出版社によるオンライン販売

三浦義博



 ウェブ開設満2周年

 東海大学出版会のホームページ「太陽の東 月の西」(http://www.press.tokai.ac.jp/top/)は「在庫商品の書店化」を目的として1999年に開設された。そのきっかけとなったのは1997年の書協の「Books」である。
 Booksのウェブ検索と連動しながら独自のウェブサイトを開設すべく、5名による作業部会を立ち上げて準備にかかったのであるが、作業部会からはウェブ出版の可能性を探りたい、ウェブPR誌を出したい、友の会組織をつくりたい、刊行書目すべての完全な書誌情報をデータベース化したい、直販体制をつくりたいなどの要求が寄せられた。そのすべての要望を盛り込んだ最大限に欲張りなウェブサイトの開設を目指すこととなったのだが、これらの要望を満たすための作業はけっして簡単ではなかった。休日・祭日を挿んだ半徹夜の泊まり込み作業を何度も行い、5名の作業部会員の熱意に支えられ、1年がかりでようやく掲載書誌データの基礎が整えられたのである。
 大学出版部には、高額・少部数であるがゆえに、また一般読者向けではないがゆえに、読者との出会いの場を充分に得られずに在庫されている学術専門書が多くある。従来型の流通システムでは如何ともしがたいこれらの書籍も、インターネットという器を使えば、書店の平積み効果が演出できる。ウェブサイトに販売機能を付加して物流システムを導入すれば、読者への翌日配送も可能である。
 東海大学出版会にとって、ウェブサイトの開設は新たな販売チャンネルが一つ増えることを意味するビジネスチャンスと映ったのである。その実現のために、受発注業務を外部委託してウェブサイト専用の小さな在庫倉庫を設置し、「在庫商品の書店化」という目的に直販機能を付加したのである。
 開設2年目を迎え、所期の成果が具体的にみえ始めるようになった小会のウェブサイトは、2002年5月にはリニューアルを予定している。この2年間の反省点を改善し、販売に力点を置いたウェブサイトへの再構築を図るが、実験的な試みも予定している。

 ウェブ注文のさまざまな形

 開設以来丸2年を経過した東海大学出版会のウェブサイト販売は、いまだ自慢するほどの赫々たる成果とはいえないが、販売部数・売上金額ともに、緩やかな右肩上がりを示しながら増加している。
 開設から半年間の注文数は毎月一桁で推移し、意気込みは落胆に変わったものだが、やがて10冊台、20冊台、そして30冊台へと月別の販売冊数は着実に増加し、開設以来のバスケット注文総数は652冊、売上総金額は360万円となった。バスケット注文の対前年比をみると、売上高が169%、アクセス件数は153%という増加を示している。
 この数字はウェブサイト上のバスケット注文だけであるが、海外販売についても紹介しておきたい。
 2000年12月27日以来、ウェブサイトに海外からの問い合わせが入るようになってきた。英文版ウェブサイトに掲載した図鑑への問い合わせである。いまにして思えば「黒船襲来」に等しきものであった。仕事納めの日に海外の読者、書店、代理店とのメールによる直接販売が突然ウェブサイト上で始まったのである。年度が替わり、仕事始めの日にウェブサイトを開けると、ドイツ、オランダ、アメリカ、イタリア、ブラジルなどから次々に問い合わせと条件交渉が入っている。
 軽い眩暈に似た感覚を覚えながら、初めて経験する海外からの条件交渉に応じ始めると、そこは寸分の妥協も許さぬ「商取引」の世界であり、再販制と委託販売制度そして卸正味という予定調和の世界で販売活動をしてきたわれわれにとっては未知の世界であった。悪戦苦闘の海外との直接取引は1年を経過するが、販売部数にして約200冊、金額にして420万円の売上を記録していることに驚いている。
 この経験は英文出版物を有する大学出版部にとって、販路が海外にも確実に存在すること、販売代理店に頼らなくても自社ルートで販売できること、さらには独自にディスカウント率を設定できることなど、ウェブサイトそのものが代理店機能と販路の道筋そのものを持つことを教えてくれた。しかも決済はカードであり、ドル換算の必要もなく、円で即入金というのは魅力的である。
 東海大学出版会は今春に英文図鑑“Fishes of Japan with pictorial keys to the species, English edition”を出版する (「大学出版部ニュース」『大学出版』52号、25頁参照)。この経験により海外への販売にかすかな自信と希望をもち始めている。「捕らぬ狸の皮算用」となるかどうかは結果が教えてくれるだろう。
 ウェブ注文の形態はこの他にウェブサイトに掲載された注文書をダウンロードしてFAXで申し込んでくる場合(公費購入の場合が多い)、ウェブサイトをみたうえで電話注文をしてくる場合など、上記のバスケット注文とウェブから取り出したメール販売を合わせ、4つの注文形態がみられる。
 この4注文形態の2年間の通算売上金額はほぼ1000万円である。小会の年間売上に占める比率はまだ2%ほどにすぎないが、「愚公山を移す」気長さで、開設当初の到達目標値である、年間売上の10%を目指す。

