近未来の実現可能な構想
― 日本大学出版部協会の法人化と事務所作りについて ―

渡邊 勲



 はじめに

 2005年1月現在、29大学出版部を擁する組織へと成長してきた日本大学出版部協会(以下、協会と略す)の起点が1963年6月11日に行われた「大学出版部協会設立総会」にあることは、あらためて確認する必要のない歴史的事実である。がしかし、42年後の今も協会の、言わば綱領的文書として内外に対して掲げ続けている、協会「設立の趣旨」については、機会ある毎に確認する必要がある、と思う。以下に示したのは、小文の論旨に深く関わることになる「設立の趣旨」の、ごく一部である。
 この協会が目的としておりますのは、……第一には協力して各会員ならびに大学出版部運動の発展に資するような種々の事業を行なおうということで、これには編集から販売に至るまで出版事業の各段階でやるべきことが多数考えられます。第二には、国内の各関係方面や外国の関連する機関との連絡協力をはかる窓口になることであり、第三には大学出版部の事業に関する調査研究と会員相互の連絡懇親であります。
 見られる通り、「趣旨」に言う「協会の目的」は明快であり、かつ明らかに、設立以来今日に至るまで協会の目的であり続けてきた、と言ってよい。この目的を掲げての「協会の歴史」について、私はかつて二度、拙文を草したことがある(注1)ので、成長と発展を主要な側面としてきた「協会運動史」について、ここで語ることはしない。小文の課題は、協会の過去ではなく近未来を、それも空想的にではなく現実的に語ることである(注2)。そして、このことを通して、「協会の目的」を今日的状況の中で再解釈し、その実現の道筋に具体性を埋め込み、協会運動の水準を引き上げることである。

 協会運動の到達点

 協会の近未来を現実的に語るための、その前提となる私の「現状認識」を整理しておきたい。率直に言って私は、現段階の協会運動は「頂点」にあると思っている。任意団体という「権利能力なき」組織形態、加盟出版部の個別性を相対化しての全員一致型の運動形態、担い手の献身性に依拠した活動形態、拡大再生産型事業を取り込まない財務体質、等々で身を固めてきた協会がここまで成長し発展してきたことは、多くの先人たちが費消した莫大なエネルギーの成果であるとは言え、私には奇跡のように思える。組織、運動、担い手、財務、という協会を語るときに避けては通れない主要な論点の、いずれから見ても、今日の協会運動の水準はひとつの頂点に達しているのではないか、視点を変えれば、協会と協会運動の今日的状況は「限界点」にある、ということでもある。この認識には異論があるかもしれないが、私はこの数年、そう感じてきた。つまり、協会の纏ってきた古き衣を脱ぎ捨てる時期がきている、古き衣は暖かく心地よいが、もはや協会の成長・発展にとっては桎梏になりつつある、やがて「協会の目的」の内実は色あせたものになる、という認識である。一組織三十年説を楯にとるわけではないが、どんな組織でも、スタートアップ期・成長期・成熟期の次は衰退期である。その前に手を打つ、これが協会で言えば幹事会の役割でなくてはならない。

 協会の「自立」

 協会の現行会則は2002年12月の臨時総会で改定し翌年4月1日施行されたものである。中心的な改定は協会の名称、正会員・準会員制の廃止、事務局の新設等であったが、その他のいくつかの改定の中に協会の事務所表示があった。ほぼ40年にわたって協会は「東京大学出版会内」にあったのを、私がこだわって「東京大学出版会館内」としたのである。小さなことかもしれないが、私の理解では、協会の「自立」にとって欠かせない改定であった。
 東京大学出版会は協会の、組織的にも運動的にも、中核にあり続けたし、今後もその役割が決定的に大きいことは論を待たない。が、協会の事務所は(その実態については問わないとして)、「出版会内」にあってはならない、と私は思ったのである。大学出版部の連合体である協会が「設立の趣旨」を全うしていくには、協会は各加盟出版部から一定の距離を保ちつつ独立した位置に存在し、かつ協会独自の思考様式を堅持しなければならない。
 繰り返し述べるが、協会にとって東大出版会の存在とその役割は極めて大きい。しかし、協会は東大出版会に依存してはならない。このことは協会と、東大出版会以外のいくつかの中核的出版部との関係においても、同断である。

 協会「法人化」の必然性

 協会「法人化」の検討は、実は昨日今日始まったことではない。大学と出版を結合させた大学出版部の連合体、というクッキリとした機能と役割と目的とを内外に主張できる組織が、一定の力量を獲得したとの自覚をもとに法人化を目指すのは、誰が考えてもごく自然なことである。過去の検討と今日のそれとの違いはと言えば、それは切迫感ではないだろうか。運動体としての限界を感得するかしないか、である。私は、協会のさらなる発展のためには、古き衣を脱ぎ捨てるしかない、と感じている。
 「権利能力なき社団」から「権利能力を有する社団」へ、などのお題目は唱えずとも、協会の現在の力量をもってすれば必ずしも難事とは言えない「法人化」の道にもし躊躇があるとすれば、それは暖かく心地よい「古き衣」の故ではないか。協会の「自立」に内実を与えるために「法人化」が効果的であることは間違いないだろう。さらに言えば、協会の「内なる意識」と「外からの認識」を革新し「限界点」を突き抜けんとすることを、協会自身と協会を取り巻く環境とが共に、強く求めているのではないか。
 協会の法人化は必然の道、と私は思っているが、仮令必然ではあっても、推進力に欠けると必然化しない。推進力の主たる担い手は幹事会でなければならないだろう。

