大学出版部設立の動きと今後の展望

―組織委員会報告―

伊藤 八郎


■大学出版部設立などの最新情報

 まず、もっとも新しい大学出版部についてお知らせします。それは昨年1999年9月9日に設立された「東京都立大学出版会」で、東京都立大学開学50周年を記念して設立されました。何といってもその特徴は、公立大学の出版部の第一号であることです。
 特に、大学自体がたいへん力を入れており、予算的な措置として「特別研究奨励費(出版奨励)」や「出版振興基金」などを設けている点が特筆されます。すでに順次刊行される図書も決まっており、この報告が冊子になるころには、三点程度が出版されているはずであると聞いております。
 また、都立大学が所蔵する資料の特徴を生かして、家永教科書裁判関係の資料、あるいは牧野富太郎関係の企画出版など、今後意欲的な出版活動が予定されています。実績を重ねられ、早い時期に大学出版部協会に加入されることを期待しています。
 次は、本年4月の総会で大学出版部協会の準会員として入会を希望されている、「関西学院大学出版会」についてご紹介します。設立は1997年4月で、設立の趣意としては「コマーシャリズムとは一線を画した情報発信拠点を自らの手で築くことが急務であると考え」「関西学院ならではの個性に裏付けられた書籍・出版物を本出版会から刊行する」こととしています。
 すでに、これまで12点の図書を刊行しており、たとえば『AV原論』などは、朝日新聞が取り上げて話題となりました。しかし、何といってもユニークなのは「関西学院大学出版会博士論文データベース」を設けたということです。
 簡単にご紹介しますと、インターネットで全国に博士論文の登録を募集します。登録された論文をこれもインターネット上で目録表示し、閲覧希望のあった必要部数をオンデマンド印刷で出版するということです。これまでの大学出版部にはない試みで、これが今後どう展開してゆくのかが注目されるところです。
 以上、新設と新加入予定の二つの大学出版部をご紹介しました。この他にも、東京外国語大学、東京学芸大学などで新しく出版部を設立する動きがありますが、またの機会にご報告させていただきます。

■日本における大学出版部の組織状況

 次に、日本における大学出版部の組織の状況はどのようになっているのかをご報告します。
 現在、当「大学出版部協会」に加入している大学出版部は、正会員・準会員合わせて25大学出版部で構成されています。1963年6月の協会設立時は、10大学出版部でしたから2.5倍の会員数になっています。
 さらに、九州大学出版会には九州全県および山口県の28大学が加盟し、名古屋大学出版会には県下の18大学が協力校として参加しており、これらを加えますと全国71大学を網羅する一大学術出版団体となっています。
 それでは、会員になっていない大学出版部はどれだけあるのでしょうか。『日本の出版社2000』(出版ニュース社)により五十音順に列挙します。
 青森大学出版局、京都産業大学出版会、熊本工業大学出版センター、高野山大学出版部、国連大学出版局、女子栄養大学出版部、大正大学出版部、東京理科大学出版会(元会員)、富士短期大学出版部、以上の9校です。
 さらに、トーハン・日販などの『取引出版社名簿99年版』によれば、金沢工業大学出版局、皇学館大学出版部、信州短期大学出版部、二松学舎大学出版部、武蔵野美術大学出版部、などがあります。(大学の部局、大学生協などを除く)また、こうしたデータには掲載されていない大学出版部もいくつかあると推測されます。

■今後の大学出版部設立の展望

 さて、21世紀を目前にして、大学は社会の変化に対応した新しい「改革」を模索しています。それぞれの大学が独自の教育理念と教育目標を掲げ、それにもとづく個性的な大学づくりがさし迫った重要課題となっています。とくに国立大学では「独立行政法人」化、という激変に直面しています。
 このような状況のなかで、近年大学出版部の設立をめざす大学がとくに多くなっています。先に二つの大学の設立について報告しましたが、当協会加盟の25大学出版部のうち、ここ10年ほどの間に設立された大学出版部は、聖学院大学出版会、麗澤大学出版会、京都大学学術出版会、大阪大学出版会、東北大学出版会、三重大学出版会、と実に6校となります。これにより、国立大学では旧七帝大の大学の全てに出版部が設立されました。
 こうしたことの要因として二つ考えられます。第一は、大学における研究と教育の成果の「発信基地」として大学出版部を必要としている点です。大学改革にともない、大学の自己評価や開かれた大学づくりといった課題に応える点からも、自前で発表機関を持つことに大きな意味があるといえます。第二は、大学が「生き残りの戦略」としての魅力ある大学づくりの一環として出版部を位置づけている点です。21世紀に入ると、大学生の数が激減することは周知のとおりです。この事態を前にして、大学は生き残りが緊急の課題となっているのです。
 これに、今日の出版業界が未曾有の不況のなかにあり、学術出版がますます困難になっている状況を重ね合わせれば、今後大学出版部の設立の機運は大きくはなれ、小さくなることはないと考えています。

■大学出版部の発展方向−出版と経営

 中国の古典の一節に「創業は易し、されど守成は難し」という言葉があります。たしかに大学出版部の設立も容易ではないのですが、それを継続し発展させることはまことに容易ならざることといえます。当然のことながら「出版と経営」というテーマがあるからです。
 ここで、平成8年に設立されて大学出版部協会にも準会員として加入された「東北大学出版会」運営方式をご紹介します。それは次のようなものです。
 「まず、出版会発足後も、東北大学後援会からの資金援助を引き続き数年間お願いしていくこと、編集や営業関係の専任者は当面雇用せず、無報酬のボランティア活動によって編集や営業の業務をこなしていくこと、原稿をよせてくださる著者にも、初版の印税は辞退していただき、さらに著書の一部を買い上げていただくなど犠牲を払ってもらうこと、といういわば“三方一両損”でスタートすることになった。出版会の関係者全員がそれぞれに犠牲を払うという方式である。これを“東北大学方式”と呼ぶ向きもあるという。」(「大学出版部協会三十五周年の歩み」より)
 これにより、3年余の間に28点の図書が刊行されています。まことにユニークといわざるをえません。スタートの仕方としては、一つのアイデアだと思います。
 従来、国立大学では、人と金がある生協からスタートして、実績を重ねたのち募金活動を行って、財団法人化して経済的基盤を確立する――東京大学出版会がそうでしたし、典型的には「名古屋方式」といわれた名古屋大学出版会があります。しかし、東北大学のような方式も、今後の国立大学の大学出版部の運営方式としては、有効だと思われます。
 私立大学では、その組織の形態から運営方法までいろいろなケースが選択できると思いますが、やはり母体大学との関係で、出版部としての特色ということがポイントになるでしょう。
 大学そのものの大変容に直面して、大学出版部もまた大きな転換の時期を迎えております。大学出版部は「出版という仕事を通じて大学の機能に参加する」という基本枠組を踏まえながら、同時に、もっと別の新しい役割や機能に挑戦していくことが期待されているのではないでしょうか。

(名古屋大学出版会)


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