日本の大学出版部における組織運営形態

三浦 義博



 はじめに

 2007年三カ国セミナー主題「出版部における管理体制プログラム」は、日本の大学出版部にとっても基本的課題であり、特定の大学出版部が個別的事例を発表するのではなく、日本の大学出版部の共通項を抽出し、国際部会としてレポートを纏めることにした。以下に発表することは、発表者の所属する大学出版部や発表者の個別的見解ではなく、概ね日本の大学出版部に共通する代表的類型を示すものである。
 今、日本の大学出版部協会は加盟出版部が徐々に増加しているが、新加盟出版部の中には新たな設立形態を有している出版部もある。そのような状況も踏まえて日本の大学出版部における組織運営の実際をレポートしたい。
 なお「管理体制プログラム」という表現は日本の大学出版部に必ずしも馴染むものとは言えない。中国大学出版社協会、韓国大学出版部協会に日本大学出版部協会の実情をより理解していただくためには、「設立の形態による組織運営」(もしくは「設立の形態による運営体制」)という表現が相応しいと思われる。そのような意味合いから、本レポートでは「管理体制」という表現ではなく「運営体制(組織運営)」という表現を使用する。

 1 日本の大学出版部における組織運営体制を論じるにあたって

 大学出版部の組織運営体制を論じるには、2つの局面から見る必要がある。
 1つは、出版部の設立形態によっておのずから運営体制が異なってくるという局面であり、そこには国立大学系の出版部と私立大学系の出版部の異相という面もある。もう1つは、出版事業特有の機能を押し進めていった場合に生じてくる運営・管理の特殊性という局面であるが、これは組織の規模と活動内容によって派生する個別問題である。
 重要なのは前者である。日本の場合、大学はすべて2002年に法人化されたとはいえ、国立大学法人と私立大学の学校法人では、大学出版部を大学の「外」と「内」のどちらに設置するかに関して歴史的な経緯があり、国立大学では「外」に、私立大学では「内」に設置する傾向が一般的であった。
 日本の場合、国立大学と私立大学の大学設置の法的基盤による、組織運営形態の違いなどにより、大学出版部の運営のトータル(機能)を画一的に論じることはできない。以下では、「出版部の設置形態と組織運営」、「組織運営体制の自立制、独立性」という2つの側面から、日本の大学出版部を概括し、最後に組織運営体制(組織図)のモデルを描いてみよう。

 2 出版部の設置形態と組織運営

(i)自主運営型
 財団法人、中間法人、株式会社等の法人形態をとっている大学出版部が該当する。
 資本(基本財産、基金、株式等)の母体大学からの独立性が保持されており、通常の運営業務を執行する出版部から法人役員が選出される。
 しかし自主運営型といえども大学出版部である以上、代表者もしくは重要な役員は母体大学から派遣され、出版部はその監督下にあり、事業運営の実際、人事管理は出版部役員が代表者の了解を得て実質的に執行する。出版部個々の就業規則、賃金規則等を持ち、職員の採用・教育も独自に行う。ただし、財団法人や株式会社の事業全体の中の一部として出版事業が含まれている出版部もあり、これらはしばしば法人全体の経営方針に拘束される。

(ii)共同運営型(学校法人出版部:収益事業部門)
 私立大学系の出版部に多く見られる形態である。「私立学校法第二十六条」に設立・運営の基盤を持ち、収益は「寄付行為」として学校経営に充てることが目的とされる。
 学校法人が行うことができる収益事業の内、出版業は「情報通信業」に該当するとされるが「出版」という表記は無い。収益事業の規定には、大学として相応しくない事業は認められず、また大学の規模に見合った事業展開が求められている。
 収益事業であるため、学校会計とは異なる一般企業会計として処理される。決算は大学本体の決算に含まれるものの、「消費支出計算書」とは別枠に「収益事業計算書」として公表されることが義務付けられている。
 出版部を設立する大学は、
(1)私立学校法第二十六条に基づいて収益事業を行うこと
(2)収益事業部門として出版業を行うこと
(3)出版業を行うために出版部を設置すること
(4)出版部の収益は寄付行為として学校の経営に充てること
等を明記した学内規定(「出版会規定」)を設けて、出版事業を行う。
 学校法人の出版部は、組織的には大学の一部局であり、出版部職員は大学職員であり、身分保障も人事異動も大学職員と同じである。大学の予算の一部によって事業が行われるが、事業運営にはある程度の自主性が認められている。
 学校法人出版部は、財団法人、中間法人、株式会社等の上記「自主運営型」の出版部と比較して、母体大学との緊密な「共同運営」が組織運営の基本となる。

(iii)大学運営型(学校法人出版部:補助教育事業)
 同じ学校法人の出版部であるが、上記の「収益事業」とは異なり、収益を目的としない「補助教育事業」としての出版形態がある。平成12年「文部省告示第四十号」の「第三条」に設立・運営の基盤を持つとされ、当該大学教員の研究成果公開、母体大学の広報的な位置付けを持ち、大学の社会評価を目的とする色彩も強く、著者は母体大学の教員に限定される。組織的には大学の一部門であり、専属の出版部職員を配置せず、他部署の職員が出版業務を兼務する場合もある。会計は、学校会計の中で処理される。

