ベオグラードブックフェア
現地アテンダントの日本文化交流


ミヤイロビッチ・イゴル



 ブックフェア

 セルビアの首都ベオグラードでは毎年10月にブックフェアが行われる。ベオグラードブックフェアは全バルカン半島で最大のブックフェアと言われており、在セルビア日本大使館も毎年積極的に参加している。ブースでは日本文学の作品(セルビア語訳と英語訳を含めて)を展示したり、文部省の奨学金への申込みに関する情報を提供したり、お客さんに折り紙の折り方を教えたり、観光的なパンフレットを配ったりする活動を行っている。私も日本の大学への留学の経験者として、日本への留学に興味のある学生に詳しい情報を提供していた。多くの人が日本ブースに立ち寄り、セルビア人が日本に興味を持っていることがわかった。それは単純な好奇心に基づいた興味ではなく、日本ブースを訪れる目的を持ってブックフェアに来ているようだ。そういう人は予想以上に日本に詳しい。折り紙を趣味として専門家ほどに上手な人が何人も訪れ、自発的に他のお客さんに折り紙を教えていたりもした。おかげでブースは日本らしい雰囲気に満ちて、とても盛り上がっていたと思う。
 日本ブースでは英語訳の古典を始め、現代小説、日本文化に関するいろいろな出版物が展示されていた。来訪者は作品を手に取って真剣に内容を読み、日本文化への興味が深いようであった。そしてある本が気に入り、どこで買えるかと問いかけてくるが、今のところインターネットが唯一の購入方法だと答えると、残念そうにその本を本棚に戻す。せっかく日本に関する知識を高めたいという気持ちがあるのに、その本が手に入らないとはもったいないと思わずにいられなかった。さらに翻訳の問題もある。日本の文化を詳しく知るために日本文学の古典を読むことが初め一歩だと言われているが、セルビア語訳の古典はほとんどない。『枕草子』のセルビア語訳は以前から出版されているが、最近になって『古事記』のセルビア語訳が出版されたそうだ。主要な古典には英語訳があるが、簡単に手に入らない。一方、日本文学の現代小説はセルビア語訳があり、とても読まれている。最近の3年連続ベストセラーの第5位以上になっている村上春樹の小説は、ブームになっていると言っても言い過ぎではない。ところが、英語ができないセルビア人の読者には日本文化を詳細に知ろうとしているのに知る方法がない。英語ができたとしても、セルビアの本屋で一般的に売っていないので購入できない。その事実をとても残念に思う。
 ブックフェアでは、日本と直接には関りをもたない多くの人々が日本ブースを訪れ、日本のことを興味深く聞いたり本に掲載された写真を見たりしている。これは、セルビア人のもつ日本へのイメージが非常にいいという証拠である。日本の出版物をセルビア語に翻訳してセルビアで出版することは簡単な事業ではないし、セルビア人は日本の文化に興味があるからといって必ずしも利益が出るわけではないが、1万キロほど離れている2つの国の文化交流にとっては、第一で大事な一歩なのではないかと思う。

 自己紹介

 私はセルビアから来たミヤイロビッチ・イゴルです。岡山大学への留学は2回目で、今回は社会文化科学研究科の研究生として、比較文化を専攻している。セルビアの一般的な人は、日本についてあまり知らない。私が日本語を勉強するきっかけとなったのも偶然だった。セルビアの首都のベオグラード大学日本語日本文学学科に入学し、4年間日本語を勉強して、岡山大学に留学することになった。ベオグラード大学と岡山大学は姉妹大学で、大学が私のことを推薦し、岡山大学に日本研究生として入学することができた。1回目の留学は1年間で、そのプログラムは2007年8月に終了し、帰国後、ベオグラード大学を卒業して再び岡山大学に留学することにした。2008年10月に来日し、1年半研究をする予定である。日本語と日本の文化をより深く知るように努めたいと考えている。

