明日の日本大学出版部協会

渡辺 勲



 未完にしてしまった本誌前号の拙文「大学出版部協会の歴史的展開」を受けて書き始めましたが、文脈的整合性には意を払いませんでした。ここでは、「大学出版部とは?」に類することは書きません。日本の、27大学出版部の加盟によって社会的存在として現にある「日本大学出版部協会」という組織体について、思うところを書いてみます。

 バーチャルな、しかしあり得る近未来

 次の引用は、A新聞に掲載された日本大学出版部協会(AJUP)年次大会に関する紹介記事です。
「二〇〇X年八月二十五日、五〇大学出版部を組織するAJUP年次大会が軽井沢Yホテルを会場に四日間の日程で開催された。大会事務局によれば、営業部会・編集部会・電子部会・国際部会への参加人数は会員外参加者も含めると三〇〇名を超え、大会は事業的にも成功した、という。AJUP内には電子部会が構築の中心を担ったITネットが効果的に張り巡らされており、会員相互間の日常的な意思疎通は十分に行われていると聞いていたので、集会型の大会はもはや無用ではないか、と問うてみた。
 事務局長のN氏は『だからこそ益々必要なのです。全国に散らばっている個々の出版部にとっては、年に一度のこの大会だけが、多くの仲間たちと共に、大学出版部の原点を意識しながらフェイス・トゥ・フェイスで議論の出来る場であり、共同事業遂行上の要点を、目を見ながら確認出来る場でもありますから。』と答えてくれた。大会統一テーマはここ数年間『深化する学術研究の危機―大学出版部の役割を再確認する』で、変り映えしないのだが、四部会において各五本の報告をもとに二日間にわたって繰り広げられた議論には活気が漲っていた。それには、事務局が中心となり報告予定者と共に編集した予行集(有料)の質の高さが貢献している。大会三日目は全体会議で、中心議題は事務局が四部会の有力メンバーと共に立ち上げ準備を急いでいる、学生・教師・書店・AJUPを結ぶ『専門書EOS-EDIシステムの現状と展望』であった。最大の問題は資金であることが確認され、その打開策について検討されたが、事務局からはそれなりの目算が立っているとの報告だった。大会最終日は、五〇大学出版部代表者会議で、事務局より事業計画の遂行状況と決算見通しの報告が行われた。この会議に出席しない参加者は事務局が用意した半日ツアーに出かけ、懇親の実をあげたようだ。大会報告はネット公開されるが、一ヵ月後に有料頒布される報告集への需要が最近増える傾向にある。AJUPは、加盟出版部の独自活動を慎重に踏まえながら、事務局を軸に採算の合う共同事業を推進し、その一方では出版界と教育界とを結ぶ理念集団としての社会的役割をも意識している。また、来年の世界大学出版部協会東京大会のホスト団体としての準備活動が国際部会と事務局との連携で進行している。事務局長の言では、『こんな大きな集会は願ってもない事業機会』とのこと、事務局員の士気は高い。」

 「協会」を支えているエネルギー

 日本大学出版部協会は、加盟27大学出版部が相互に、懸命になって支え合っている組織です。個別出版部の、組織の在り様だけでなく問題意識も出版機能の質も量も、そしてもしかすると設立目的さえもが多様であるかもしれないのに、何故にこの組織は成り立ち存続しているのだろうか。このような問いを、私のような立場のものが発すること自体、問題であるかもしれません。が、私は協会40年の軌跡を追う中で、実はずっとこのことを考えていました。この組織は、「協会」となるに当って掲げた目的、すなわち「協会は、大学出版部の健全な発達と、その使命の達成をはかり、もって学術文化の向上と、社会の進展に寄与する」(会則第三条)ことに撃って一丸となってきたから、40年もの歴史を刻むことが出来たのでしょうか。公式的にはそうかもしれません。しかし、私もよく承知している、少なくとも過去10年ほどの協会活動の実際は、そんな奇麗事では済まされない、重い中身と目に見える成果(出来事)で満たされてきましたが、それらは、思い切って言ってしまえば、協会組織全体からみれば限られた担い手たちの献身的な、労働と時間の無償の供出によって支えられてきた、と言えるのではないでしょうか。組織が拡大し多様性が増し活動の仕組みが複雑化しその領域が拡がって行くにしたがって益々この組織は、担い手たちによりいっそうの献身を要求するようになってきた、とも言えるのではないでしょうか。私のこの発言に最も大きな違和感をもつ方々が、実は、言うところの担い手の皆さんであることを私は知っています。私自身が担い手の端くれであると自認しているから、分かるのです。協会活動には、素晴らしく楽しく遣り甲斐を感じさせてくれる吸引力が確かにあります。しかし、と私はあえて言いたいのですが、この組織は、活動の質と量の現在水準の維持のためだけであっても、このような担い手たちの献身的無償労働のみに依拠していては、早晩、もたなくなるのではないか、この「不安」を正面に据え「ではどうするか」を考えることなく未来を語ることは、私にはできません。

