるほど多数の人が初日の朝から詰めかけていました。毎年秋のフランクフルト・ブックフェアが大規模ですが、春のライプチヒでは、よりビジネスライクなフランクフルトとの差別化戦略として、文芸書・児童書にジャンルを絞り、文学・出版文化の祭典として作家と読者が交流する楽しみの場となることを目的としています。会場以外にも市内各所で有料・無料の朗読会(ここでも!)が行われ、読者と作家がじかに交流できる場を提供する機会となっていました。「世界でいちばん美しい本」コンクールもブックフェアの目玉として有名ですが、最終日には、アニメキャラのコスプレコンテストも行われて、優秀者(と保護者)は在ドイツ日本大使館に表彰され、記念のパーティには私たちも招待していただきました。
 じつに密度の濃い研修旅行で、ここではそのごく一部しか記すことができませんでした。最後に、企画から旅行中の引率まで何から何までお世話になったゲーテ・インスティテュート図書館長のクリステル・マーンケ先生、そしてドイツ滞在中にガイドと通訳をしてくださったウォルフガング・バウアー先生に、とくに感謝を申し上げます。
(京都大学学術出版会)



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