装丁の四季−冬

挿絵家たちの署名解読

大貫 伸樹



 「いい装丁だが、一体誰が装丁したのか判らない」。装丁や挿絵に興味を持つ人なら一度はそんな書物に出会ったことがあるだろう。装丁家名が活字で記載されていないからと言って、すぐにあきらめてはいけない。挿絵の隅の方に小さな署名を残している場合もあるからだ。しかし、この署名がなかなかの曲者で、そう容易く答を出してはくれない。尾崎紅葉『草茂美地』(冨山房、明治37年)の表紙には署名があるのを確認できるが、崩しすぎていて読むことが出来ず、活字表現のある同じ署名を見つけるまで待つしかない。
 署名解読に関する苦心談は散見するが、それを集大成したものは管見するかぎりないようだ。この際、他人まかせにせず、自分で署名解読書を作ってみようと思い、多川精一氏が発行する冊子「紙魚の手帳」に昨年から「挿絵家たちの署名」の連載を始めてしまった。
  
 上左:徳田秋声『熱狂』(祐文社、明治40年)
    「羽」の署名はあるが未解読
 上右:尾崎紅葉『草茂美地』(冨山房、明治37年)
    署名はあるが解読不能
 下 :「挿絵家たちの署名」
    (「紙魚の手帳」東京エディトリアルセンター、
     平成15年)


 しかし、実際に手を染めてみると、日本画家の雅号のように、解読しやすい署名ばかりとは限らない。イニシャルをデフォルメしたものや暗号のような記号を記したものなど表現様式は様々である。一人の挿絵家が沢山の種類の署名を使っていることがある一方、反対に広川松五郎や正宗得三郎、小杉未醒のように同時代に活躍した複数の挿絵家が共に「m」を署名としていることもある。更に、活字で記された名前と挿絵の署名が異るなど編集上のミスもあり、落とし穴が多く、解読は一筋縄では行かない。
 徳田秋声『あらくれ』(新潮社、大正4年)の表紙には「S」が光っているような署名が認められるが未解読。同『仮想人物』(文藝春秋新社、昭和23年)のジャケットには「曾」の署名があり安井曽太郎が装丁したことが判る。が、異装本『仮想人物』(大地書房、昭和23年)のジャケットに署名はなく、活字での記載もない。見返しの挿絵に「Ron」というサインを見つけることができ色めくが、未解読。同『熱狂』(祐文社、明治40年)の表紙には「羽」の署名がある。明治期に活躍した「羽」の文字を名前の一部に使っている挿絵家を追いかけ油井一人『20世紀物故日本画家辞典』を紐解いたが見つからない。わが国グラフ誌の嚆矢『風俗画報』六十数名の挿絵家にもない。やっと巌谷小波「徳利長者」(『世界お伽噺』博文館、明治32〜41年)に挿絵家・小峰大羽という名前を見つけることができた。年代的に不都合はないがサインがない。署名解読の難しさを身にしみて感じた。
 軽い気持ちでスタートしたが、挿絵家の多さや解読の困難さに手を焼く。資料を集めれば集めるだけ解読できない署名も増え、作業の終点が見えなくなってきた。茫洋として広がる難問の前に立たされ、山頭火の〈分け入っても分け入っても青い山〉の句に共感しながらも、テーマの奥深さを目の当たりにして更に興味が湧き、時間をかけて取り組む覚悟を新にした。
(おおぬき・しんじゅ/ブック・デザイナー)



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