デジタル化を展開中の大学図書館

富田 健市



 はじめに

 これまで、大学図書館の主な役割とされてきたものは研究支援と教育支援であり、学術情報と利用者とを結び付けることにあった。したがって、デジタル化の目標となってきたのも、両者を結び付けるために行う、学術情報を提供するための手段の部分であり、目録情報をデジタル化してネットワーク上に公開するOPACが代表的なものであった。
 しかし、現在多くの大学図書館で展開中のデジタル化は、これまでとは異なる部分における取組みの下に行われている。この異なる取組みは、大きく2つに分けることができる。1つは、学術情報そのものがデジタル化されたことへの対応であり、もう1つは、法人化後に大学の新たな役割として取り上げられている社会貢献の一環としての、大学の研究成果や蔵書の内容を自らデジタル化し広く社会一般に情報発信することへの取組みである。これらは、10年ほど前の「電子図書館」においても課題となっていた事項であったが、当時は学術コミュニケーションの主流がまだ紙媒体であったことや著作権処理の問題が未解決であった等の理由により、十分な成果をあげることができなかったものである。

 1 学術情報のデジタル化への対応

 インターネットの普及に伴い、デジタル化された学術情報が学術コミュニケーションの主流となり、教育・研究の上で不可欠のものとなっている。中でも現在その大きな部分を占めているのは、学術雑誌をデジタル化した電子ジャーナルである。学術分野によって温度差はあるものの、すでに多くの分野において電子ジャーナルは必須のものとなっており、いかに必要とする大量の電子ジャーナルを研究者に提供できるかが、大学図書館に求められている。しかし電子ジャーナルの拡大は、一方で購入経費の増大をもたらしており、図書館経営を圧迫しているのも事実である。これには、電子ジャーナル化された学術雑誌を扱う出版社が有力な数社に集中しており、これらの出版社が自社で扱う数百ないし千以上のタイトルをパッケージ化して販売していることの影響が大きい。パッケージ化されると、基本的には従来購入していたタイトルの総額相当の購読規模を維持していれば、パッケージに含まれているこれまで購入していなかったものを含む全てのタイトルについても利用することができるので、費用対効果は大きくなる。しかし、購読規模の維持にあたっては、原価ベースでの毎年の値上がりが不可避のものとなっており、これが経費増大に直結している。毎年の値上がりについては、強く改善を求めているものの、出版社側からは世界中の研究者から投稿される論文の急増を主な理由として、満足すべき回答を得ることはできないのが現状である。経費縮減が求められる中、図書館全体の経費も節減していく必要があり、電子ジャーナル部分が増加すればそれ以外の経費を縮小せざるをえないこととなる。
 しかし、さらに値上げが続けば、他の経費の縮小自体にも限界がくることは明白である。このため、電子ジャーナルについては図書館経費の枠ではなく、大学全体の経費で維持する大学が増えてきているが、値上げの構造には変化がなく、抜本的な解決策が待たれている状態にある。そのような中にあって、解決策のひとつとして提案されているのが、後ほど触れるオープンアクセス運動であるが、現状では残念ながら十分な成果をあげるには至っていない。

 2 電子Book導入の現状と今後

 雑誌をデジタル化した電子ジャーナルと比較して、図書を電子化した電子Book(電子ブックという名称が商品名であるため電子書籍といわれることも多いが、ここではBookとする)の導入は進んでいない。筆者は、平成16年度から18年度にかけて、国立大学図書館協会学術情報委員会の小委員会である、デジタルコンテンツ・プロジェクトに事務局として関わり、電子Bookと機関リポジトリの2つについて調査研究を行ってきた。結果として、後述する機関リポジトリがその3年間で拡大定着したといえるのに対し、電子Bookについては導入機関数、導入タイトル数ともにわずかな増加に止まっている。プロジェクトで実施したアンケートによると、導入が進まない理由としては「価格が高い」が最も多く、「日本語のものが少ない」、「購読希望がない」と続いている。電子ジャーナル経費の増大の中で電子Bookにまで対応できない図書館側の事情と、電子ジャーナルに比較して研究者側の需要が喚起されていなことが導入の遅れを招いているといえる。研究者の需要が少ない理由としては、電子化された図書のタイトルが質量ともに十分なものでなく利用したいものが少ないことの他に、電子媒体の「速報性」「検索」といった利便性が、紙媒体の「読みやすさ」「価格」等の利点を上回るに至っていないことが考えられる。その点で、事典等のレファレンスツールは、電子媒体の利便性を活かしやすい特性を持ち、値段も冊子と比較してさほど高くなく、またある程度タイトルも揃っていることから、他の種類よりは比較的導入が進んでいる。ただし、このような状況が今後も続くかどうかは予断を許さない。今年度になってから大手の電子Bookプラットフォームへの日本語学術図書登載が開始されるなど、普及に向けた動きもみられるようになってきている。さらに、GoogleやMicrosoftで展開されている大規模な図書のスキャニング事業においても、図書館蔵書電子化部門に日本から慶應義塾大学が参加するなど、出版社主導ではない電子化の動きが大きくなってきている。今後は、有料無料に関係なく、これらネットワーク上の電子Bookが増大していくことは確実であり、「読みやすさ」についてもAmazonから電子Book端末が発売されるなどの動きがあるため、研究者の需要が喚起される可能性があり、図書館としても準備をしておく必要がある。

