第4回  日・韓・中大学出版部協会
合同セミナー〈共通主題〉

大学出版部の役割とは何か
―大学の変化と出版活動―


伊藤 八郎



一 日本における大学改革の現段階

 日本ではこの十年の間に、主に国立大学を中心に大学の「大改革」が進行しました。この大改革は、太平洋戦争敗戦後の大学改革以来の、「戦後第二の大学改革」と呼ばれています。
 それでは、それはどのような背景を持って行われているのか、どういう改革が行われているのか、主要な点についてご報告いたします。

1 大学改革の背景
(一)規制緩和の一環
 今日の大学改革が、1980年代の中頃から経済の領域を中心に広く議論されるようになった、中央政府の企業や自治体などにたいする規制の撤廃、いわゆる「規制緩和」の一環であるといえます。
 日本の教育も、大学・学校も長い間、政府=文部省のきびしい管理・統制の下に置かれてきました。規制を緩和し撤廃することなしには、教育と研究の危機、大学や学校の危機を打開し改革を促し、活性化することはできないという背景があります。
(二)大学教育のユニバーサル化
 日本では1992年の205万人をピークに以後加速度的に減少を続けている18歳人口は、2000年には151万人、2009年には120万人となり、ピーク時の約6割にまで減少すると予測されています。
 そしてついに2009年には、志願者の100%がいずれかの大学・短大に入れる時代がやってくる、進学率はじつに58.8%になるという試算があります。まさに大学教育の普遍化の時代であり、一方で「大学・短大淘汰」の時代、「大学生き残り戦争」の時代がすでに進行しているという背景があります。
(三)科学技術・学術振興の新たな展開
 大学の高度な研究に対する期待の高まりは、厳しい国際競争下で、技術力の国際的優位を脅かされつつある産業界の危機意識のあらわれでもあります。深刻な不況下で企業の研究開発費は減少し、欧米なみの公的投資を政府に求める声が高まり、政府関係研究機関の層が薄いわが国においては、期待は主として大学の研究に向けられます。さらに国際競争力を担う研究人材の養成を考えれば、国立大学の危機は、産業界の危機に直結するものといえます。そして、科学技術・学術振興政策の新たな展開は、大学の研究・教育の改革を迫るという背景があります。

2 大学改革の主要点
(一)国立大学の改革
(1)大学設置基準の自由化(大綱化)
 日本には「大学設置基準」というものがあります。これにより、4年間の学部教育は、専門教育・一般教育それぞれ2年の2段階に分かれ、一般教育は外国語、保健体育を必修とすることなどが定められていました。また学部の名称や教育課程についても定めがあり、とくに一般教育については「教養部」と呼ばれる独立の教員組織を置くことになっていました。
 1991年にこの基準が改正され、こうした規制が撤廃されました。それは戦後の新制大学の発足以来つづいてきた基準の自由化(大綱化)であり、画期的な変化を大学にもたらしました。
(2)大学院の拡充
 研究者養成、高度専門人材養成、社会人再教育、留学生受入れ、先進諸国の大学院の規模の比較などの観点から、1991年に大学院生倍増計画(2000年までに)の方針が出されました。それにより、1999年時点ですでに大学院入学者はほぼ倍増し、今後大量の大学院修了者が生まれることになります。
(3)大学院の重点化(部局化)
 現在、いわゆる旧七帝大を中心に大学院の重点化(部局化)が、急ピッチで進行しています。その主な内容は次のとおりです。
 1.従来学部に置かれていた講座を大学院研究科に移し、大学院を教育研究一体の組織として部局とする。
 2.学部は学士課程の教育を行う教育専門組織とし、大学院研究科所属の教官が兼担する。
 3.教官当たりの校費は、学部から大学院研究科に移すが、学部には新たに新単価の校費を配当する。
 従来、日本では部局といえば主に学部のことであり、多くの教員は学部に所属していたのですが、この学部の教員組織をまるごと大学院研究科に移して、それを部局にするという、これも大改革といえます。
(4)大学の自己評価、第三者評価
 大学設置基準の自由化(大綱化)と並ぶ主要事項として、大学設置基準に大学に自己点検評価の努力義務を課する条文が追加されました。つまり、大学の「質」の保障としてのアクレディテーション(accreditation)が求められたわけです。
 これにより、各大学は次々と自己点検・自己評価の報告書を公表しています。さらに、学外の第三者による評価システムも導入されつつあります。これも以前の国立大学では考えられなかった、まことに大きな変化といわざるをえません。
(5)学内管理・運営制度の整備
 1999年に国立学校設置法が改正となり、評議会が法制化され、教授会の組織権限も明確となり、学外の意見を反映するための機関として「運営諮問会議」が位置づけされました。日本においては五十年間問題であり続けたことであり、大変大きな変化といえます。
(6)独立行政法人化
 現時点で国立大学にとってきわめて重要な問題であります。政府は公共性の高い事業を効率的、効果的に行わせるために独立行政法人制度を創設することにし、1999年独立行政法人通則法が制定されました。これによって多くの国立機関が独立行政法人に移行することが決まりましたが、反対意見が強い国立大学については、2003年までに結論を出すことになりました。しかしながら、文部省は、2000年の早い時期に結論を得たいとしていて、成り行きが注目されています。ただしこの独立行政法人化問題は、公務員の定員削減計画の一環であり、真の意味で大学改革とはいいがたいといえます。

