科学する目 4

動物の速さ

青木淳一



 この地球上で一番速く走る動物はチーターだといわれる。時速110〜130キロメートルは出せるということだから、同じ草原にすむ時速90キロメートルのガゼルのなかまを追いかけて掴まえることができる。ヒグマは時速50キロメートルで走るというから、100メートルを10秒ちょうどで走る選手でも、時速に直すと36キロメートルだから、ヒグマから逃げおおせることはできない。ヒグマに追いかけられたら、残念ながら諦めるしかない。しかし、時速65キロメートルの猟犬は時速80キロメートルで走るノウサギを掴まえることはできない。だから、猟犬はノウサギを追い出して猟師に撃たせるだけの役目に止まっているのである。
 ウサギが出たついでに、ウサギとカメの駆けくらべの話を考えてみよう。ウサギはカメを馬鹿にして途中で昼寝をしてしまったために、カメに先を越されてしまうのだが、ウサギはいったいどのくらいの時間、昼寝をしたのだろうか。ちょっと計算してみよう。ウサギの速力が時速65キロメートルに対し、カメは時速0.5キロメートル、「向こうの山のふもと」まで1キロメートルだったとしよう。ウサギが全速力で走れば、たった1分で行ける距離である。カメの速さでは2時間かかる。ということは、ウサギは二時間以上昼寝をしてしまったことになる。
 空を飛ぶ鳥の速さは、どのくらいだろうか。特急列車の名前にも使われたツバメは最高時速280キロメートルを越えるというから、時速200キロメートルで走る新幹線を追い越すことだってできるのである。同じく特急列車の名前になったカモメは速そうであるが、時速48キロメートルで、カラスよりも遅い。
 ただし、以上に示した速度はそれぞれの動物の瞬間的な最高速度であろうから、どのくらい長い時間速く走り続けられるかは、別問題である。アフリカの大草原でチーターが狩りをする場面をテレビでよく見るが、チーターはけっして遠くから追いかけず、獲物に気づかれないように、できるかぎり近づいてから飛び出す。つまり短距離でのスピードに自信はあっても、その速度を長距離持続させる自信がないのである。だから、狩りが成功する場合も失敗する場合もある。その辺の確率が微妙で、捕食者と被食者の走る速度や持久力のバランスがちょうど良いところに設定されているがために、両方が共に生き続けることができるようになっているのだと思う。
 動物は全速力で走っているときでも、樹木にぶつかったり、崖から落ちたりはしない。どんなに速く走っていても、障害物を避けたり、方向転換したり、急停止したりする反射神経が働く範囲内で走っているからである。もし、最高時速70キロメートルで走れるシカに特別な薬物かなにかを与えて、その倍の140キロメートルで走らせたとしたら、おそらくそのシカは樹木に激突して死ぬだろうと思う。つまり、シカはそんなに速く走れる動物ではないので、それに対応した反射神経を持っていないからである。
 さて、人間はどうであろうか。ヒトが自分で走ることができる最高速度は時速36キロメートル(100メートル10秒として)であるが、自動車に乗れば時速100キロメートルでも走れる。しかし、現れた障害物を咄嗟に避ける反射神経は最高時速36キロメートルに見合うようにしか設定されていない。肉体的に自分が出せる最高時速の3倍ものスピードで移動して、事故を起こさないほうが不思議である。多発する交通事故の根源は、実はこのようなところにあるのだということを、考えなければならないのではないだろうか。
(神奈川県立生命の星・地球博物館館長)



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