【座談会】

ブックフェア
「ナチュラルヒストリーの時間」
を振り返って




出席者
矢寺範子(ジュンク堂書店池袋本店自然科学担当)
稲垣美穂(ジュンク堂書店池袋本店自然科学担当)
稲 英史(東海大学出版会編集課)
光明義文(東京大学出版会編集部)
写真撮影 唐澤幹雄(早稲田大学出版部営業課)

 大学出版部協会では、本年6月から9月に掛けて、自然史の愉しみ、自然科学書の魅力に触れていただくブックフェア「ナチュラルヒストリーの時間」を全国21の書店で開催いたしました。また、フェアに合わせ、ナチュラルヒストリーの拡がりと奥行きをコンパクトに、分かりやすくお伝えするブックレット『ナチュラルヒストリーの時間』(大学出版部協会編、定価1680円)を刊行いたしました。
 このたび、フェアを推進してくださいましたジュンク堂書店池袋本店の矢寺様、稲垣様をお迎えし、フェアおよびブックレットについて、また自然科学書の現状と未来について語り合う場を設けることができました。熱い座談会の模様をどうぞお楽しみください。

 ナチュラルヒストリーについて

稲 大学出版部協会のブックフェアに協力していただきましてありがとうございました。今日は2カ月間にわたって開催していただいたブックフェアに関してお話をいただければと思います。
矢寺 とてもよかったと思います。時期も夏休みの時期でよかったし、私どものお客さまだけではなくて、普段、ナチュラルヒストリーに縁がないような方やお子さんもけっこうご覧になられていましたし、たいへん反響があったフェアだったと思います。
稲垣 いつもは理工書のフロアにいらっしゃらないようなご家族連れの方たちが夏休みということでたくさんいらっしゃいましたし、予想以上にお子さんが多かったのが印象的でしたので、これを機会に自然に興味を持ってくれるお子さんが増えたらいいなと思います。すごくいいフェアだったと思います。
稲 ありがとうございます。
光明 お子さんたちがナチュラルヒストリーのフェアをきっかけにして自然に興味を持ってくださったとしたら、少なくともその点ではテーマとしてよかったのかなと思って、ちょっとほっとしてます。
矢寺 でも大きなテーマだったので、最初どうしようかと思って2部構成にしたんですけど、そのあたりのことは稲垣がすごく考えてやったんです。
稲垣 私、恥ずかしいことに最初、ナチュラルヒストリーってなに? というところから始まったんです。講談社学術文庫にある日高敏隆さんの『帰ってきたファーブル』の第一章にナチュラルヒストリーについて書いてあったんですよ。それでなんとなくつかんだんですけど、ほんとに広くて。でも広ければ広いだけやりがいがあるなというか、こちらが好きなようにテーマを設定して絞っていけるので、それは本を選んでいてとても楽しかったです。限られたフェアですし、広いテーマなので、できるだけたくさんの本を置きたいということで2部構成にしました。第1部「生物の多様性を読み解く」と第2部「地球の歴史を読み解く」の分野分けについては稲さんと光明さんにご意見をいただいたりして、うまくいったなと思っています。
稲 確かにナチュラルヒストリーは広くて、よくわからないところがあるんだけど、日本のなかで正しく位置づけられていないところがあって、その人その人によってずいぶん理解が違うと思うんですね。今回のナチュラルヒストリーというのは、自然のなかでの遊びの部分というか、子どものころに自然のなかでこういうことを体験した、というところから始まったんです。
光明 ナチュラルヒストリーの定義を調べると、いろいろあります。われわれもさまざまな視点からナチュラルヒストリーをとらえようと考えました。だから、第1部と第2部のいずれも少し漠とした感じがあったんじゃないかなと思います。第1部と第2部を比較した場合に、お客さんの違いみたいなものはありましたでしょうか?
稲垣 時期的なものもあったと思うんですけれど、前半のほうは夏休みの課題を探している方たちがいらっしゃって、図鑑などを見ていらっしゃった方が多かったように思います。後半になるともうせっぱ詰まっているので、これからこれを読んだら遅いよねというような話も聞こえてきました。また、後半のほうは年配の鉱物ファンの方がたくさんいらっしゃっていたかなと思います。意外だったのは、第1部と第2部を通して女性が多かったですね。
光明 普段、ジュンク堂さんの7階(理工書のフロア)は女性のお客さまというのはあまり多くないですよね。
稲垣 少ないですね。数えるほどです。
矢寺 女性の方はお連れさまで来るくらいですね。
稲 そうか。女性がやっぱり少ない。
稲垣 そうですね。
光明 書き手にも女性はやっぱり少ないんです。たとえば生物の分野だと、実験系では女性の研究者もかなりいるんですけど、フィールド系ではまだまだ少なくて、それに伴ってか、女性の読者も少ないようです。でも、最近はフィールド系の分野では、男性よりも女性のほうがアクティブで優秀な大学院生が多くなってきたということをいろんな大学の先生方からよく伺うので、あと何年かするとむしろ女性の研究者のほうが増えてくるかもしれませんね。

