フォトグラファーの四季 春

1/8秒との出会い

堀口 守



 マンハッタンにスタジオを構え、広告写真家を生業にしていたころ、本当に撮りたい写真と、日々の糧を得るために撮影している写真との違いに戸惑いを感じていました。
 本当に撮りたい写真とは何か? なぜ自分は写真を撮っているのか? 悶々とする日々に耐え切れず、1986年3月、活動の拠点を替えることを決意。当時なんとなく惹かれていたミラノを選びました。まずはパリまで行き、そこから夜行列車で早朝ミラノ駅に到着。しかしホテルを探そうにも、英語は通じないわ、荷物が多くて動きにくいわ…。途方に暮れていた所、運良く英語のしゃべれるインド人に助けられ、ホテルを紹介してもらい、三日後には駅近くにアパートを借りる事ができました。入居して落ち着けると思ったのも束の間、音もなく静まり返った部屋に耐えきれなくなり、まだ右も左もわからない街を一人で夜遅くまで歩き回ったものでした(ちなみに、最初に購入した家電は、いうまでもなくテレビでした…)。しかし、しばらく続いたそんな生活が、写真家としての感性を磨くのに貴重な時間であったのも事実です。
ミラノ地下鉄の定期券

 ミラノの生活も二ヶ月を過ぎたころ、知人の紹介でイラストレーターの矢島功さんにお会いしました。そしてこの出会いこそが、その後の写真人生に大きく影響を与えたのです。
 後にニューヨークに戻ってからのこと。彼の依頼で『モード・ドローイング・ヌード』という本の写真を担当させて頂き、それが、現在も私のライフワークとして続けているシリーズ“1/8秒の瞬間”の始まりでした。通常は、動いているダンサーを“瞬間”でとらえるために高速シャッターで撮影するところを、8分の1秒というスローなシャッタースピードにして撮影。動きもブレも残像として写真に焼きつける事により、肉体の持つ力強さを表現しました。それまでにも“ブレ”という手法を用いてはいたのですが、それらの作品をイタリアの出版社に持っていくと、「これはファッション写真ではなく、アートだ」と言われる事がしばしば。そこで「自由に撮っていいよ」といわれたこの本で表現してみたのです(2年後には、ファッション業界でも、この手法はもてはやされることになるのですが…)。本当に表現したいこと、なぜ写真を撮っているかを探し求める旅は、この時やっと始まったのです。
 その後、1/8秒の瞬間は、日本にいたころから憧れていた写真専門雑誌「フランス・ズーム」に特集され、アメリカを始め、イタリア、フランス、スイス、ベルギー、スペイン、香港、台湾、そして日本での写真展へと展開していったのです。
(ホリグチ・マモル/写真家)

1/8秒の瞬間は以下のホームページで紹介されています。
http://www.mamoruh.com/



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