大学アーカイヴズと学術コミュニケーション
― 京都大学大学文書館から考える ―

西山 伸



 発展する大学アーカイヴズ

 本稿の表題に使用した「アーカイヴズ」という語は、近年テレビ番組やウェブ上で目にすることが多くなってきているが、それだけに一種の濫用が目立つようになっている。アーカイヴズとはICA(国際文書館評議会)の定義によれば「個人または組織がその活動のなかで作成または収受し、蓄積した資料で、継続的に利用する価値があるので保存されたもの。記録史料」となっている。またそういった資料を保存し閲覧利用に供する施設を指すこともあり、本稿では主として施設を指す語として用いている。アーカイヴズの設置主体は、国、地方公共団体、企業、宗教団体、個人等様々なものが考えられるが、本稿で述べる大学アーカイヴズもその一つである。
 日本における大学アーカイヴズは、大学沿革史の刊行と密接に関連して設置されてきた。大学沿革史自体の歴史を論ずる余裕は本稿にはないが、東北大学記念資料室(1963年)を嚆矢として、慶應義塾福澤研究センター(1983年)、東京大学史史料室(1987年)、九州大学大学史料室(1992年)、早稲田大学大学史資料センター(1998年)等、大規模大学を中心に設置された大学アーカイヴズは、それぞれの大学における沿革史編纂で収集された資料を基盤としており、そこでは編纂後の資料整理に止まらず、自らの大学の歴史に関する調査研究や教育、展示等様々な活動が行われるようになった。このような動きの背景には、貴重な資料を数多く利用して学術的批判にも堪えうるような本格的な大学沿革史が刊行されるようになった事情があることは間違いない。
 さらにここ数年、大学アーカイヴズ、特に国立大学のアーカイヴズには新たな機能が加わってきた。それは2001年4月に施行されたいわゆる情報公開法を契機としている。同法は、言うまでもなく国民に対する国の機関の情報開示を求めたものであるが、その前提として各機関に行政文書の厳密な管理を義務づけている。ところで、情報公開法が対象としているのは、行政文書ごとに定められた保存期間内の文書(「現用文書」という)であるが、では保存期間の過ぎた文書(「非現用文書」という)はどうなるのか。放っておけば捨てられてしまうことになるこれらの文書を歴史的資料として保存・公開する「受け皿」が必要ではないか、という議論が一部の大学で起こってきた。筆者の属する京都大学大学文書館(2000年)、広島大学文書館(2004年)、名古屋大学大学文書資料室(2004年)などは、保存期間の過ぎた行政文書(国立大学法人化以後は「法人文書」と呼ぶ)の移管を大学の各事務部署から受け、それらを整理し、一般に公開することを重要な役割と位置づけて設置された機関である。文書の作成・収受から現用として事務で使用され、やがて非現用となっていく文書の流れを「文書のライフサイクル」と称することがあるが、その中で言えば大学アーカイヴズは終着点にあたるわけである。したがって、これらの大学アーカイヴズでは、大学史の研究教育等に加えて、広い意味での情報公開や非現用文書の管理の一元化によって事務の効率化に貢献し、場合によっては現用も含めた大学の文書管理全般に有益な活動を行ったり、さらに踏み込んで大学のシンクタンク的な機能も果たすことが目指されるようになってきた。

