学術情報と国立国会図書館

村山 隆雄



 はじめに

 昨年12月、関西館において開催された国際セミナー「デジタル時代のドキュメント・デリバリー・サービス」(以下、DDS)において、メアリー・ジャクソン米国研究図書館協会蔵書・利用プログラム部長は、DDSに影響を及ぼす10のトレンドについて講演された。それは、「電子出版・電子ジャーナル」、「オープン・アクセス」、「機関リポジトリ」、「出版社との関係」、「著作権・ライセンス」、「学術ポータル」、「国際ILL・DDS」、「技術標準」、「図書館を介しないサービス」、「新しいDDSの役割」であった。そのいずれもが、図書館業務だけではなく、図書館のあり方を変えつつある。「トレンド」に加え、電子情報の保存等、挑戦すべき課題も多い。図書館の変化の時代に思いをはせながら、久しぶりに故猪瀬博先生の『情報の世紀を生きて』(東京大学出版会、1987)を繙いた。同書刊行後の技術発展は、実に目覚しい。しかし、内容には、いささかの古びも感じなかった。同書で先生は、80年代の我が国の状況を「フロー重視、ストック軽視」と述べて、ストックの重要性を訴えておられる。本稿では、国立国会図書館(以下、NDL)の多様かつ大量の図書館資料を、フロー(流通)とストック(蓄積)の面から概観し、電子環境下で変貌を遂げるNDLの2004年の動きを紹介する。

 学術情報と図書館資料

 学術情報は、学術調査や研究成果に関する情報であり、研究機関内に蓄積されている情報も含まれる。何を学術情報と見なすかは、利用者によっても異なろう。たとえば、「研究情報資源の今後の在り方について」(旧科学技術庁科学技術会議政策委員会研究情報ネットワーク懇談会、1995)では、研究情報資源という用語を用いて、次のように整理されている。
(1)一次情報
  〈1〉研究論文
  〈2〉研究経過についての非公式発表文書(進行中研究情報)
  〈3〉実験、観測、計算等から得られるデータ、事実(数値、文字、図形、画像、音声)
  〈4〉映像情報(研究成果あるいは記録としての映画、ビデオ等)
(2)ソフトウェア
   プログラム、設計書、アルゴリズム、マニュアル、マルチメディアソフト
(3)データベース
  〈1〉文献・案内型データベース
  〈2〉全文型データベース
  〈3〉ファクト型データベース
図書館資料は学術情報と重なる部分も多いが、ごく大雑把にいえば、出版された情報である。両者に共通するのは、現在及び将来の調査・研究等を支える社会的、文化的な基盤であり、かつ共有できる資源ということである。

 NDLの図書館資料

 NDLは、国会議員の職務遂行を助け、国政審議を補佐し、行政・司法の各部門及び国民に対して、図書館奉仕することを任務としており、研究者コミュニティーを含む幅広い利用者がサービスの対象である。一方、米国第三代大統領トマス・ジェファーソンが述べた「議員が参照しない主題はない」ということばからも推察されるように、我が国においても、国政審議に要する情報は、実に幅広い。「国立国会図書館法」によって、国内で発行される出版物は、NDLに納入されることになっており、網羅的に収集している(いわゆる納本制度。この制度により『日本全国書誌』を編纂)。その目的は、文化財としての出版物の蓄積と利用であり、納入される出版物の範囲は次のとおりである。
(1)図書
(2)小冊子
(3)逐次刊行物
(4)楽譜
(5)地図
(6)映画フィルム(注:付則により納入免除)
(7)前各号に掲げるもののほか、印刷その他の方法により複製した文書又は図画
(8)蓄音機用レコード
(9)電子的方法、磁気的方法その他の人の知覚によっては認識することができない方法により文字、映像、音又はプログラムを記録した物
CD-ROMやDVD等のパッケージ系電子出版物は2000年10月から、納入の対象となった。NDLの図書館資料はこのように多様であるが、同時に大量である。たとえば、平成15年度の蔵書統計よると、和漢書が584万冊、洋書が230万冊。図書だけで、和・洋合わせて、1年間に23万冊が増加した。国外の出版物については、購入や国際交換等の方法により、大規模に収集しており、媒体も多様である。中でも、国の科学技術振興を目的とする資料購入費が予算化されており、大量の科学技術関係資料を購入してきた。しかしながら、NDLにおいても、大学図書館同様に「シリアルズ・クライシス」は深刻である。購入による科学技術関係の洋雑誌(冊子体)は、最盛期の4分の1以下の、3000タイトルにまで落ちこんでいる。