 拠点としての事務所の創出

 協会の「自立」を促迫し法人化後の協会運動を実質的に支えることになるのは、事務局である。事務局に姿かたちを与えるのは事務所と事務局員である。言い換えれば、事務局は仕組みであり、事務所は具体的な「場」であり、事務局員は場に依拠しながら運動の一翼を担う人間である。
 法人化にとって仕組みとしての事務局と事務局員は必ずしも必要条件ではないが、事務所は(実態が伴っているかどうかを別にすれば)定款上の必要記載事項である。協会は、2002年末の会則改定によって既に事務局を有している。が、協会の「自立」、あるいは法人化にとっての絶対必要条件、と私には思える「場」としての事務所は、かつても今も、存在しなかった。会則上の事務所が存在してきたことはすでに述べたが、活動の拠点、機能の集中化を図れる「場」としての、協会の自前の事務所は存在したことがなかったのである。
 運動の実態が、営業・編集・国際・電子の4部会と全国の支部(今は関西支部だけだが)に依拠した活動、各出版部から派遣された部会員と支部を構成する出版部を担い手とする活動によって構成されることは間違いない。しかし、活動を集約し次なる運動を創造していくには、いかにネット上の「場」が発達し、相互連絡が密になろうとも、事務所機能を有した具体的な「場」がどうしても必要になる、と私には思えてならない。そして活動と運動の全体が見える位置から、4部会・支部の活動をサポートする事務局員がどうしてもほしい。これらのことを夢想に終わらせてしまうならば、協会の本格的な「自立」はいつまでたっても果たせず、法人化を実現出来たとしても、その活動の実際は法人化前と代わり映えのしない水準にとどまってしまうのではないか、と私は危惧するのである。

 「協会の目的」に立ち返る

 「はじめに」で引用した「設立の趣旨」に協会の目的として「各会員ならびに大学出版部運動に資するような種々の事業を行なおう」が、第一に掲げられてきたことの意味を、現時点で再解釈し受け止め直すことが重要である。より具体的に言えば、今日的な意味で協会にとって「事業とは何か」を検討し、その結論を生かすような「事業展開」を追求し、さらにそれを可能にする財務体質を作り上げていかなくてはならない、ということである。
 例えば、会員拡大も当然に事業として位置付け、受け皿的にではなく組織者として積極的に取り組むべきではないか。4部会と支部を基盤にして取り組まれている多様で豊かな活動の全体を、先のような事業的観点から丁寧に見直し、拡大再生産型に組み替えていく必要があるのではないか。そして「協会の自立」を経済的にも担保しうるような財務体質を形成していくことが重要なのではないか。
 法人化後の協会運動を現「到達点」以上の水準に高め、結果として協会を、大学と出版を取り巻く新たな社会的要請に対応出来る組織へと発展させていくには、このような問題意識と課題設定とが必要である、と私は思う。
 そして私の結論は、事務局機能を本格稼動させるためにどうしても必要となる、運動の拠点としての「場=事務所」の創出(これこそが「協会の目的」を今日的に保証する物質的条件である)に取り組むべきではないか、ということである。
(日本大学出版部協会幹事長・東京大学出版会)


(1)拙稿「大学出版部協会の歴史的展開」(『大学出版』56号、2003.3)、同「日本大学出版部協会創立40周年―「転回期」のなかで課題を摘出する―」(『出版ニュース』2003.9、下旬号)。後者の拙文中で私は、「一九九〇年から今日に至る時代を協会の衰退期ではなく転回期とすることが出来た」理由を、協会の歴史的展開の過程で「私たちの内部に染み込み、私たちを律してきた諸々の「常識」をいかにして相対化するか、という闘い」の連続に求めているが、この闘いに勝利するには、「古き衣を脱ぎ捨てる」ことが必要である、と私は考えている。  →本文へ戻る
(2)前掲『大学出版』56号の拙文を受けて書いた「明日の日本大学出版部協会」(同57号、2003.6)の中で、協会活動の未来像をバーチャルに描いてみたが、私の中では、この未来像は必ずしもただの空想ではなく、いくつかの段階を踏まえるなら現実に転化しうるものとして、生きている。小文の目的も「いくつかの段階」の一つを考えることにある。  →本文へ戻る

追記
 この小文を執筆する過程で、協会幹事会は臨時総会を招集し「本臨時総会において、歴史的懸案事項であった日本大学出版部協会法人化の道を、有限責任中間法人として具体的に検討し、その実現を図ることを目指すものとする。」と決議した(2004年12月4日「臨時総会議事録」より)。かくして協会は、05年1月現在、法人化実現に向かって具体的な方針を持ち前進しつつあることを、ご報告申し上げる。



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