国立大学法人化が私学経営、大学出版部に
及ぼす影響について


長江 光男



 1 構造改革の一環としての国立大学法人化

 国立大学法人化はかねてから検討されていて、国家公務員の定員の25%削減、財政支出の削減、国営企業の民営化、競争原理の導入というこのたびの構造改革・規制緩和の一環として行われた。


 2 国立大学法人化の概略・効果と影響・将来

(1)概略
 国立大学法人化の概略は次の通りである。
  • 大学ごとに法人化し、国の規制を少なくして、大学が独自に運営できるようにする。
  • 各国立大学法人には、役員として学長、理事、監事を置き、重要事項は役員会の議を経て決定する。審議機関として経営に関する重要事項を審議する経営協議会と教育研究に関する重要事項を検討する教育研究評議会を置く。ともに議長は学長で、双方の代表者が学長を選ぶ。
  • 学外役員制度を導入する。役員会・経営協議会への民間的発想の経営手法を導入する。能力・業績に応じた給与システムを導入する。
  • 各国立大学法人の6年間の中期計画の結果を国立大学法人評価委員会が第三者評価をして、その評価をもとに国が各国立大学法人への運営費交付金を決める。

(2)効果と影響
 国立大学法人化により、国家公務員が定員で約13万5000人、実質で約11万6000人減少した。今後は国立大学法人経営のより一層の効率化が求められよう。
 かつて財務省は2004年度から義務的経費が運営費交付金に変わるのを契機に裁量的経費とし、国立大学法人の運営費交付金を毎年度2%削減することを考えていた。また運営費交付金算定ルールでは、教育研究の基幹的な部分(大学設置基準に基づく専任教員数に必要な給与費相当額)を対象から除いて1%の効率化係数を計上している。2004年度の運営費交付金約1兆5000億円の多くが人件費であることから、効率化をはかるにはまず人件費の抑制が考えられる。
 教員については、国公私立大学を通じて適用される大学設置基準に必要な専任教員数が規定されている。それに基づいて作成されたのが、「平成十六年度国立大学法人教職員数試算基準(案)」である。この案は国立大学法人の教員数を標準教員数にまで削減すべきことを求めるものではないとしているが、現在国立大学法人本務教員1人当たりの学生数(大学院生等を含む)は、10.22人。一方私学(同)は24.45人で、国立大学法人は私学の約4割にすぎない。
 事務職員については、現在国立大学法人本務職員1人当たりの学生数(大学院生等を含む)は、11.22人。一方私学(同)は19.0人で、国立大学法人は私学の約6割である。専任事務職員数については大学設置基準に必要な数の規定はない。

(3)将来
 国立大学改革は国立大学法人化で終了したのであろうか。
  • 1992年2月の経済戦略会議答申では、「将来の民営化を視野に入れて段階的に制度改革を進める」とある。
  • 2003年12月、総合規制改革会議は「機能・役割りを果たさない国立大学は速やかに改廃・民営化等の組織の見直しが行われるべきである」としている。
 これらのことから今後国立大学法人の民営化がさらに進むことも考えられる。


 3 国立大学法人化が私学に及ぼす影響

 次のようなことが考えられる。

(1)収入面への影響
 入学試験手数料収入=国立大学法人化しても国立大学法人全体の入学定員が増えることがないので、それによって私学の入学志願者が大幅に減少するほどの大きな影響が出ることは考えにくい。むしろ国立大学法人の大学入試センター試験科目が5教科7科目となり、志願者の負担が増えるので、私学の受験者が増えることも考えられる。また、国立大学法人の学費は、文部科学省が定める標準額から10%増の額の範囲内で各大学法人が具体的な額を設定することになっている。具体的には、2005年度から入学金は28万2000円〜31万200円、授業料は52万800円〜57万2880円となる。これは国立大学法人の学費の値上げにつながるものである。この点からも私学の受験者に悪い影響が出ることは考えにくい。
 入学金、授業料収入=国立大学法人は教員、施設設備に余裕があるので、水増し入学させて授業料収入を増やすことにより私学の入学者が減少し多くの私学が倒産するという話があるが本当であろうか。確かに私学に比べて教職員、施設設備に余裕はあろう。しかし入学定員制度がある以上、入学定員(約9万6000人)を大幅に超えて新入学生を入学させることは難しいであろう。入学定員を超えて入学させると運営費交付金が減額されると聞く。かといって国立大学法人の入学定員を増やして新入学者を増加させることについては、国の新たな支出増を招くこと、また国立大学の入学定員はここ11年間連続して減少していることなどから、当面考えにくい。大きな影響はないものと考えられる。
 寄付金収入、委託研究費収入、科学研究費収入=国立大学法人が一層獲得に努めるであろうから影響がでることが考えられるが、金額的には大きな額ではない。どの程度の影響がでるかは各私学の事情によって大きく異なろう。
 国庫補助金収入=私学に対する補助金は年々増加しているが、2002年10月、財政審議会は、経常費補助金を抑制することを建議している。国は支出を削減するために国立大学法人への運営費交付金を減額したいと同時に私学に対する補助金も減額したいであろう。1970年に私学の経営を援助し、倒産を防ぐために始まった補助金は、競争時代に入った今、当初の目的はなくなった。また、最近株式会社立の私学が認可されるようになったが、株式会社立の私学には補助金はでていない。前に述べたように、国立大学法人への運営費交付金の減額が始まった今、私立大学への経常費補助金も減額が始まるのではないであろうか。

