デジタル出版最前線[8]

デジタル出版は読者の中に


■大山が初冠雪となった10月27日、大山緑陰シンポジウムが鳥取県の国民文化祭にあわせて開催された。96年から5年間、オフシーズンのスキー場ホテルを借り切り、本の関心を持つ人々が集い昼夜語りあう同シンポは、参加した人たちの共通の財産となっている。今年はかつてシンポに参加した若い出版人が実行委員会の中心となり、大山町の全面的な協力を得て開催された。
■事前申込みが低調で当初心配されたが、結果的には過去最高の参加者を記録する盛況となった。参加者の間で「大山は本の聖地」という言葉が交わされたが、初めて参加した僕にとっても貴重な1日となった。
■「なぜ、今さら電子出版なのでしょうか?」シンポの電子出版分科会をコーディネートすることに決まったばかりのことである。過去の大山シンポで常連の編集者にこう問われた。
■一昨年から続いていたアメリカのeブックブームが実態を伴わないまま失速したが、このような電子出版不況を嘆いての愚痴では、もちろん、ない。
■すでに電子出版は出版活動の基盤要素ではないか、分科会として電子出版を単独で括る理由があるのか、というのである。確かに流通を議論するのにオンライン書店は不可欠であり、それは他の分科会でも同様である。大山シンポがスタートした時期と大きく異なり、電子出版は「電子」という冠を外して出版の隅々に溶け込んでいる。分科会が役割を終えるときは、それが電子出版の成熟を意味する。
■確かに電子出版分科会の参加登録者数は少なかったが、それは人々が「成熟」を認めたわけではない。出版社にとって「電子出版は儲からないビジネス」と誤解されているからだ。でも電子出版は停滞してはいない。僕は分科会のコーディネータとして次の案内文を書いた。
■90年代の出版界は、出版革命あるいはビジネスチャンスとして、大きな期待を電子出版に寄せてきました。その結果、「21世紀の出版」として語られた輝かしい可能性や巨大市場は、いまだ達成されない夢と思われがちです。しかし、改めて20世紀末の出版を振り返ってみると、電子化による劇的な変化があります。百科事典はマルチメディア化して優れた検索性を手に入れ、電子辞書が多くの読者を獲得しています。専門雑誌のデータベースは教育教材に不可欠となっており、学術電子ジャーナルは国際的な潮流です。地図はどうでしょうか。デジタル化され、カーナビという大きなマーケットにつながりました。
■分科会では、電子辞書をめぐって出版社、取次、書店の間でときに激しいやりとりが交わされた。それは「次の大山シンポでは、小説のコンテンツでも激論を交わしたい」とeブック制作会社が羨む光景でもあった。僕の想像を越えて電子辞書は若い人たちの間に浸透している。
■出版人が反発したり戸惑っているうちに、電子出版はすでに読者の手の中にある。ネット社会が成熟し、無料コンテンツが溢れても編集者の役割は変わらずある。ただ、読者が何を求め、どのようなメディアで何を読むのだろうか、注目していたい。



■さて、『大学出版』を巻末から読ませるといわれた名コラム「製作の現場から」が終了する。数々の迷ネームを駆使して連載されてきたコラムは、アナログからデジタルまで造詣深く、まさに職人的技に富む面白さだった。
読者として楽しんでいるだけでなく、便乗して左ページに書かせていただいたが、一緒に引退して次の企画に譲りたい。いつの日かeブック版で復活するのもよい。それまでさようなら。
(東京電機大学出版局・植村八潮)



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