 京都大学大学文書館の試み

 このような大学アーカイヴズの流れに位置する京都大学大学文書館では、以下に紹介するような業務を行っている。まず、最も核となる業務は京都大学の歴史に関わる資料の収集・整理・保存・公開である。ここでいう資料とは具体的には(1)非現用法人文書を中心とした京大の組織運営のための資料、(2)京大が自らの組織紹介等のために出している刊行物、(3)卒業生や元教職員等が所蔵している京大に関する個人的な資料、を主に指している。言い換えれば「現在に至る大学の機関としての営みを示す資料」であり、例えば研究教育に利用するための古文書や標本の類などは、資料そのものが京大の歴史と関係なければ収集等の対象とはしていない。この点が、図書や貴重資料を扱う図書館、あるいは学術標本や研究成果物を展示する博物館と異なるところである。そのような資料を収集し、目録を作成し、適切な保存状態で管理し、個人情報に留意した上で一般に公開していくことが根幹の業務になる。また、限られた収納スペースの中でどういった資料を残していくか、逆に言えばどの資料を廃棄するか決定することも関連する業務の一つである。資料の評価・選別は、歴史学の観点からすると「邪道」とも言えることであるが、アーカイヴズの立場からだと、京大の歴史の何を後世に伝えるか判断する意味を持つ本質的な業務の一つと位置づけられる。
 右の他には、調査・研究も業務として挙げられ、その成果は毎年発行している研究紀要に反映させている。内容としては大きくアーカイヴズ論と京大を中心とした高等教育史の2つに分けることができ、現在前者では資料の評価・選別についての研究会を継続的に開催しており、後者では昨年京大における「学徒出陣」について数値データと聞き取り記録をまとめて報告書を作成した。学生に対する教育面では、文書館が所蔵している資料を使いながら京都大学の歴史の講義を行っている。この、学生に対する自らの大学史の講義(「自校史教育」と呼ばれる場合もある)は、近年少なくない大学で実施されるようになっている。概して受講生の評判はよいようだが、徒に愛校心をかき立てたり、単なる大学の宣伝に終わらぬよう、努めていく必要があろう。なお、京大では、学生だけでなく新採用職員に対しても京大の歴史についての講義を行っている。
 京大の大学文書館では、展示も重要な業務になっている。大学創立百周年を記念してリニューアルされた時計台記念館の1階に歴史展示室が設けられ、常設展「京都大学の歴史」と企画展を開催している。時計台記念館全体の利用が活発であることもあり、展示には年間4万人近い入場者がある。その他、京都大学の歴史に関する様々な問い合わせに答えたり、オープンキャンパス、ホームカミングデーといった大学の行事に参加したり、京大が交流協定を結んでいる海外の大学の学生に京大の歴史を講義したり、いわば歴史的な面における大学の広報的業務が増加しているのが現状である。

 大学アーカイヴズの未来

 一方、他大学でも個性的な活動を行っているアーカイヴズが現れてきている。広島大学文書館では、「平和」「地域」といったテーマのもとに戦略的な資料収集を行ったり、公開講座を開催している。明治大学では私学としての特徴を生かして創立者や校友、さらにそれらと関わる地域の調査にも重点を置いている。また、名古屋大学大学文書資料室では、非現用法人文書から一歩踏みだして半現用・現用の法人文書までの切れ目のない管理体制の一翼を担う方向を打ち出している。このように、それぞれの大学においてアーカイヴズは欠かすことのできない位置を獲得しつつあるように見える。

 これまで紹介してきたことから分かるように、大学アーカイヴズはそれぞれの所属する大学の歴史に関する貴重な資料を数多く保存している。それらは、京大のように組織運営の最も基本的な資料である非現用法人文書を中心としているところもあれば、大学創立時の建学の精神に関わる文書である場合もある。また、学術研究の成果や学生生活の様子を示す資料である場合もあり多彩である。近年、図書や学術資料・博物館資料といった大学が所有する知的財産の公開と活用が望まれているが、大学史資料もその代表格であろう。そして、日本の近現代史において大学が果たした役割を鑑みれば、これらの資料は特定の大学のみに関わるものではなく、教育史、文化史、社会史、政治史等に深く関わってくるものと言える。こうした「知の生産母体」である大学の資料を様々な形で世に問うていくことは、これからますます求められていくことであろう。われわれのネットワークが、アーカイヴズという「同業者」だけでなく、もっと広範囲になっていくことを願ってやまない。
(京都大学大学文書館助教授)



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