初版本、ナンセンスなフェティシズム

平野威馬雄著『詩集青火事』

酒井道夫



 平野威馬雄については、愛娘レミさんのエッセイだったか、あるいは娘婿和田誠氏の文章だったかに、「潰れそうな出版社に肩入れする癖があって困った人だった」という件を読んだように思うのだが……。私は、濤書房版のこの詩集(1972、印刷製本・誠文社、装丁・三谷一馬)を70年代に神田のゾッキ本屋で入手した。この頃、この版元には何か異変があったのだろうか。
 当時、私はまだ神田界隈を徘徊する時間と体力があったので、めったに買うわけでもなく古書店を軒並み訪ね歩き、棚に並ぶ本を眺めるだけで大方は満足していた。まったく金がなかったのだ。で、すずらん通りにあって、店内をエロ本系で埋め尽くしているにもかかわらず、店頭近くの一角だけにちょっと珍しい本を置くことがある店を要チェックにしていたのだが、その日も期待がズバリ当たった。
 ここで10冊くらい平積みされていた『詩集青火事』に遭遇したのだ。この詩集の存在を私はその時まで知らなかったが、手に取ってページを繰ったら、本書への著者と出版社の入れ込み方に尋常でない空気が伝わってきた。良いクリーム上質紙を用いた本文は、赤い細線で囲んで4号活字組にしている。巻頭に「青宋居」と刷り込んだ和紙の用箋が折り込まれ、ここに1冊ずつ異なった詩句を著者自筆でしたためているという懲り方。初版限定999部中、252番と871番がいま私の手元にある。これがゾッキ価格で積み上がっていたのである。今なら買い占めるところだが、金がないというのは恐ろしいものだ。全冊を確かめて、読み易い詩句を記した折り込みがあるのを選び出し、2冊を購入するのが精一杯だった。
 本文組の巧みさに比して製本が杜撰だったので、1冊は、ちょうどその頃、拙くも手製本を始めたばかりのカミさんに頼んで背革装に改装した。オリジナルは元のままの姿で残し、もう一方は時々手に取って悦に入る……。まあ、無意味なフェチですが。
(武蔵野美術大学)



INDEX  |  HOME