著作権法における教育利用と補償金制度

植村 八潮



 印刷物は、物々交換の時代から交易品として国境を越えて流通してきた。その後、著作権という権利意識が芽生え、今でいう知的財産としての流通市場が誕生することになる。各国の著作権法は国内産業の保護を目的に制定されたものだが、国際取引のためには各国間で著作権法の調整が必要となる。ベルヌ条約の誕生である。
 従って、各国の著作権法は法体系の違いや文化政策を背景に整備される一方で、常に国際的制度協調(ハーモナイゼーション)が求められてきた。特に近年では、デジタル複製技術の進歩、インターネットによる流通市場の確立に加え、知的財産ビジネスの興隆、米国政府主導の国際世論形成によりハーモナイゼーションは喫緊の課題である。
 もちろん権利強化だけが解決策ではない。米国の政策は自国の知的財産保護強化の押しつけともとれるし、オープンアクセス活動やフリーソフトの興隆は国民利益にかなうものである。それに加えて権利者意識の高まりと利用者のオープン化思想の衝突は事態をいっそう複雑にしている。
 さて、いささか前置きが長くなった。これは三カ国セミナーにおいて発表を求められた際、その主題が「各国大学出版部間の国際交流のための著作権実態分析」であったことに対して、とまどいを感じたことの言い訳である。大学出版部が主たる市場とする学術書・教科書分野では、学術情報のオープン化にはじまり、オープン教材活動、eラーニングの普及と教材のデジタル化・ネット流通など急激な変化が訪れている。著作物による国際交流を単純に翻訳取引の問題として語れるものではない。そこで発表にあたっては、著作権実態分析を各国著作権法の比較分析とし、国際交流を著作権の国際協議の中で話題となっているハーモナイゼーションととらえ直すことにした。
 さらに問題点を明らかにするために、各国著作権法のうち、教育関連の制限規定と補償金制度を取り上げることにした。これは教科書やeラーニング教材が今後、大学出版活動に直接的な影響を与えると考えたからである。

 日本の著作権法における教育利用と課題

 著作権の制限規定の1つに、学校その他の非営利の教育機関における複製がある。35条の制限規定は、教員や学生が、その授業で使用するために公表された著作物を複製できる、とするものである。その際「必要と認められる限度内」で「著作権者の利益を不当に害さない」とされている。これについては権利者側により「著作権法第35条ガイドライン(注1)」が公表されている。この中で、「不当に害する」こととして、「読者対象に、高等教育における学生を含む専門書籍・雑誌を、当該教科の高等教育で使用すること」や、「大学等の大教室での利用」により「大部数の複製等、多数の学習者による使用」することとある。
 2002年のソウル三カ国セミナーでは、韓国発表者から、学生によるコピーよりも複写業者の不法行為が横行しているという報告があった。当時公布された「出版及び印刷振興法案」では、大学街での学術書の不法コピーに対する対策が施されていた。海賊版業者は欧米にもある。
 一方、日本の大学教育の現場で海賊版業者による教科書が問題化することは、それほど多くない。理由としては不正という意識がないまま、多くの教員の手により教科書などから複製が行われているためと考えられる。これは教育者の著作権意識が低いことに加えて、著作権法によって教師による著作物の複製配布が〈無制限〉に許されている、という誤解が流布しているためである。これらの行為が「複製の部数及び態様に照らし著作権者の利益を不当に害する」行為であることは明らかである。
 日本の著作権法では、著作者の権利を制限する場合に、一部補償金制度を導入している。しかし、35条(教育機関における複製)に関して補償金制度の導入はない。03年の著作権法改正を検討した著作権分科会では、「教育機関における複製と公衆送信」について「原則として補償金の支払いを要する」として継続審議としたが、翌年以降に検討されることはなかった。
 しかし、実態として不当に害しているならば、現実的な解決策として補償金制度を導入することが求められる。筆者は、日本のように教育機関における複製を広範囲に許しながら、補償金制度のない国をほかに知らない。

 韓国・中国における教育利用と補償金制度

 韓国著作権法では「学校教育目的等への利用」について、第25条で規定されている。日本法を参考に起草されただけに、その内容は日本法とほぼ同様である。ただし、教育機関での利用の場合には、補償金の支払いが義務づけられている。対象としては高等学校以下の学校は免除されるものの四年制大学校、専門大学、大学院などである。
 日本の出版界が今後、教育利用に対して補償金制度の導入を図ることがあれば、韓国における補償金制度の実態は、関係団体との協議の上で大変参考になると考えられる。
 一方、中国は1991年に著作権法を施行し、翌年、ベルヌ条約に加入している。著作権法とそれを補う著作権実施条例などから著作権利用が規定されている。
 特記すべき点として、法29条から35条で出版者の権利を詳細に定めており、さらに条例によって著作隣接権という概念は用いていないものの、著作権とは別に「著作権に関連する権利」を出版者に設けていることである。
 なかでも特色的なのは、法35条は出版者の版面権を認めたものと解され、自らの出版にかかわる図書・新聞・雑誌の版面・装丁のデザインに対して排他的権利が認められることである(条例38条)。その保護期間の規定は存在していない。日本および韓国に比較して出版者の権利が強く保護されているといえよう。