(2)支出面への影響
 人件費支出=身分保障がある、定年が65歳以上なので負担に見合う給付がない等の理由で私学の教員が雇用保険に加入している私学は少なかった。国立大学は法人化により教員全員が雇用保険に加入したのを受けて今後は私学の教員も加入が強く求められよう。現在雇用保険に未加入の私学は加入することにより経費の負担増が考えられる。

(3)管理運営面への影響
 私立学校法の一部改正=国立大学法人化に絡んで、「理事長は毎年度事業計画および事業の実績を評議員会に報告しなければならない、外部理事を置く」等の改正がすでになされ、2005年4月1日から施行されることとなった。
 学校法人会計基準の改正=国立大学法人会計基準の制定を契機に、基本金のあり方の見直しや時価会計など企業会計基準の考え方を取り入れる検討をし、改正が予定されている。
 中期目標・中期計画=長期的に見て私学に大きな影響を与えよう。私学は国立大学法人の中期目標・中期計画を視野に入れた独自の中期目標・中期計画を持つ必要がある。これからは計画競争の時代となり、計画の適否が大学の将来を決める時代が来たといえよう。
 経営組織=国立大学法人の経営協議会は構成員の2分の1以上が学外委員でなければならない。経営と教育研究の分離がはかられている。私学においては理事会が経営会議、教授会が教育研究の会議であるが、理事会の構成員の多くが教員で、理事会といっても教授会の延長である私学もある。そのような私学は、国立大学法人に習った制度を導入し、経営を強化する必要がある。


 4 国立大学法人化が私学の大学出版部に及ぼす影響

 国立大学法人化が私学の大学出版部に及ぼす影響として、国立大学時代と大学法人化後の大学出版部に関する制度の違いによる影響と国立大学法人化により大学間の競争が激しくなり、生き残り策の1つとして大学出版部をつくる国立大学法人が増えるという2つの面からの影響が考えられる。

(1)制度面から見た影響
 国立大学法人ができる業務は、国立大学法人法第二二条に次の通り規定されている。(五、七項以外は省略)
 五 当該国立大学における研究の成果を普及し、及びその活用をはかること。
 七 その業務に附帯する業務を行うこと。
 この規定から、国立大学法人ができる業務は研究の成果の普及であり、その業務を遂行する過程で対価を得ることはできても収益をあげることはできない。(私学でいえば出版活動を補助活動事業として行うのに類似している)
 また、私立大学は私立学校法第二六条で収益事業が認められているが国立大学法人法は収益事業に関する規定はなく収益事業を営むことはできない。(私学でいう収益事業部門としての大学出版部は存在しない)この考え方は従来の国立大学時代と同じである。以上のように出版に関わる制度上の変更はほとんどないといってよい。したがってこの面から私学の大学出版部に大きな影響が出ることは考えにくい。

(2)国立大学法人が大学出版部をつくることによる影響
 新たに大学出版部をつくった国立大学法人の教員が自分の所属する国立大学法人の大学出版部で書籍を刊行することになることが考えられる。その結果、国立大学法人に新たな著者を得ることが困難になったり、著者が現在よりも少なくなることも考えられる。また新たな教科書採用が難しくなったり、現在販売している教科書の売上が減少することも考えられる。国立大学法人の著者が多い私学の大学出版部あるいは国立大学法人等に教科書等を販売している私学の大学出版部には影響が出よう。
 また、国立大学法人法第二二条により新たに大学出版部を設立した場合、刊行物を市販し利益を上げることはできないが、法人格を有する大学出版部を設立した場合、類似の出版物が刊行・市販されることが考えられ、これによる企画、価格、販売等への影響が考えられる。
 私学の大学出版部によってはさらにいろいろな影響があろう。しかし私学の大学出版部にあってはこれらの影響を乗り越え、更なる発展・飛躍を期待したい。
(日本大学出版部協会事務局長・東京電機大学出版局長兼エクステンションセンター長)



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