AJUPオピニオン



 想うこと

 「……我々にとって良書とは、良く売れる本のことです……。」ある大手取次の書籍担当役員が、今年の出版五団体の新年会で述べた挨拶の一節である。
 この挨拶を聞きながら、私の頭を過ぎったのが、昨年10月に亡くなった山本夏彦が書いていた文章のくだりである。
 彼は、今の出版業界のことについて「一点で何千部何万部と出版し、然も数千点の書籍が毎月刊行される。書店の店頭はこれらの新刊書で溢れている。従って、新刊書が店頭に飾られる寿命も短くならざるを得ない。このような状態で、読者は自分の読みたい本に、あるいは古典となるような良書に出会えるのは容易でないだろう。」というような趣旨であった。
 学術書、専門書の出版を標榜する日本大学出版部協会加盟出版部にとっても経営環境は益々厳しさを加えている。今こそ協会は、加盟出版部の利益を擁護し出版環境の改善のための施策を更に強力に推進することを求められていると想う。
加治紀男
(流通経済大学出版会)




 すべては、酒場から始まる

 ある夕、昔の同僚と酒場で肩を並べていた。彼は、才能を持て余すかのように幾つかの出版社を渡り歩き、今はフリーの物書きだが、こうつぶやいた。
 「物書き風情になって悟るところがあった。距離を置いてみて、つくづく編集者の重要性、エディターシップの何たるかがわかってきた。とどのつまり、すぐれた編集者なしには、すぐれた書き手(創作家)は存在しないのさ」
 上に修飾語のつかない只の編集者は、「何を今さら」と心中でうそぶいていたが、素直に肯う風で「お姐さん、お銚子もう一本」と声を上げ、鈍色の脳細胞で考えていた。――大学当局・データベースを書き手に擬すれば、大学出版会(ユニヴァーシティプレス)というパートナーの役割も自ら鮮明に見えてくるはずだ。ところが、そこに想いをいたす日本の大学人が何人いるだろうか――。
 「さあ、こうしてはいられぬ。杯を捨てて街へ出よう」。私は、ふたたび杯に手を伸ばしたのだった。
西脇禮門
(麗澤大学出版会)




 環境の変化に思うこと

 世の中の活字離れ、電子メディアの隆盛化、書店の淘汰激化等々、出版業界を取り巻く事業環境が厳しさを増す中、どのような手立てを講じるべきか答えを出せず悩みもがく日々である。
 このような状況の中でなすべきことは、教科書的には、変化をピンチでなくチャンスと捉え、読者・市場のトレンドを積極的に察知・分析し、適切かつ迅速な「対応」を取ること……となろう。
 しかし、如何に対応するかの前に、このような時にこそ創業の原点に立ち返ることが大切ではなかろうか。当出版部においては、読者・社会に何をもって貢献していくか、を明確に意識する必要があると思う。これは大学出版部という特性を踏まえた自らの存在意義を問い直すことに他ならない。それができれば「対応」は自ずと見えてくるはずである。
 本来とうにやっていて然るべきことであるが、日常業務への「対応」にかまけ、なおざりにしてきた宿題の重さに反省することしきりである。
栽原敏郎
(産能大学出版部)




 関西支部だより

 大阪大学出版会10年の航海
 日本大学出版部協会設立40周年の今年、大阪大学出版会は10周年の節目を迎えている。その記念として、関西支部だよりとしていただいたこの紙面に、乗組員3人の小さな帆船OSUP(Osaka University Press)号の航海記録を残しておこうと思う。
 OSUP号の船出は、大阪大学の教育研究活動にご支援いただいているアサヒビール株式会社からの寄附を基金としての、たいへん輝かしい希望に満ちたものだった。
 日独両語・全三巻からなる大著『ウイグル文契約文書集成』を第一作に、学術書を中心とする地道な出版活動を行い、その中で大阪大学の源流である適塾・懐徳堂関連の概説書なども充実させ、時には「受賞」に祝杯をあげることもあった。
 その一方で、学術出版であるがゆえの収支不均衡の波に、小船は揺れ続けてきた。
 OSUP号最大の危機は、7年目も終わろうとする時に遭遇した大嵐だった。このままの収支だと近い将来燃料が尽きるのが目に見えていると、決算案をめぐり出版委員会が紛糾した。船は暗礁に乗り上げたかに見えた。
 そんな折、OSUP号の命運を賭け、大阪大学創立70周年記念「大阪大学新世紀セミナー」全31刊の出版を引き受けた。このシリーズは、大阪大学における最先端の研究成果を一般の読者にもわかり易く発信しようという画期的な企画だった。9年目、OSUP号の甲板はセミナーのイメージカラー黄色一色に染まった。
 この年、遅まきながらせめて京阪神の書店には、OSUPの本を並べてもらおうと、外部委託による販売促進活動を始めた。陸からの後方支援である。
 翌年には、教育面でも貢献すべく、新しい教科書シリーズ「大阪大学新世紀レクチャー」を創刊。科研費図書も大幅に増えた。そして、10年目―既刊書も100冊を越え、各種支援を受けながらも、OSUP号はようやく安定した航海ができるようになった。
 途中、キャプテンも乗組員も交替し、ふと心細くなる時もある。と思っていたら、AJUPに関西支部が発足した。船が時化に遭う日には、先輩方の胸を借りたい。
 今、輝く海に頬を照らし、この帆船にもいつか高性能の動力機を装備して、大海をめざしたいと思う。
岩谷美也子
(大阪大学出版会)




 編集後記

 ご存じの方も多いとは思うが、2003年4月より協会の名称が「日本大学出版部協会」となった。殊更「日本」と付けたのは、国際交流を意識してのことのようだ。違和感を心配する意見もあったが、私などはすぐに慣れてしまった。
 実は、名称変更が議論されはじめた頃、編集部会でも話題にしたことがある。
 「『大学出版部日本協会』はどう?」
 「どこかの支部みたいじゃない。」
 「じゃあ、全日本にしたら?」
 「きっと分裂して新日本が出来るよ。」
     ……*……
 さて、『大学出版58号』をお届けします。本号では関西支部の近況を報告する「関西支部だより」のコーナーを新設しました。いままで、全国組織とはいえ東京近隣の加盟出版部が活動の中心となりがちでしたが、関東地区以外の加盟出版部の活動にも目を瞠るものがあります。これからも日本大学出版部協会の活動にご理解をいただければ幸いです。
小野朋昭
(東海大学出版会・『大学出版』編集長)




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