歩く・見る・聞く――知のネットワーク33

嵐山モンキーパークいわたやま

高垣重和



 今回紹介する「嵐山モンキーパークいわたやま」は、京都市西郊の景勝地にある野猿公園である。付近には天龍寺などの名刹が多く、春は桜、夏は鵜飼、秋は紅葉と見所が豊富だ。桂川にかかる渡月橋の南詰めから上流へ少し遡ったところに入り口があり、そこから20分ほど山道を登ると休憩所のある広場があって、京都市を一望できる。この広場がサルたちの餌場になっている。現在、約170頭のニホンザルがこの野猿公園におり、入園者は休憩所の中からサルたちに餌をあげることができる。餌を貰ってよい場所や貰ってよい餌の種類を厳格にサルに覚えさせておかないと、さまざまな問題を引き起こすので、休憩所以外の場所では、食べ物を与えることはもちろん、それらしきものを見せることも厳禁だ。
 嵐山にもともとすんでいたニホンザルの群れを1957年に餌づけして、一般の人々にもサルの観察ができるようにしたのがこの公園の始まりだ。餌づけを始めた間直之助が主人公のモデルといわれる遠藤周作の小説『彼の生きかた』(新潮文庫)で当時の雰囲気を窺い知ることができる。開園以来、研究者をはじめ、一般の観光客や常連の写真愛好家たちに親しまれてきた。園内にはツツジやカエデなど季節を彩る植物が多く、休日ともなると望遠レンズや三脚など本格的な装備を持った写真家たちが大勢訪れ、サルたちの四季折々の姿をフィルムに収めている。写真雑誌のコンテストの常連入賞者や写真集を出版した人もいるそうだ。
 京都大学の霊長類研究は世界的に知られているが、この嵐山も主要なフィールドの一つである。餌づけ群であるから、純粋な野生状態のサルを研究することはできないが、間近に観察できるメリットは大きく、研究テーマによっては大きな成果を期待できる(舞台は長野県の地獄谷だが、小会刊『「知恵」はどう伝わるか』(田中伊知郎著)はアカンボウの口の動きから実質的な授乳期間を厳密に測定したり、毛づくろいにおけるシラミの卵取りの技術が母から娘へと伝播する様子を明らかにしたもので、餌づけ群ならではの成果だといえる)。毎年、理学部の3〜4回生向け実習が行われるほか、常に数名の大学院生が研究をしている。過去には、サルを見に来る人間を観察して論文をまとめた学生もいたそうだ。小会から刊行しているサル学関係の書目で嵐山を舞台にしたものはまだないが、著者たちの多くはここでフィールドワークの修行をしてから、屋久島(ニホンザルの亜種ヤクシマザル)や中国(チベットモンキー)、マダガスカル(原猿類)、アフリカ(チンパンジーやゴリラ)へと進出していった。
 ニホンザルの文化的な行動というと、宮崎県幸島の「イモ洗い」が有名だが、嵐山では両手に石を持ってこすり合わせたり打ち鳴らしたりする「石遊び」が知られている。この行動は餌づけ群だけで観察されており、60年代から記録があるそうだが、本格的な研究は、80年代の初めからここで観察をしていた京都大学霊長類研究所のM・ハフマン助教授(当時は理学部研修員)によって始められた。テレビで何度か紹介されたので、ご存知の方も多いだろう。アカンボウがどのようにして石遊び行動を獲得するのか、他の地域の群れとの比較、なぜ石遊びをするのか……などなど興味の種は尽きない。
 日本には、嵐山のほかにも地獄谷や大分県の高崎山など、いくつかの野猿公園がある。これらのサルたちは餌づけされているため、もともとその地域に野生でいたときよりも個体数がかなり増えている。もし急に餌づけを止めてしまえば、農作物を荒らしたり人を襲ったり、いろいろな問題を引き起こすだろう。入園者の減少で2001年に休園した和歌山県の椿野生猿公園では、約250頭のサルを10年かけて100頭以下に減らして野生に戻す計画だそうである。サルに限ったことではないが、餌づけしてしまった野生動物に責任を持ち続けることは容易ではないのだ。多数の入園者が訪れ、マナーを守って嵐山のサルたちと触れあうことにより、かれらがこれからも人間と共存していくことを期待したい。
(京都大学学術出版会)

所在地  〒616-0007 京都市西京区嵐山元禄山町8
開園時間 3月1日〜3月14日 9:00〜16:30
     3月15日〜11月20日 9:00〜17:00
     11月21日〜2月末日 9:00〜16:00
     年中無休 ※ただし大雨、大雪、台風のときは休園する場合がある。
入園料  おとな500円、中学高校生400円、小学生300円
     こども150円(4才〜就学前)、30名以上50円引。
電 話  075-872-0950(FAX兼)
U R L http://www.iwatayama.ne.jp/



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