教材活用の実態から

阿部 賢典



 大学公開講座、千差万別の規模

 わが国で「生涯学習」という言葉が脚光を浴びるようになって、もうほぼ20年以上が経過した。「生涯学習とは学校教育から社会人学習まですべての学習活動を包含するマスターコンセプト」とされている。この生涯学習の定義からすれば、大学公開講座もまた、「生涯学習活動の一翼を担う」学習活動のひとつということができよう。
 一口に「大学公開講座」といっても、その実態は所属大学の規模、考え方(建学の理念等)によって千差万別である。内容はともかく、形態的にみても1年に数回の公開講座(講演会)、シンポジウム等を開催するだけで「大学公開講座」と称するものもあれば、春・夏・秋・冬、年4期、通年開催、会員数2万人以上、数百という膨大な数の講座を開設して社会人に提供する「大学公開講座」もある。そのいずれもが「大学公開講座」であることには変わりはない。ただ、こうした規模・態様の違いが、大学公開講座の教材活用の実態を考えるうえで、微妙な誤差を引き起こすことも否定できない。
 そこで、本稿では、通年、数多くの社会人を対象とした講座を開設している大学公開講座を念頭におき、その教材活用の実態を書籍教材(コピー利用による教材を除いて)を中心に報告することにしたい。

 教材・テキストの決定は基本的に担当講師一任

 大学が(それが大学自身の教学の一部門であることもあれば、独立したオープンカレッジ、エクステンションセンターの場合もあるが)さまざまな社会人を対象とした「公開講座」を企画・設定し、広く一般から受講生を募集する。当たり前のことだが、企画される「公開講座」の講座内容とそれにかかわる教材・テキスト(以下、教材)とは不即不離の関係にあり、教材に関する事項だけが分離独立して企画・設定されることはない。講座内容が決まり、担当講師が決まれば、教材は担当講師の意志と知識によって自動的に決まる。教材の決定に公開講座の企画セクションの意向が加わることがあるものの、基本的には担当講師の意志に任されるからだ。したがって、公開講座の担当セクションの教材に関する実質的な仕事は、担当講師によって教材が内定したところから始まるといってよい。
 つまり当該大学の公開講座企画セクションが決定するのは公開講座の内容であり、それにかかわる教材ではない。ただ、そうはいうものの教材の選定には、自ずといくつかの基本ルールがある。たとえば、通常、教材には当該講座のすべてを包含したいわゆる研究書に類するものと、基本事項を盛り込んだ教科書に類するものの2種類があるが、大学公開講座で使用する教材は文句なしに後者である。公開講座は、たとえ通年講座であっても、申込単位は3カ月1クール。したがって、教材はこの申込単位に連動するものが好ましい。講座の申込単位(3カ月)が修了しても教材に未了部分が残るようであれば、受講生には大きな不満が残る。「いつでも自由に学べる」公開講座の教材の選定にあたって、こうした配慮もかなり重要である。つまり、受講生に無駄な教材を買わされたという不満を残してはならないのである。
 閑話休題、公開講座の企画セクションは、当該講座の教材が内定すると、その教材の版元在庫が充分かどうか、希望数量が確保できるかどうか、現在の定価はいくらか、定価の割引ができるかどうか(たいていの場合、1〜2割程度の割引はOKされる)、別途宅配料が必要かどうか、発注から到着まで何日くらい必要か、余剰が出た場合の返品が可能かどうか等を版元に問い合わせ、購入予約協議をして一覧表を作成する。担当講師が採用を決めた教材がすでに絶版になっている場合や、定価が講師の持参した見本とまったく違っている場合も少なくない。担当講師の提示した教材にこうした不具合が発見された場合には、当然、教材の変更が要求される。こうした作業は当該期の講座案内・パンフレット(以下、講座案内)の編集過程と連動して進めなければならず、かなり忙しい作業になる。ただこれらの作業をどれだけ綿密に行おうと教材の正誤(ミス)がゼロになることはない。講座案内の編集作業が講座開設の半年以上前から始まることが大きな原因だ。受講生の募集期間が2カ月、講座案内の編集が2カ月、講座の企画期間が2カ月以上必要なことを考えれば、やむをえないことだといえないこともない。しかし、この教材の正誤発生が受講申込受付のうえで大きな障害になることも避けられない事実である。

