オンライン書店は出版社のためになるのか?

星野 渉



 既存の書籍流通とは矛盾するオンライン書店

 逆説めいた言い方になるが、そもそもオンライン書店は専門書出版社、いやそれ以前に出版社のためになるのだろうか。この新業態、実は出版社のためにはならない、正確には現在の日本の出版社が依存している仕組みとは相反する原理を持っているように思う。
 オンライン書店が従来型書店と違う特徴は、当たり前のことだがインターネットを利用している点である。これまでにも書籍を電話、FAXで受注して、宅配便で届ける書籍通信販売はあった。ヤマト運輸と栗田出版販売の合弁企業で、最近ではインターネットでの受注が全体の半数近くになってオンライン書店とも呼ばれるようになったブックサービスは、1986年から書籍通販業務を続け、年商50億円まで成長している。
 しかし、地方から電話で注文する場合には、やはり利用者は幾分の緊張を強いられるし、FAXは送ってしまえば後はわからない郵便と同じだ。しかも通話料がかかる。いくら居ながらに注文できるとしても、精神的・経済的な距離を感じざるをえない。その点、インターネットは送り手と受け手がはっきり分かれていた従来型の通販に比べて顧客に距離を感じさせない。
 この特徴は、川上主導で動いてきた出版流通と根本的に矛盾する。これまでの書籍流通は「配本」が基本だった。小売店にとってみればまさに「天の差配」であり、独自の品揃えや個性的な店づくりなど、よほど恵まれた環境にあるか、利益を度外視した努力でもしないかぎり許されない仕組みである。これに対してオンライン書店は、消費者と出版社を隔てる距離を縮めてしまう。このことは既存の書籍流通に革命的な変化を迫る。実際、既存のシステムを象徴してきた大手取次各社が、オンライン書店の登場以来、出版不況への対応もあって急激に川上主導型流通からの転換を図っていることにも、その影響の一担が現れている。

 オンライン書店での本の売れ方

 現状をみると、丸善、紀伊國屋書店、文教堂といった大手書店が中心になって進んできたオンライン書店の世界も、2000年にはBOL、bk1、Amazon.co.jpが参入して現在のプレイヤーが出そろった。ところが翌2001年にはBOLの撤退や、オンライン書店同士の提携が進むなど、すでに一部では再編淘汰の動きも出てきている。そうしたなかで、各社の得意ジャンルや販売方法などの特徴が明確になってきた。
 オンライン書店の数は小規模サイトまで含めると相当数に上るとみられるが、ここでは主要業者の販売状況からオンライン書店がもつ可能性をみる。
 世界トップブランドとして上陸したAmazon.co.jpは、米国をはじめとした各国で培った斬新な販売方法を日本でも展開しているが、なかでも最も特徴的な販促ツールは一時間ごとに更新されるベスト100リストだ。
 このリストは過去24時間の販売実数で更新されるので、たとえば新聞の書評やテレビ番組で取り上げられると、その本が1時間後には顔を出すといったことも珍しくない。しかも、このリストは利用者にとって購入の指標の一つになっているので、登場した本が相乗効果でどんどん順位を上げることもある。
 これまで取次や書店が発表してきたベストリストは、1週間前や1カ月前の過去情報だった。大手書店や大手取次のベスト10はたいてい同じ顔ぶれで、マス市場に受け入れられた本のリストを示しているにすぎなかった。そういう意味で、リアルタイムに更新されるベストリストは、初めて市場の動きをビビッドに伝える情報だった。だから顧客にとっては購入の指標となり、それ自体がメディアの機能を発揮する。
 さらに、リストに登場した本には購入者によるレビューがつくことも多い。レビューの評価はけっして肯定的なものばかりではなく、その内容が売れ行きにプラス・マイナスの影響を与える。また、ベスト100に登場するために1時間内に販売しなければならない冊数はそれほど多量ではないというが、その順位を維持するのは、その本の実力次第になる。もちろんAmazonではお奨め商品の紹介などの仕掛けを積極的に行っているが、リストに出版社やAmazonが介在することはできない。
 こうした手法は、従来のように小売店やメーカーが市場の動きをみきわめて陳列すべき商品を選択するのではなく、書店としての判断は最低限に抑え、市場の動きや消費者の評価をどれだけリアルタイムに顧客に伝えるのかという点に力を入れた販促といえる。この方法は書籍販売の手法としてはきわめて異例であるが、すでにいくつかの成功事例がその有効性を証明しはじめている。
 これとは逆の方法論を展開しているのがbk1だ。同社は日本の書籍流通を変革するという明確な目標をもった石井昭氏(元図書館流通センター社長)が創業し、それに呼応する人材が参集している。彼らにとって改革すべき対象は、自主的な仕入れが許されない現在の書店であり、リアル書店では実現できなかったことをオンラインで実現しようとしている。だから、Web上ではむしろ積極的に商品紹介を行い、事前受注や直接仕入れといったこれまでの書店では難しかった方法で、個性的な品揃えを展開しようとしている。
 東京・千駄木で往来堂書店という20坪の個性的な書店を開き、その後bk1の店長に転身した安藤哲也氏は、昨年、bk1サイトの中に「ブックス安藤」というセレクトショップを開店した。安藤氏は2001年12月に出した『本屋はサイコー!』(新潮OH文庫)でそのコンセプトについて述べているが、インターネットというツールがもつニッチ性に着目した発想だといえる。
 リアル店舗でニッチな指向をもつ人々に向けた品揃えをしても、限られた商圏のなかに対象となる顧客の数はそれほど多くない。よほど全国に知られ、わざわざ遠方から購入しに来る顧客でもいなければ、とても経営は成り立たない。しかしオンライン書店ならば、全国、いや全世界に散らばるニッチな需要を集中させて経営を成り立たせるビジネスモデルが可能かもしれない。それがbk1のコンセプトになっている。
 リアル店舗の在庫を利用することで、強力な商品調達力をもつ紀伊國屋書店BookWebの場合、売れ方はほぼ店舗と同様だというが、人文・社会科学系の書籍の売れ行きの裾野が広いという。これは在庫量と関係しているだろう。同書店は主要店舗の単品管理在庫をウェブで公開する「ハイブリッドWebサービス」を行っているため、他のオンライン書店のデータベースに比べて、既刊書など幅広くて豊富な商品を「在庫あり」の状態で販売できる点が強みになっている。データベースに表示される在庫状況も、実はオンライン書店にとっては重要な販促ツールなのだ。
 三社の販売方法は違うようにみえるが、実は「小さな需要を顕在化する」という点では共通している。普通なら全国に点在する書店店頭で同じ本が1冊ずつ売れたとしても、そのことが出版社に伝わるには相当な時間がかかるし、ましてや消費者にその情報が伝わることなどありえない。しかし、オンライン書店の場合は、この情報を販促に生かすことが可能であり、出版社や利用者にリアルタイムに伝えるツールも持っている。
 専門書販売にとってオンライン書店がもつ能力というのは、こうした潜在需要の掘り起こしにある。そして、潜在需要を掘り起こし、それが出版社の在庫管理や生産の体制にまで影響を及ぼしてゆくであろうことが、オンライン書店の革命性なのである。