(二)私立大学の改革
 教育改革に早くから積極的に取り組んできたのは、国公立大学よりも私立大学であるといえます。財政基盤の保障された国公立大学と違って、学生納付金を最大の収入源とする私立大学は、人口変動をはじめとする変化を的確にとらえ、対応することなしに、存立と発展の安定的な基盤をもちえないのです。
 具体的には、新名称の学部・学科の新設、教授法の改善、シラバスづくり、補習授業、一般教育と専門教育のカリキュラムの再検討、さらには入試方法の多様化などは、いずれも私立大学によって主導されてきた一連の「大学改革」の方向です。
 入学者が定員を下回る私立大学の割合が増す中で、私立大学における大学改革も、全体としては始まったばかりといえます。


二 日本における大学出版部の役割

1 出版部の存在そのものの役割
 日本においては、近年大学出版部の設立をめざす大学がとくに多くなっています。大学出版部協会加盟の25大学出版部のうち、ここ10年ほどの間に設立された大学出版部は6校になります。その他にも「大学出版部をつくりたい」という相談が多くあります。
 こうした動向は、現在進行している大学改革と関連していると考えられます。つまり、とくに私立大学を中心として、大学としてどう生き残るのかということが最重要課題となり、「生き残り」戦略としての魅力ある大学がテーマとなっています。その点で、「大学出版部を持つこと」、つまり出版部の存在そのものが個性的大学づくりの一つの重要なファクターとなるでしょう。

2 出版活動を通じての役割
 大学出版部の本来的な役割は「出版という仕事を通じて大学の機能に参加すること」であると考えています。そうであるならば、現在進行している大学改革に出版という仕事を通じて、どのように対応することが出来るのか。以下に列挙してみます。
(一)良質のテキストの刊行
 大学設置基準の自由化等の改革により、カリキュラム編成の自由化などそれぞれの大学が、独自の教育理念と教育目標を掲げ個性的な大学づくりをめざすことになり、それに対応する良質なテキストの刊行は、大学出版部の重要な役割となるでしょう。一方で、ユニバーサル化する大学においては、教育のための新しいテキストが求められることになると考えられます。
(二)高度な専門書の刊行
 大学院重点化による多くの研究成果、とりわけ最先端の研究成果を高度な専門書として刊行するという役割は、これまで以上に期待されることになるでしょう。
(三)個性化、多様化に対応する図書(電子媒体他)の刊行
 さらに、それぞれの大学が個性化、多様化することにともなった教養書、啓蒙書を刊行することも必要になってきます。また、書籍という媒体だけにとどまらず、CD−ROMやビデオという媒体による出版も急速に対応が迫られことになるでしょう。

おわりに
 日本の大学はまだまだ改革の渦中にあります。この改革がストレートに大学出版部の活動に反映しないところに、出版というもののむずかしさがあるように感じています。
 今回の報告では、日本における「大学改革」のアウトラインと大学出版部の課題の提起のみとなりました。次回以降のセミナーではその具体的な内容、大学改革においては大きくは大学連合などの動きや、FD(ファカルティ・ディベロップメント)などの取り組みの状況が明らかにされる必要があるでしょう。大学出版部の役割についても、端緒的であっても大学改革にともなうテキスト刊行の経験や、それぞれの大学の変化にともなう出版活動の変化の内容が報告されれば、一層意義あるセミナーになるでしょう。
(名古屋大学出版会専務理事)



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