アメリカの大学教科書事情
― ブックストアにおける新しい試み ―

大本 隆史



 大学生協東京事業連合では、1997年よりアメリカの大学および大学内のブックストアの視察を行っている。視察先は、97年にコーネル大学、ジョージア工科大学、98年がスタンフォード大学、99年はコーネル大学、コネチカット大学、そして2000年は、UCLA、南カリフォルニア大学(USC)、スタンフォード大学、UCバークレイの計9校である。その成果のなかから、アメリカの大学における教科書事情に焦点を当て、とくに日本ではまだあまり一般的ではないユーズドブック(古本)とカスタムパブリッシング、さらにはインターネット上での情報提供について紹介していきたい。

ユーズドブック

 アメリカの書籍業界は、日本とは異なり再販制度も古書の取り扱い規制もないことから、書籍全般は新刊、既刊、古書を問わず自由価格で販売されている。教科書の販売にあたっては、大学内のブックストアが学生から使用済みの教科書を買い取り販売するというシステムが成立しているのが特徴といえよう。買い取り価格は、次期の授業で使用する教科書は定価の50%、使用しない教科書は10〜20%で買い取るのが相場となっている。買い取った教科書は、定価の75%で販売されるので、ブックストアは平均で30%近い利益率を確保している。
 視察は、各大学の新学期と重なる9月に行ってきた。教科書販売コーナーでは、新品とユーズドブックが同じ棚に陳列してあり、それぞれの価格が表示されている。ユーズドブックといっても一度も開いたことのないような新品同様のものから、びっしり書き込みのあるものまでさまざま。店員の話によれば、書き込みの多い本の方が人気が高いそうである。新品の価格が高いこともあり、学部の場合はユーズドブックから先に売れるとのこと。ちなみに、学生1人当たりの教科書購入金額は、年間8〜10万円程度。一冊5000円以上の教科書も珍しくないことから、日本の学生の倍以上は教科書代に費やしていることになろう。また、ユーズドブック市場が確立していることから、大学によっては専門業者が学生から直接買い取り、必要なブックストアに卸している例もみられた。

カスタムパブリッシング

 市販の書籍に教科書として適当なものがない場合、先生方がオリジナル原稿を用意して教科書に使用することがある。日本の大学生協では、これをプリント・オンデマンド事業として位置づけ、事業連合でゼロックスの大型マシン(ドキュテック)を購入し、各大学生協で受注活動を行っている。近年、大学の授業がセメスター制に移行し、1コマ当たりの受講生が少なくなったことも影響して、こういったタイプの教科書は年々増加している。アメリカではそのような取り組みに加えて、著作権の取得から編集、印刷、製本まで、大学のブックストアが行う。こうした教科書を総称して、カスタムパブリッシングと呼んでいる。
 教員がカスタムパブリッシングでオリジナルの教科書を使用したい場合、書籍・雑誌・新聞などメディアの違いにかかわらず必要な部分を指定して、ブックストアに持ち込めばよい。ブックストアは指定された順序に編集し、著作権を取得したうえで教員のチェックを受け、印刷・製本を行い、価格を決めて学生に販売する仕組みである。
 カスタムパブリッシング事業は、取り組みの方法や規模の差はあるものの、訪問したどの大学でも行われている。なかでもUSCのブックストアでは他大学の教員からも注文を受けている。USCは、すべての教科書の20%、500タイトルがカスタムパブリッシングによるもので、3億ドルを超える売上がある。これは書籍全体の20%である。また、コーネル大学のブックストアでは、この仕組みでの教科書が全体の14%、11億ドルの売上があり、年間で8000件の著作権を取得した。
 しかし、カスタムパブリッシング事業が最初からこのような規模で始まったわけではない。USCのブックストアは7年前、60タイトルから開始した。とくに著作権をそれぞれの出版社から取得する場合に、1冊について数社と交渉することが必要なので、交渉相手や取得条件などのデータベースを構築することに相当の苦労があったようである。1冊につき平均15〜20程度の読み物が入るが、現在では、ほとんどメールで了解が取れ、直接出版社と交渉するのは、1冊の本の大部分を使いたいといった特殊な場合に限られる。また、著作権の取得も1頁当たり10〜15セント程度でこれまで、一番高いもので45セント、新聞で1ドル10セントだったとのことである。
 コーネル大学のブックストアは、カスタムパブリッシングで作成した教科書のデータベース化を進めている。著作権の取得と合わせて、出版社からデータを受け取るか、もしくはスキャンすることでデジタルデータとして保存しているのである。こうしておけば、教科書販売時期に急遽、不足が生じた場合でも2日間で製本が可能となるうえ、翌年も7割は同じ内容が使われるので作成経費も軽減できるようになった。カスタムパブリッシングの教科書は、市販のものに比べ価格も安く授業での使用頻度も高いことから、学生の購入率も高く、ブックストアにとっては主力商品となっている。

インターネット

 さらに、アメリカのブックストアでは、教科書と学生の履修に関する情報をもとにしたインターネットでのデータ管理と販売技術が進んでいる。アメリカの大学は日本と異なり、新学期前に、学生は履修の登録を済ませる仕組みとなっている。学生は、新学期開始時点でブックストアのホームページにアクセスし、IDを入力すると、自分が履修する授業で使う教科書について、価格から在庫の有無まで知ることができる。ブックストアは、パソコン上でそれらの本の注文も受け付けており、注文した本は店舗で受け取るか自宅まで配送するかを選ぶことができる。
 こうした仕組みによって、ブックストアは教員から教科書情報を入手すると同時に、大学から学生の履修登録情報を入手できるので、これらの情報をもとにデータベースを構築し、仕入にも生かせるようになった。このデータにより仕入部数の誤差も減り、授業に教科書が間に合わないこともなく、出版社への返品も減少するのである。

大学に店舗を有する優位性

 ブックストアが学生のサービス向上に取り組む背景には、アメリカの書店販売における激しい競合状態がある。アメリカでは日本以上に大型書店による寡占化が進んでおり、大学のブックストアも4割がバーンズ&ノーブル書店やフォレット社に経営を委託している。スタンフォード大学は、1999年からブックストアの経営をこのフォレット社に委託し、同年9月には5億円?をかけて店内を改装した。
 同時に、アマゾンに代表されるオンライン書店の競争も激しく、すでに数社が入り乱れている。UCLAに留学している日本人学生に聞いた話では、「高額の教科書はインターネットで価格の比較をしたうえで注文する。アマゾン・コムは在庫があるので入荷が早いが、価格は安くない」とのことだった。教科書ひとつをとっても価格・サービス・スピードあらゆる面で競合状態が生まれている。
 激しい競合状態のなかで、アメリカの大学ブックストアは、経営戦略の一環として以上のような取り組みを実施しており、大学のなかに店舗を有するという他にはない優位性を生かして学内での存在価値を高め、生き残りを図っているのである。
(大学生協東京事業連合)



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