 大学出版部協会の本

稲 今回のブックレット『ナチュラルヒストリーの時間』というのは大学出版部協会ではじめて出版した本ですが、いかがでしたか?
矢寺 あれはよかったと思います。
光明 売れ行きはどうですか?
稲垣 いいですね。いま50部は超えたと思います。
光明 1章あたり4〜4ページで、1本ずつ読めるような仕立てになっています。どこから読んでもおもしろく読めるというような紹介記事もいくつか出ていますね。
矢寺 豪華執筆陣で、おもしろく読みました。さらっと読んでも興味を持った方がいると思います。
光明 自然科学のフロアを担当していらっしゃるお二人として、こんなテーマの本があったらいいなというものがあったら、教えていただけますか?
稲垣 ときどき、お客さまからこういうジャンルの本はありますかというお問い合わせを受けて、あ、そういえばこういう本はないなというのはあります。
光明 自然科学だと、たとえばブレインサイエンスの分野はさまざまな出版社からいろんな本が出ていて、かなり層も厚いと思うんですね。それに対してナチュラルヒストリーの本は、総量としてはそんなに多くはない。でも、じつはけっこうおもしろいテーマがあるんじゃないかなという気がしています。
稲 気がつかないということもあるんだけど、なかなかつくれないものもあるんですね。
矢寺 ジャンルでいったら、恐竜と天文は日本のきちんとした本は弱いですよね。
光明 確かに恐竜はそうですね。夏休みにあれだけ企画展がいっぱいあるにもかかわらず、専門書というのはほとんどない。
稲 確かにないし、われわれもつくってないですね。
光明 天文もそうなんですか?
稲 製作面からいえば、天文も図版の処理が難しいところがあります。恐竜の場合は、迫力があり、かっこいいイラストが必要になる。専門書にカラーを多用するのは限界がある。
光明 恐竜の場合、恐竜図鑑みたいなビジュアル系のが多いじゃないですか。そういうのは売れますか?
稲垣 売れることは売れますね。
稲 カラーはコストもかかるし、レイアウトも工夫やアイデアが必要になる。われわれが苦手にしているところですね。でも売れるでしょうね。けっこうおもしろいテーマもあるのですが、コストの面で引いてしまう。恐竜とか宇宙・天文は、学術図鑑とは違うし、類書との比較も必要ですし、大学出版部では、おそらく部数や定価設定が読めないんじゃないでしょうか。だから、おもしろいテーマですけど、われわれにはなかなかできない。これからチャレンジしたいところではあるのだけれど。
光明 恐竜の研究者は比較的若い世代で海外で学位を取って戻ってきた優秀な人たちがいるので、翻訳書ではなく日本の研究者に書いてもらったほうがおもしろいのができるような時代になってきたかもしれない。
稲 われわれがつくっているのは大きく学術書、教科書、教養書に分けられますが、それぞれについてなにかご意見などはありませんか?
矢寺 いや、もともと私たちは全部専門書だと思って棚づくりをしているので、そんなふうに分けては考えないんですよ。強いて分けるとしたら、教科書と学術書ですかね。
稲 われわれが教養書としてつくっていても、専門書として区分けされているということですね。教養書として棚に入れていただくのはなかなか難しい。
光明 たとえばこれは学術書、これは教科書、これは教養書というラベルが貼ってあるわけじゃないんで、あくまでもどういう方が読んでくださったかによって、これは教養書的な売れ方をしたな、これはやっぱり専門の研究者じゃないと読めなかったなと、実際は結果から判断していくしかない。
唐澤 営業の立場でいうと、「大学」の出版部というイメージが、販売にどう影響するのかということですよ。こちらががんばって教養書だといっても、やっぱり専門書としてとらえられてしまうというようなこともありますよね。たとえば書店の方が専門書として棚に入れてくださる場合と、教養書と一緒に並べてくださる場合では、それによっても色づけが変わってくるような場合もなかにはあると思うんです。
 それから専門書は出てすぐ評価され、書評に出て、ぱっと売れるというような性格のものではなくて、比較的長い期間にわたって評価されます。たとえば1年後に学会誌に取り上げられて、専門の方々が棚に探しに来るということもある。でもそのときはもう棚にない、ということがあるんですよね。それでいきますと、ジュンク堂さんはものすごく辛抱強く置いてくださるのでとてもありがたいと思います。
稲 大学出版部協会から新刊が出たときに、その情報をどのようにして得ていらっしゃいますか?
矢寺 やっぱり、それぞれの新刊案内ですね。
稲 大学出版部協会のホームページってご覧になったことないですか?
稲垣 フェアが始まるときに一回拝見しましたけど。
稲 1回ですか。
稲垣 すみません。
唐澤 要は、こちらから発信しないとなかなかウェブ・チェックはできないということですね。
稲垣 そうですね。
稲 それから、大学出版部協会で「新刊速報」というのを出していますが、あれはご覧になりますか?
矢寺 いえ、 まったく知りませんでした。
唐澤 「新刊速報」は、図書館や書店の外商向けにつくっています。大学出版部協会のその月に出た本を翌月の第1週くらいにペーパーで送ってるんですよ。ですから、これは前月に出た本の情報ですね。でも、これは外商向けだからなかなか店頭に出ないというのが現状かもしれませんね。
稲 あれって、どうして外商向けなんですか?
唐澤 大学出版部協会の営業活動として大学図書館の蔵書をチェックして、オーダー漏れを注文してもらおうということから始まりました。だから、これから出る本ではなく先月出た本をチェック用に発行しています。