 情報のフローとストック

 学術情報を有効に、利用、活用できるようにするためには、フローとストックの両面から考えられなければならない。フローの面から見れば、図書館は情報の鮮度が落ちないうちに素早く収集し、利用できる状態にしなければならない。一方、重複研究の回避や先行技術の調査等のためには、万全のストックが求められる。すべての図書館で、全蔵書を長期にストックをするのは無理がある。国内全体での資源配置を見据える視点が常に必要であり、図書館の連携・協力が不可欠である。電子環境下においては、なお一層、ストックをフローと一体のものとして考えていく必要があろう。国際図書館連盟の資料保存コア活動(IFLA/PAC)は資料保存の目的を「出版物であれ、非出版物であれ、あらゆる形態の図書館資料を可能な限り長期にわたって利用できる形態で保存することである」と簡潔に述べている。図書館におけるストックの重要な点は、常に利用を意識することである。NDLはフローする情報を収集し、長期にわたりストックしているが、ストックの間も絶えずフローさせているのである。たとえば、蓄積した資料をフローさせるために、データベース化を進め、OPACとして公開している。また、図書館資料が長期にわたって利用され続けるために、書庫環境の整備等の予防的保存対策を講じ、紙資料については、必要に応じて修復もしている。紙で出版されたオリジナルを残すために、マイクロ化やデジタル化による代替物の利用も進めている。

 電子時代への対応

 『学術情報の流通基盤の充実について』(文部科学省科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会情報科学技術委員会デジタル研究情報基盤ワーキンググループ、2002年)は、NDLへの期待として、(1)関西館開館を契機とする書誌情報の公開拡大等、情報発信機能の強化、(2)既に流通している電子情報の収集・保存の調査・実験の推進、(3)国内の学術研究機関等との連携によるアーカイブ機能の構築、(4)国立情報学研究所との協力による電子情報に付与するメタデータの検索ツール開発を挙げていた。2002年10月の関西館開館を契機に、NDLはOPACの公開範囲を拡大した。現在では、和・洋図書の書誌は400万件、雑誌記事索引600万件、科学技術関係のリポート類190万件を公開している。併せて、インターネットからの複写申込もできるようになり、文献複写の申込数は、公開拡大前の3倍の趨勢で増加している。既に流通している電子情報に対する収集・保存については、関西館が中心となって、調査を進めている。同時に、関係機関の協力を得ながら、「インターネット資源選択的蓄積実験事業」(WARP)や「データベース・ナビゲーション・サービス」(Dnavi)に取り組み、実験的な収集・保存を開始している。さらに、NDLが所蔵する明治期刊行図書のデジタル化を進め、「近代デジタルライブラリー」として順次公開している。電子ジャーナルの導入も、積極的に進めており、1万4000タイトルが、館内で利用できるようになった。

 次のステージに向けて

 NDLにとって、2004年は画期的な年であった。2004年10月の東京本館リニューアル・オープンをもって、国際子ども図書館全面開館(2002年5月)、関西館開館(同年10月)と続いてきたNDLの「再設計」が、完結を見たのである。1月にはデジタル環境下におけるNDLの役割と方向性を館内外に示すために、「国立国会図書館ビジョン2004」を策定した。同ビジョンは、「立法補佐機能の強化」、「デジタル・アーカイブの構築」、「情報資源へのアクセスの向上」、「協力事業の推進」という4つの重点領域を定めている。デジタル・アーカイブの構築では、所蔵資料の電子化を進めるとともに、デジタル・コンテンツを収集、蓄積、保存し、国民共有の情報資源として、幅広く提供していく予定である。12月には、国立国会図書館長の諮問(2002年)「日本国内で発行されたネットワーク系電子出版物を納本制度に組み入れることについて」に対し、納本制度審議会(会長・衞藤瀋吉東京大学名誉教授)から答申があった。答申は、「納本制度に組み入れないことが適当である」としたが、納本制度以外の制度を検討する際の留意事項や収集方法等についても提言をしている。NDLは、この答申を踏まえ、新しい制度を検討し、整備していくこととなった。同じく12月には、科学技術関係資料整備審議会(委員長・長尾真情報通信研究機構理事長)から、国立国会図書館長に対して提言があった。提言は、「電子化された科学技術情報の我が国における流通・蓄積基盤の再構築」、「国会への科学技術情報提供の拡充と社会への情報発信の促進」、「科学技術情報ポータルの構築に向けた関係機関との連携の実現」の3つの柱から成り、国内電子情報のデジタル・アーカイブの包括的構築、外国電子ジャーナルの積極的導入と利活用の推進並びに長期保存対策、社会の関心や科学技術情報ニーズに応える情報の発信等、NDLが取り組むべき施策を挙げている。これらの答申や提言を踏まえ、東京本館、関西館、国際子ども図書館の三館が、その機能を発揮しながら、NDLに課せられた使命を果たし、期待に応えていくことになる。

 むすびにかえて

 技術的発展は、図書館に理想的なサービス提供を促している。対処すべき「トレンド」は多く、解決すべき課題も多いが、現在は、図書館史上、恐らくは、もっとも刺激的で、面白い時代である。図書館には、チャンスが与えられていると思う。この大きな変化の時代に遭遇し、学術情報に係われる私もまた幸運である。『情報の世紀を生きて』を糧に、より豊かなサービス提供に努めていきたい。
 なお、本稿で述べたビジョン、計画、提言、答申、国際セミナー、WARP、Dnavi等は、いずれもNDLホームページ(http://www.ndl.go.jp)等で公開もしくは公開の予定である。詳細は、そちらをご覧いただきたい。
(国立国会図書館関西館)



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