 3 情報発信のためのデジタル化への対応

 研究機関が自機関に所属する研究者の研究成果をデジタル化して蓄積しインターネット上で公開する機関リポジトリは、当初は学術コミュニティの主流を大手出版社の手から研究者自身に取り戻すことを目的とするオープンアクセスの手段として欧米で登場した。したがって、その際には蓄積すべき研究成果は学術雑誌掲載論文が中心であるとされていた。しかし、現在日本で開設されている機関リポジトリに収録されているコンテンツの実態は、紀要論文や貴重書画像データが多くなっており、学術雑誌掲載論文は必ずしも主流とはいえない状況となっている。
 平成19年11月現在、国立情報学研究所の機関リポジトリ一覧のページには67件の機関リポジトリが収録されており、今後も増加が見込まれている。また、世界では英国にある機関リポジトリのディレクトリである「OpenDOAR」への登録数が千件を超えるなど、数の面では順調に発展しているといえる。しかし、同年3月に同研究所から発表された「次世代学術コンテンツ基盤共同構築事業中間まとめ」によれば、日本の機関リポジトリに収録されているコンテンツの46.2%が紀要論文であり、次いで36.5%が貴重書画像データ等の含まれる「それ以外」となっており、当初期待された雑誌論文は5.9%にすぎない。
 これは、現在の日本において主な部分をしめる大学の機関リポジトリの性格がオープンアクセスへの対応手段としての面ではなく、大学の研究成果を一般社会へ発信するという社会貢献の一環としての面が強いためであると考えられる。大学の研究成果としては、学術雑誌掲載論文ばかりではなく、紀要論文や科研費の報告書、学位論文も当然含まれるためである。さらに、社会貢献という面からは研究成果ばかりではなく、貴重書などの蔵書をデジタル化して公開する機関も増えている。ただし、デジタル化した蔵書については、機関リポジトリに収録するか別のデジタルアーカイブとするかについて各機関で対応が分かれている。筑波大学ではすでに電子図書館として、紀要論文・学位論文・貴重書画像データ等を蓄積していたが、貴重書画像データについては機関リポジトリに収録せず、別の枠組みで対応することとした。機関リポジトリに「研究成果」のみを収録することとしたのは、学内の研究者に収録への協力を求める際に対象を限定した方が説明しやすく、かつ理解が得られると判断したためである。
 ただし、著作権の一部が商業出版社や学会等に移動している場合には、機関リポジトリから公開しようとすると著作権所有者の著作権ポリシーにより制限がかかることがある。著作権ポリシーには、一切公開を許さない場合や、刊行されたままの形では公表できないが原稿段階のものは大丈夫な場合等がある。海外では公表している出版社が多いが、日本の学術雑誌の刊行元の大部分を占める学会においては、どのような形で機関リポジトリへ対応するかを決めていないところがまだ多く、現在も交渉を続けているところである。とはいえ、日本でも公開を許諾する学会等も増加しており、英文学術雑誌発表分も含めて全国規模でみると、デジタル化された「研究成果」の蓄積は着々と進んでいる。

 おわりに

 目録データだけではなく、提供する学術情報そのものがデジタル化されてインターネットで公開されているということは、その部分については電子図書館が実現しているといえる。これまでの電子図書館は個別開発システムの色合いが濃かったが、電子ジャーナルや電子Bookの普及と、オープンアクセスの動きと情報発信・社会貢献に対する要求が追い風となり、標準化の進んだ機関リポジトリが登場してきたことにより、特定のプラットフォームに限定されないものになりつつある。このため、現在大学図書館で展開中のデジタル化の動きは、これまでと違って個別の大学単位のものではなく、多くの大学によって歩調を合わせて進行していることから、着実で充実したものとなっているのが特徴といえる。
 デジタル化の流れは、今後も加速していくことが予測され、研究支援という機能を果たすためにも、大学図書館では積極的な取組みを続ける必要がある。
(筑波大学附属図書館)



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