 教材決定のさまざまな態様

 講座に使う教材の決定は「担当講師の意志と知識に任される」といったが、これには「基本的に」というフレーズをつけたほうが正確である。というのは、教材の決定が担当講師の意志と知識に100%任されるのは、文芸・教養、一部の語学講座など、いわゆる講座物の講義に限られるからである。
 通常、「入門」「初級」「中級」「上級」などのステップアップを前提とする英会話講座は曜日・時間別に各ランクごとに十数クラスが設けられており、それらのクラスでは同一の教材を使用する必要がある。したがって各ステップで使用する教材は、あらかじめ講座担当セクションで決定しておき、講師自身の意向にかかわりなく講座セクション指定の教材を使ってもらうことになる。私たちも公開講座設立当初は各クラス別に担当講師に自由に教材を選んでもらっていた。だが、そうすると同一レベルのクラスでありながら、教材の進度に大きな開きが発生し、受講生から大きな苦情が出た。現在は「入門」から「上級」などのステップアップ英会話講座では、指定した教材で講義してもらっている。
 ただし、ステップアップを前提としない英会話講座(「中学英語を学び直す」等)、特定の狙いをもった英語講座(「ビジネス英会話」「旅行英会話」等)、その他の語学講座(ドイツ語、フランス語、スペイン語、中国語等)の教材の採否は、担当講師の自由な判断に一任されている。
 前述の通り、社会人講座の開講期間は通常3カ月1クールで構成されているが(通年講座でも開講期間1クールは通常3カ月単位、1期10回クラスが多い)、受講生のなかには、次の3カ月も同じレベルのクラスを選択受講するケースが少なくない。いわゆるラセン型学習だが、こうした復習に次ぐ復習学習もまた社会人学習の大きな特徴のひとつといえる。このあたりが社会人学習のおもしろいところで、受講生は習熟度別学習を自らに課しているわけである。この場合、当然ながら、教材の新たな需要は発生しない。つまり、当該講座の受講生数と教材の需要数とは必ずしも一致しないことになる。

 資格取得講座は専門校に丸投げ

 今日の「大学公開講座」のなかで大きなウェイトを占める資格取得(準備)講座の教材の取り扱いも通常講座のシステムと大きく異なる扱いとなる。往年は大学教員による講座が多かったが、何しろ資格取得(準備)講座は関係する法律も多種多様、経済、業界のシステムも多岐にわたるものが多く、単一講師による講義内容では到底受講生の満足を得られなくなってきた。また受験対策講座となれば、大学の教員による講座より、実務専門家による講義のほうが受講生の要望を満足させられる度合いがはるかに大きい。今日ではいずれの大学を問わず、資格取得(準備)講座は資格専門校(TAC等)との提携講座が主流を占めるようになってきた。そうなれば当然、当該講座の教材は派遣専門校の教材を利用することになる。つまり、この場合には教材だけではなく、講義内容、担当講師すべてが一体となった講座連携といえよう。このことは「大学公開講座」のもう1つの主力である情報処理講座、IT関連講座において最も顕著に現れている。IT関連講座の場合には、講座内容、担当講師、教材だけでなく、教室の設備機器を含めて丸投げする講座が増えてきた。かつては大学の理念からいって、公開講座といえども講座内容、担当講師、教材、教室の設備機器まで一括して委託してしまうなどということは考えられなかったが、今日ではこれがごく当たり前のことになってきている。こうなると「大学公開講座」ではあっても、大学の関係者が直接かかわるのは受講生の受講申込(受付)だけとなるわけで、一八歳人口の減少のなかで新たに加わった問題提起といえなくもない。当然、当該IT講座の教材も担当専門校のテキスト(自主製作)の採用となるわけである。

 教材の調達方法への工夫

 大学公開講座の教材を考えるうえで忘れてならない事項のひとつに、これらの教材をいつ、どのような形で調達していったらよいのかという問題がある。講座の開講が決まる、教材を用意しなければならない、何人分の教材を用意すればよいのか、当該講座の開閉講は、おおむね講座開始日のほぼ1週間前までに決定するが、講座開講となれば、開講直前まで、大学によっては開講1週間後くらいまでも受講生を受け入れる。教材管理の立場からいえば、できるだけ早い時期に受講生数、教材の需要を確定したい。他方、講座を開講する以上、できるだけ多くの受講生に講座を受講してもらおうという「教育サービス」の考え方に立てば、受講生数の確定を開講日ギリギリまで延ばしたい。いずれを採るべきか、この整合が実に難しい。
 当該大学に書籍販売部門をもつ「大学生協」があれば、その組織と連動発注するのがベストであることはほぼ疑いを入れない。だが、こうした書籍販売部門をもたない大学の場合は実に悩ましい。公開講座開設当初、私たちはさまざまな方法を模索した。当初は大学出入りの書店を利用したが、ギリギリまで受講生数が確定しない、しかも講座単位でみれば必ずしも注文数が多くない公開講座の教材発注を見切る場合、この方法は必ずしも適切ではなかった。特に返品のきかない現地調達の洋書の手当が難しかった。
 平成の初期には教材の発注で本当に苦労させられたが、今日ではアマゾン・コムの活用でほぼ安定した供給が可能になった。アマゾン・コムは割高だという意見もあるようだが、在庫が豊富なこと、返品が可能なこと、インターネットで在席のまま発注が可能なこと等数々の利点がある。アマゾン・コムは個人精算を原則にしており、カード利用には若干の工夫が必要だが、アマゾン・コムの登場で大学公開講座の教材発注の悩みはほぼ解消したといってよいだろう。IT(情報革新)はここでも確実に大学公開講座の発展に寄与している。
(大学公開講座研究会相談役/前・昭和女子大学オープンカレッジ学院長代理)



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