 ウェブサイトの課題

 第5回 日本・韓国・中国大学出版部協会合同セミナー報告のなかで、私は1997年の書協の「Books」開設を日本の出版業界にとっての「インターネット元年」と位置づけたが、それ以降の版元、書店、流通それぞれによる急激なサイトの開設は、あたかも書店に多種多様な書籍が陳列されているのと同じ競合・競争状況を引き起こしているといえる。各出版部のウェブサイトがさまざまなウェブサイトのなかに埋没することなく、本来の目的を全うさせるために、今後なすべきことは、他のサイトとは一味違った、版元の個性を主張するようなサイトへの移行であろう。各版元の出版傾向や特徴を強調した、あるいは付加価値をもったウェブサイトの再構築である。優れた学術専門書と良書の出版を維持するためには、魅力ある本づくりと併行して魅力あるサイトづくりが求められる時代にいるのである。そして何より重要なことは、ウェブサイトを用いて販売体制の充実・強化を図ることであろう。
 不幸にして現実となってしまった鈴木書店の破綻を契機に、その思いを強くしている方も多いと思う。出版界の売上高も5年連続で前年割れが確実なようである。その一方で書籍の新刊点数は増加し、7万点に達しそうな勢いである。
 商業出版社の売れ筋商品とは異なる学術専門書を多くもちながら、既存の流通機構のなかでは販売と普及に限界を感じ続けてきたわれわれにとって、これらの現実を座視しながら売上の不振を嘆いてばかりではいられないだろう。自らの手で事態を変えてゆくときに来ているとはいえないだろうか。
 鈴木書店の破綻は単に経済不況下で起きた出来事といいきれるだろうか。「戦後の出版業界を支えてきた枠組みに構造変化が進行し、それが不況という荒波によって根こそぎにされた」結果といえるのではないだろうか。構造変化とは、ウェブ販売、インターネット出版、再販制の弾力運用、複写権問題、電子図書館、少子化と大学改革など、この10年の間に生起した変化を意味しているが、これらのすべてが複合的に作用し、出版業界の売上低迷、そして鈴木書店の破綻へと至ったのではないだろうか。鈴木書店破綻の原因については、業界の識者の方々がさまざまに論じているがいまひとつ腑に落ちない、納得しきれない、というのが正直な感想である。
 誤解を承知の上でいえば、鈴木問題の根本には、「再販制と委託販売制度そして卸正味という予定調和」の世界に安穏とし、消費者と面と向かうことを忘れ、流通と書店に販売を依存しつづけた版元側の「姿勢」があるのかもしれない。もしそうであれば、いまわれわれが取り組むべきは、自社販売体制の確立であろう。流通・書店とは従来どおりの関係を維持しつつ、一方で直販による自社販売体制を構築していくことは、インターネット時代のいまであれば十分にできることであろう。またそれがウェブ販売の最大のメリットである。「版元の個性を主張するようなサイトへの移行」とはこのような意味合いにおいて必要なのである。
 「いま読みたい、すぐに購入したい」読者にすぐに販売できる体制をつくるということは、「再販制と委託販売制度そして卸正味という予定調和の世界」から一歩踏み出す、という意味合いにおいて重要なのである。これに対しては「取次店や書店の売上を横取りする」式の意見が必ず出てくるが、現実はその逆ではないかと思う。大学出版部こそがウェブ販売向きの書籍を多くもち、各種学会や各研究機関など、書店以外に第一次読者がいる場合が多々あるからである。新刊委託による流通依存だけではなく自社販売体制をつくりあげていくことは、出版業界の課題である「返品対策」の一助ともなりうる。読者がどのルートで書籍を購入するかは読者の判断しだいである。書店の場合もあれば、ウェブ注文の場合もある。われわれがウェブ販売によって販売のチャンネルを一つ増やすように、読者にとっても購入の選択肢が一つ増えるだけである。
 そしてウェブサイト販売のもう一つの可能性は「共同販売」ではないだろうか。ウェブサイトの管理運営には人的な労力と経費が伴い、すべての出版部が横一線に並んでウェブサイトを運営できる状況にあるとはいいがたい。しかし複数の出版部が一つのサイト上で「共同販売」を行うことは可能である。読者との出会いの場を新たに演出することが、ウェブ販売の近い将来の可能性として考えられるだろう。
(東海大学出版会)



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