(iv)国立大学出版部の新たな形態
 国立大学の出版部は、財団法人が唯一の組織運営形態であったが(2005年度以降は中間法人が加わる)、2002年の法人化(大学法人)に伴って様相が変化してきた。
 「国立大学法人法第二十二条第五項」によって、大学の組織の中に出版部を設立することが可能となったのである。これは学校法人出版部の補助教育事業と、見かけは同じ形態をとる。収益を目的としない国立大学出版部であり、日本の大学出版部における新たな潮流と言える。その数は徐々に増えつつあり、2007年に大学出版部協会に31番目の出版部として加盟した弘前大学出版会はこの形態である。

(V)その他の運営形態(任意団体)
 任意団体は日本では「権利能力なき社団」といわれ、法令上の要件が不足して法人登記ができないか、登記を行わないために法人格を有しない形態の社団が該当する。
 母体大学と合意形成の上で、とりあえず小規模な出版活動から始める場合には有効な設立形態であるものの、「権利能力を有していない」状況には自ずと限界があることは否めない。任意団体の出版部は、上記2の(i)〜(iv)のいずれにも該当しないため、本レポートの議論からは対象外とする。

 3 組織運営体制の自立制、独立制

 以上の様に、日本の大学出版部は組織運営上、その内部に多様性を持っており、大学出版部の運営・管理を考える場合、どのレベルを問題にするかで、出版部間で違いが生じる。もし、職員一般に対してなら、法人であれ、大学の一部局であれ、それぞれに「就業規則」があり、また労働組合がある出版部ではさらに「労働協約」があり、これらを基に就業、および人事「管理」がなされる。これらの規則や協約は、ある面で標準化されている(労働基準監督署の下)。実態に差異はあろうとも、表向きは一律である。
 おそらく、組織運営・管理の主体はだれか、と問うべきなのであろう。これはまさにその出版部の形態によって異なってくる。当然ながら、先に見たように設置形態=自主性の密度によって違ってくるのであるが、ここではより単純化して2つのグループに大別する。

(i)自主運営型
 大学出版部が法人であって、運営が自主的・独立的である場合は、人事面も含めて管理体制は法人が独自に編成する。実際は、母体大学の理事や教員で構成される理事会のなかに、出版部職員代表が専務理事等として参加して実質的に理事会(執行機関)をリードし、その決定をもって、自主的に運営・管理体制を確立するのである。株式会社等の法人の場合は、その役員(取締役)等に母体大学の理事等の幹部が就任し、両者間で連携が図られる。

(ii)共同運営型
 管理・運営面から見るなら、事業の実質的な運営上の自主性を保持できる学校法人(私立大学)系の共同運営型も、人事面での管理体制は母体大学の管轄下にあり、事業運営面で自主性を保持できているものの、財団や中間法人、株式会社の大学出版部を「独立型」とするならば、「非独立型」とも言える。

 4 大学出版部の組織運営モデル

 自主運営型組織のモデルは、会長、理事長、理事の下に大学出版部の最高議決機関として理事会が構成されるが、事務局長(専務理事、理事)が大学出版部の実務部門(職員)を統括する。
 事務局内の部門モデルとしては、
 【編集部門】編集総務部、領域別編集部(複数)、海外編集部、編集管理部
 【製作管理部門】
 【広告・広報部門】
 【営業部門】営業総務部、領域・地域別営業部、特別販売部、教科書販売部、直接販売部、販売管理部
 【経営管理部門】総務部、経理部、人事部
 【コンピュータ関連部門】
となるが、日本ではここまで機能分化した出版部はほとんどない。規模に応じて、機能の兼務が行われているのが実情だ。最も一般的な組織運営上の形は、編集、営業、経営管理、の三部門までの機能分化であり、関連する業務はそれぞれがシェアすることになる。

 おわりに

 以上に見てきたように、日本の大学出版部は、設立の法的基盤をどこに持つかによって、見かけ上は同じように見えながらも、組織運営の方向性に微妙な差異があり、そのことが個々の出版部の活動に僅かながらではあるが、違いをもたらしている。しかし、この微妙な違いは「大学出版」という大きな枠組みの中では、見えない。大学出版部としての目的・方向性は同一であり、様々な組織運営上の課題を共有しているのである。
 また大学出版部といえども、業としての出版は経済行為であり、収益は重要な課題である。補助教育事業としての私立大学出版部や国立大学出版部においてもそれは同様である。
 「収益を目的としない」ということの真の意味合いは、商業出版社のような「利潤追求を目的とした出版活動とは異なる出版活動」が求められていることを意味している。(1)大学の研究成果の社会還元を目的とした学術専門書の出版、(2)大学の教育を補助するものとしての教科書出版、(3)専門知識の普及を目的とした教養啓蒙書の出版という、大学出版部の枠組みはここから派生してくるのであり、大学出版部の組織運営と管理運営の問題は、すべてこの立位置から発想し、大学出版の使命を全うする仕組みとして機能させることに本来の意味がある。
(事務局長、東海大学出版会)



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