 書店からのリクエスト

稲 われわれ編集サイドに要望みたいなものがあれば教えていただきたいと思います。
矢寺 編集サイドしかわからない情報というのがあると思うんですね。著者がらみの話とか、著者同士のつながりとか、そういうのがあれば情報としては欲しいと思います。そういう情報を編集者の方からいただけたらありがたいですね。
稲 今回のブックレット『ナチュラルヒストリーの時間』にもいろいろなつながりがあります。僕と光明さんは編集者同士のつながりですし、執筆されている著者たちのつながりもすごく濃いものがあったりして、確かにおもしろいんですよ。たとえば、ある学会の会長と副会長だったというのもありました。
矢寺 これからもそういう情報を教えていただけたらすごくありがたいです。
光明 われわれ編集者ももっと書店さんに足を運んで、担当の方と話をしないといけないと。そういうことをご指摘いただいたんだというふうに肝に銘じておきたいと思います。行かねば行かねばと思いつつ、書店さんに行く回数が、まだまだ全然少ない。読者の方と直接接していらっしゃるのは版元の営業じゃなくて、書店さんじゃないですか。だから書店さんから直接いただける情報というのは、いろんな意味でわれわれの編集活動にとっても役に立つので、もっともっと足を運ばないといけないと思います。
稲 そうですね。本をつくっているとけっこう気になるのが書名や装丁で、それを一堂に見られるというのは書店さんなので、非常に勉強になります。これからもよろしくお願いします。
稲垣 今後ともよろしくお願いします。
光明 矢寺さん、稲垣さん、今日はどうもありがとうございました。そしてカメラマンとして参加していただいたのに、対談にも加わっていただいた唐澤さん、おつかれさまでした。




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