 未来から現在を照射する

 協会は法人格を取得していないとはいえ、社団的組織です。社団の成員である社員(加盟出版部)が社団の一員であり続けようとするのは、そのことが社員の「利益」にかなっているからであり、それ故に社員としての義務(活動への参加、会費の納入、など)も果たすことができるのです。このことは、どのような性格の社団にも通ずる原理的なことですが、問題は協会の場合の「利益」とは何であるか、ということでしょう。
 実はこの「利益」について考えてみようとしたのが、先に紹介したA新聞の仮想記事なのです。協会の現実から出発するとどうしても、現実がもつ制約的側面を意識し過ぎてしまい、「可能性」を抱え込んだふくらみのある思考ができなくなります。現実をまったく無視しては話になりませんが、可能性のある未来を想定して、そこで考えてみるというのは、現実を前向きに変えていこうとするときの思考法として意味があると、私は思っています。
 さてでは、未来の「日本大学出版部協会」は加盟50大学出版部のためにどのような「利益」を実現しているでしょうか。基本的には以下の4点に集約されると思います。
(1)主として4部会活動による大学出版人らしい研修・情報交換・懇親(仲間意識の醸成)が産み出す、協会組織維持にとっての基盤的「利益」。
(2)事務局主体の事業に加盟出版部が参加することによって産み出され、事務局を経済的に支えるだけでなく、事業参加者にも還元される「利益」。
(3)事務局機能と各部会活動とが連携し新規事業を開発して産み出し、加盟出版部が必要に応じて対価をもって利用できる「利益」。
(4)加盟出版部、4部会、事務局が一体となって協会の社会的地位を向上させる活動によって産み出される「利益」。協会に加盟していること自体が個別出版部の評価を高め、利益として認識される。
 このように整理してみると、実は諸「利益」はバラバラに存在しているのではないこと、利益産出「機能」も個別に発揮されるのではなく相乗的であることに気がつきます。このことを押さえておいて、つぎに、では「利益」と「機能」の実現を可能にする条件とは何か、について考えてみました。それが、以下の5条件です。
(1)「規模の論理」が働く程度の加盟出版部を獲得する。
(2)事業主体としての社会化を促進し(法人格取得)、事業に対する寄付金・助成金等の受理主体となる。
(3)収益的事業を担えるような事務局を確立する。
(4)4部会の自立的・自律的活動と事務局機能とが相乗効果を産み出すような協会組織(仕組み)を作る。
(5)右4条件を結合できる執行主体を確立し、活動の裏づけとなる財務活動を成立させる。
 これまで私は、協会のありうる未来と、現実とを、架橋する作業をしてきたつもりですが、ここからは一転して、現実の協会と向き合い、私の思うところを書いてみます。

 当面の課題と、大学出版部協会の可能性

 さて協会が当面している課題は、協会の歴史的到達点と協会を取り巻いている今日的環境とに規定されています。ということは、現在の協会の活動内容・活動水準、社会的認知度・社会的機能をしっかりと維持することが、当面の課題の筆頭に挙げられねばならない、ということです。しかし、現状維持の課題は、方向性をもった「創造的活動」と結合しなければ衰退の道を辿るだけです。そこで私は、当面する課題を、協会の可能性と結びつけ、「維持的活動」と「創造的活動」という枠組みで考えてみました。ここで言う「維持的活動」とはもっぱら協会の組織問題に属することであり、「創造的活動」とは協会組織が産み出す活動内容の革新と得られる「利益」の拡大を意味する、とします。両者を結合する鍵概念が「担い手」です。誤解を恐れずに単純化すると、「どんな組織を作ってどんな活動をするか、その中核的担い手は誰か、活動の成果が皆のものになる仕組みが機能しているか」が当面の課題である、と思います。平凡な結論のようですが、どんな組織とは何か、どんな活動とは何か、中核的担い手とは、……と問いつめていくと、ことは単純・平凡ではなくなってきます。それぞれについての私の意見は、これまで記してきたことに多少は反映していますが、これ以上の具体性を伴った見解は、協会の機関(総会・幹事会)に持ち出して議論していただかねばならないことだろうと、心得ています。

 おわりに

 国公私立を問わず全国の大学ではいま、何故か、急速に「大学出版部」作りが進んでいるようです。協会の当面する課題とこの現象は、当然、リンクしてきます。しかし決定的に重要なことは、協会はこの現象を能動的に受け止め、主体的に対応しなければならない、ということです。
 最後に一つだけ、いま現在、協会加盟出版部であるか否かを問わず、大学出版部をもっているすべての大学の理事長・学長にお願いしたいことがあります。大学出版部の現状は実に厳しいのです、もう一度しっかりと、大学の中に出版部を位置づけてください。そして現場の責任者はもう一度しっかりと、出版の世界に出版部を位置づけましょう。両者の結合が、大学出版部と、そして日本大学出版部協会の、未来に向かっての確固たる位置を保証するのです。

(日本大学出版部協会幹事長・東京大学出版会)



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