 欧米諸国における教育利用と補償金制度

 ドイツ著作権法では教育利用における制限規定の中で、複製および頒布については、「著作者に対して相当なる報酬が支払われなければならない」として、著作物の複製利用について補償金の支払いを義務づけている。
 英国著作権法では、教育利用のための制限事項が規定されており、公正利用(フェアディーリング)条項が適用される。ただしコピーによる複製は認められない。「著作者・出版者連合協会」のガイドラインによると、学校での学習に公正利用は適用されないとしている。したがって、「教師が何らかの複写の方法により著作物の一部ないし全体の複製物を作成し、それを生徒に配ることは、試験を目的とする場合を除き、ほとんど確実に著作権の侵害(注2)」となる。
 米国著作権法では、権利制限について107条の公正利用(フェアユース)条項が適用される。特に教育機関における著作物の複製配布については、これ以外の規定はない。そこで関係者の協議により、1976年の米国著作権法改正を受けて「書籍・定期刊行物に関する授業目的の複製に関するガイドライン」が作成されている。
 日本ではフェアユースといえば教育利用を無制限に認めているかのように誤解されているが、むしろ限定的で厳密な運用が行われている。たとえば米国ガイドラインでは数量を具体的に明示するなど詳細に規定されている。そして教師の指導監督下で授業に不可欠な著作物の利用であることが強く求められているのである。

 教育利用と複写権使用料

 欧米では著作権集中処理機構における収入源として、教育機関が高い比率を占めている。結果的に便利で有効な著作権集中処理システムが構築され、教育現場では積極的に他人の著作物利用が行われている。
 各国の複写権使用料を比較すると、その点がよくわかる。日本の複写権管理団体の徴収額は1億5000万円にすぎない。これに対しフランスは41億円、米国は120億円であり、人口わずか464万人のノルウェーでは38億円も徴収している。人口比にして日本の実に600倍である。
 英国では、新聞の37億円を別にして、出版物だけで105億円である。そのうち20億5000万円を初等・中等教育機関から、26億円を高等教育機関から徴収している。これらは、いずれも学校予算で支払われている。
 日本は読者を保護するためでなく、経済団体の強い意向の結果、複写権使用料が極めて低く抑えられてきた経緯がある。一方、欧米では、よりよい教科書・教材製作のための執筆費や編集費が、豊富な複写権使用料によって支えられている。そこには人の創造的行為を高く評価し対価を支払うことで、新たな著作活動が行われるという、とても「よい循環」がある。日本の著作権法35条は、本当に有効に機能しているといえるのだろうか。

 自立的情報流通システムによるデジタル著作物の創造

 欧米ではデジタル・ネットワーク社会に対応するために著作権法の改正をはかり、eラーニングを普及させるなど円滑な著作物利用を図っている。その際、従来から安定的に運用されてきた補償金制度を公衆送信権にも拡張し、複写権使用料の予算化を図り、著作権者に対価を支払うことで、創作のためのインセンティブを維持している。
 一方、日本では教育利用に対する補償金制度が確立されていないこともあって、eラーニングでの自由な著作物利用に対して権利者側の抵抗が強い。
 しかし、デジタル・ネットワークを利用した著作物は国境を越えて流通しており、ハーモナイゼーションの点からも、早急な法整備が望まれている。そのためにも充実した補償金制度や複写権使用料規定を検討するべきである。
 日本の学術専門書出版者は、刊行助成金というわずかな例外を除けば、自らの収益で学術出版の発信、流通を担っている。出版者は流通を担う取次、販売を担う書店とともに出版産業を形成し、国からの大きな補助金を得ることなく自らの商行為の中だけで、出版流通システムを維持してきた。このような自立的な情報流通システムによって、良書と呼ばれる数々の書籍を読者に届けてきたのである。
 このような自立的情報流通システムをデジタル・ネットワーク環境下で再構築し、良質なデジタル著作物を生み出すシステムを早く整備することこそが、長い出版文化の歴史を誇る日本・韓国・中国に求められているのである。
(東京電機大学出版局)

■注
(1)正式には「学校その他の教育機関における著作物の複製に関する著作権法第35条ガイドライン」。[→本文へ戻る]
(2)フリント、ソーン共著、高橋典博訳『イギリス著作権法』(木鐸社、1999)、282頁。[→本文へ戻る]



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