 日本体験――1回目の留学

 来日して数週間もたたないうちに友達ができ、岡山の生活にも慣れ、カルチャーショックはいつの間にか完全に収まってしまった。日本を満喫できる時期がやっと来た。
【秋】 1ヶ月後、中国地方では紅葉が見えるようになった。日本人の四季に関する感覚についてはベオグラードでもよく聞いており、桜や紅葉の写真を見たこともあったが、日本に来てからはその意味がわかった。備前閑谷学校の辺りに行って紅葉の美しさを生まれてから初めて味わった。紅葉はセルビアにもあるが、その見方が違うことが分かった。料理が四季の一巡と深く関わっており、松茸ご飯を食べながら日本における初めての秋の味を楽しんだ。授業では茶道、書道を体験し、日本文化の基本を実感した。
【冬】 日本では冬といえば北海道の真っ白さが頭に浮かんでくる。流氷の時期に東北海道を訪れた。空が真っ青で、流氷の素晴らしさ、そしてその風景に仰天した。さらに北海道の真ん中へ行き、北海道の広さを見て、大陸の特徴が多く、自然が本州と違うことがわかった。日本でありながら日本ではないような気がする。変な話だが、母国から1万キロメートル離れているところにいる私は懐かしい気持ちになった。水平線の向こうに太陽が沈んでいる風景を眺めながら、世界の端に立っているという気持ちが今でもくっきりと印象に残っている。
【春】 満開の桜の花は写真でもきれいなものだと思うが、その本当の良さは写真からわかるものではない。4月になり、春の兆しが次々に訪れる。岡山市を流れている旭川の後楽園ではお花見が毎年行われ、私ももちろん岡山の一員としてそこでお花見を楽しんだ。バーベキューをしたりお酒を飲んだりするのが楽しかったが、日本の古典文化によく出ているお花見の本質は少し違うような気がしていた。だから、先生に少し違うところへ連れて行ってもらった。人が多く集まらない、山の方である。満開がすでに終わり、花が落ち始める時期であった。私は日本人ではないが、ヨーロッパ系の言語に訳せない「せつない」という言葉の意味が何となくわかってきた。今からすると、これは日本文化を理解するには重要な経験のように思う。
【夏】 日本の夏というと沖縄に限る。冬の北海道の正反対を知るためにそこに旅行することにした。鹿児島市の港でフェリーに乗り、途中で興味のある島々に降り、数泊して最南端まで行くという方法を選んだ。最終地点は石垣島。奄美大島の人間の親切さや好奇心、与論島の人々のんびりした生活、自分の島への一体感などが忘れられない思い出になっている。さらに、沖縄本島における中国からの影響を知り、沖縄そばを味わい、石垣島に向かった。そこから日帰り旅行で日本最南端を訪れた。静かな島で、東シナ海の波がその海岸にぶつかっている潮騒しか響いていない。わずかな数の島人は農業を営んでいる。ここも日本である。北海道や東京、京都や岡山などと全然違うがそれなりに日本である。
 日本全国を渡った旅は、日本文化と日本人の考え方を理解するのに役立った経験である。日本は世界の国々の中で面積的に大きい方ではないが、その文化の広さが旅からよくわかった。さらに地域によって人々の違いが多少あることは当たり前であるが、最北端や最南端にしても、東京の渋谷や取り残された田舎にしても、日本人の基本は一緒であった。日本人であることをしっかりと自覚しながら、外国人と異文化を心がけて、自国の習慣や思考に合わせて受け入れようとするものが昔から日本民族にある。このことを理解したのがこの旅の最大の発見である。これは海外からの影響をうまく受け入れる能力である。この適応力は日本文化の重大な要素であり、文字や仏教を取り入れたときの能力を生かしている。現代世界で日本は高く評価されている国であるが、その秘訣の一つはその適応力だと思う。
 国民の世代による違いもよく見えてきた。その違いはどの国にでもあるものだが、日本の場合は比較的大きいと思った。若者は西洋から来たものを好み、日本の伝統的なものを大切にしていないことがわかったのである。マクドナルドで食べたり、ディズニーランドで遊んだりしている。本州生まれ育った人は本州以外の島に行ったことがなかったり、岡山の人は東京に行ったことがなかったりするが、アメリカやオーストラリアには行き来している例が少なくないことには違和感を覚えた。
 また私と日本人大学生との考え方にギャップが大きかったので、社会人とよく付き合っている。たまたまある会社員の仲間と知り合い、仲良くなった。社会人との付き合いから勉強になったことも多い。その友達は普通の会社員であり、私は日本企業内の対人関係について学んだ。会社員同士は、職場以外でどんなに親しくても部下は上司に対して尊敬を払い、上下関係を守っていることがわかった。日本会社の組織についてベオグラード大学でも勉強したことがあるが、目の前でそれを生で見て、貴重な体験になった。帰国して日系の会社に勤めたとき、とても役に立った。
 1回目の留学を振り返ってみると、岡山大学での留学はとても有意義だったと思う。日本語を通して地元の人と話し、彼らの発想と実際の生活を十分理解できるようになった。そして、ここでは日本語の大切さを強調したい。日本語は独特の言葉であり、日本の文化と深く係わっている。日本人は外国語が苦手なので日本の文化について詳しく説明できないということではなく、日本語には外国語に訳せない用語が多いからである。日本の文化の本質が伝わるのは日本語だけである。これは日本語ができない西洋の人には理解できないかもしれないが、私は日本に1年間滞在してからわかった。しかし、日本の文化を知るためには1年間は十分ではない。全然環境が違う国で生まれ育った私は、日本を完全に知ることができないという意識を持っている。だから、ある程度まで知り、自国で日本の良さを伝え、2ヶ国の関係を深めるというのが今回の留学の目的である。
(岡山大学大学院社会分科学研究科研究生)



INDEX  |  HOME