能楽の四季 秋

悟り絵の面白さ

中西 通



 穫(みの)った稲穂に張り渡された雀除けの鳴子。
 これは昔ながらの日本の秋の原風景の一つである。デザインとしても、絵画・漆絵・彫刻などに採り入れられているが、小鼓・大鼓の胴に描かれた蒔絵にもよく見かけられる。これは季節的な題材とも考えられるが、「鳴子」すなわち鳴るという音を主題とした図柄が、楽器としての小鼓に好んで用いられたのである。
 私は能面を蒐集する以前、小鼓・大鼓・能管・太鼓等の古楽器、すなわち能の「囃方」の道具に非常に興味をもった。それは徐々にわかってきたことだが、小鼓や大鼓は、ほぼ桃山時代に至って現在の形となり、そのときに生まれたものがただ単に古いというだけではなく、楽器としての機能が非常に優れているということである。作者の銘はまったく記されておらず、作者個有の彫痕で作者の違いを見分けなければならない。
 素材は小鼓・大鼓ともに桜材、小鼓の皮は馬の腹部を用い、大鼓は馬の首筋から背にかけてのものを用いるという。
 なかでも最も興味を覚えたのは、冒頭にも書いたように、胴の部分に施された蒔絵の図柄であった。形は革と接する碗の部分と中央の筒の部分に分かれるが、単純に見えるものの、全体としては曲面、凹凸が多く複雑である。それに図柄を割り付け、上下はもとより、三六〇度からの目に堪える構成は容易なものではない。私は大いに興味を持ち、集めてみたいと思った。結果、その図柄から発見したことがいくつもあった。
 ほとんどが「音」に関するもので、「稲穂に鳴子」もよく鳴る胴であることを意味し、「鉞(よき)の上鼡」の図は良き音と読み、「錠を散らした蒔絵」は上手(じょうず)と読む。さらに傑作は、「錠に柿の蔕(へた)と梨」を上手下手(じょうずへた)なしと判じる。その他、果物の生り(鳴り)もの尽くし、蒲公英(たんぽぽ)は根(音)が切れない、蕉は根(音)が太い、また法螺貝は遠音に響くなどと枚挙にいとまがない。まさに判じ絵・悟り絵の世界であり、作者や注文主の知識の深さと洒落っ気が感じられる。シテ方の舞台を支えた囃子方は、緊張した空間の中にこのような遊び心を見出したのであろうか。
 この蒔絵のデザインとは別に、個々の作者が遺した彫痕の特徴は、作者や時代の判定はもちろん、本来の楽器としての機能に大きなかかわり合いをもつものである。この研究には大いに興味をもっているが、関心をもたれる方があれば、これまでのわずかな知識と手持ちの資料を提供したいと思っている。
(能楽資料館 館長)



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