 オンライン書店はまだ力を発揮していない

 ただ、現時点でオンライン書店は本来の力を発揮していない。その革命性を考えれば、まだまだこんなものではないはずだ。
 力を発揮できない理由はいくつかある。その一つはインターネットの利用環境がまだ整っていないということだ。ようやくブロードバンドが整いつつあるといっても、まだ多くの家庭は通常回線かISDNでのダイアルアップ接続であり、リアル書店で考えれば、自動ドアが開くまで数分待たされるような感覚だ。これではとても日常的には使えない。少なくとも職場や家庭で常時接続が実現されなければ、「書店」とはいえない。
 この問題は出版界の手には負えないが、もう一つの理由は出版社の対応次第である。それは、「データベース」と「在庫」の問題だ。
 現在各社が利用しているデータベースは、取引取次が作成したものが中心だ。このデータベースには基本情報はあるが、内容紹介などは乏しく、在庫の有無は一部の単品管理在庫しかわからない。そのため主要オンライン書店は日本書籍出版協会(書協)の「書籍データベース」を購入している。出版社が事前刊行情報や絶版(品切れ重版未定)情報を更新するためだが、こうした更新がなされるデータはまだ新刊書籍の半数程度しかない。
 書協のデータベースは、2002年4月から書店、取次、図書館の団体とともに設立する中間法人に移管されることになっているが、多くの出版社がデータ更新に参加するかどうかに成否がかかっている。
 一方の在庫問題とは、オンライン書店がリアル書店と同様の従来型流通システムに依存していることから発生する。インターネットで受注情報が電子的に処理されたとしても、取引取次に在庫がない場合は結局、多くの場合、いまでも短冊で発注されている。これでは正確な在庫表示は不可能だ。
 当然、今後オンライン書店は出版社との直取引などを拡大するだろうが、それは大量に仕入れることで良い取引条件を引き出せるような場合であり、単品のオーダーはやはり卸機能に依存する。しかし、現在の取次は回転率の悪い大量の在庫を抱えはしない。迅速に単品の発注に応えるためには、多くの出版社の在庫を単品管理して、注文に応じて出荷できる共同倉庫のような流通システムが必要になる。
 出版社がこのようなインフラ整備までしなければならないことに違和感を覚える方もあるかもしれないが、これが書籍流通を市場に合わせていくパラダイム変化に他ならない。オンライン書店によって書籍出版社が新たな販路を開拓するためには、既存流通と矛盾するオンライン書店に荷担して、自らの手で新しい流通インフラをつくることが必要なのではないだろうか。
(文化通信)



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