デジタル出版最前線[3]

オンライン授業がフリーになる


■ 大学教員が原稿を書く場合、学校の自室で備品のパソコンを使っている人が多いのではないだろうか。特に教科書の場合は、執筆に先立つ何年間の授業での成果、つまり講義ノートをもとにすることが多い。教員は教育することで大学から給料をもらっており、普通の感覚からいえば法人著作である。一方、出版社は授業に則した教科書執筆を依頼し、履修学生数を基礎票に安定的な出版をめざしてきた。
■ おそらく予備校は教員の執筆に何らかの制限があるだろうし、教員の印税や講演収入を管理しているビジネススクール的な大学も例外的にはある。が、通常、大学教員が教科書を執筆し、その本の著作権者になることは教員の自由であり、日本でも欧米でも問題になることはない。教科書出版社も自由に出版活動を行ってきた。
■ 一方、講義の著作権は誰のものか。教科書にすれば教員のもの。しかし、教員が所属する学校以外で講義を受けもつ場合、つまり非常勤講師となる場合には大学当局の許可が必要なことも日米共通である。つまり講義は大学の権利下にある。
■ では、バーチャル大学における教科書の著作権は教員にあるのか。そもそもオンライン授業のコンテンツは、講義なのか教科書なのか。これについて本誌48号に「講義と教科書と教材が、オンライン上ではすべてが融合した形態になり、そのどれとも特定できなくなっている」 (48号「バーチャル・ユニバーシティと教科書」吉田 文) という指摘がある。とすれば、オンライン授業の著作権問題はウェブがもたらした新たな問題といえる。
■ これに関して、今春、教科書出版社にとって驚くような発表があった。マサチューセッツ工科大学は今後10年間で、ほぼすべての講義内容をインターネットで無料公開するという。MIT Open Course Ware(OCW)と名付けられたこのプロジェクトは今年秋にスタートし、最初の2年半でウェブを利用するためのソフトウェア開発と500以上の講義内容を準備する。最終的には多岐にわたる分野で2000コースの開設をめざすという。利用対象は当然、MITのみならず世界中の学生や教育機関である。ただちにアメリカ国内を始めワールドワイドで反響があった。
■ 単位認定も教員との交流もないOCWはバーチャル大学ではない。MITで学び卒業証書がほしい者は、今後とも大学の門をくぐることになる。自分たちの講義に対する自信とともに、すべてを公開することで、MITで学ぶ魅力は増すと確信しているのである。学位授与機関としての権威を保つことで、大学ビジネスは不変である。
■ 一方、紙の教科書出版社が打撃を受けることは間違いない。MITの教授の1人は香港で過ごした少年時代に、父親からもらったMITの教科書にインスパイアされた体験を持っている。本の力を知っている彼は、ウェブの時代にふさわしい方法で、自らの体験を生かそうとしているのである。
■ MITの教員はOCWの著作権をどう考えているのだろうか。事実、教授会では熱狂的な賛同とともに、講義内容を有料で提供することから得られる富を手放すことはない、という反論もあったという。その富を手放すのは大学当局なのか教員個人なのか。さらにいえば出版社なのか。どのような議論があったのかはうかがい知れないが、コンピュータプログラムのオープンソース化に対し先進的な貢献をしてきたMITの結論は、フリーと出たのである。
■ この決断は「一石を投じる」なんてレベルではない。まさに歴史的な大津波となって高等教育の壁を越え、出版社に押し寄せてくるだろう。
(偽聴講生)



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