1999年度 夏季研修会報告

山本 俊明


 1999年度大学出版部協会夏季研修会が9月2日〜4日、湯河原厚生年金会館を会場に開催された。参加者は23大学出版部から63名であった。

 大学改革の中の出版部

 「大学は大きな変革のときを迎えている。大学にその基盤を置く大学出版部も自ずとその役割や大学における位置が変化するのではないか。大学はどこに向かって改革されようとしているのか」。
 研修会第1日に計画された基調講演のテーマは、このような問題関心から設定された。講師として長年ジャーナリズムの世界から日本の教育問題を論じてこられた多摩大学、山岸駿介教授が招かれた。「大学改革の動向と課題――これからの大学はどうなるのか」という主題の講演で、山岸教授は、1991年の「大学設置基準の大綱化」以降に始められた大学教育の改革と最新の国立大学の独立行政法人化への動きをスケッチされた。

←山岸駿介教授

 大学改革といっても、必ずしも大学の内発的な動機からはじめられたものではない。文部省の主導によるもので、諸大学は文部行政に誘導され、「カリキュラム改革」(97%の大学)にはじまり、「自己点検・自己評価」(88%)、「シラバス作成」(92%)、「学生による評価」(46%)、「ファカルティ・ディベロップメント」(36%)などに取り組んできた。内発的改革ではないとしても、確かに、シラバスの作成などはこれまでになかった大学における授業改革に結びついていくし、カリキュラム改革によって、1年生から専門科目を履修できるようになり、また、教養演習が設けられるなど新しい教育の方向が打ち出された(大学1年生を対象にした、東京大学出版会の『知の技法』など「基礎演習テキスト」シリーズが出版され、大学外にも多くの読者を得た)。
 しかし、専門教科に重点が移動したために、大学における教養教育(Liberal Arts)が危機に瀕しているのではないかという危惧も出ている。幅広い知識を与え、実用的な意味はないとしても深く豊かな知的遺産を身につけさせるという、大学がこれまで重視してきた教養教育が姿を消した。これに伴い大学の教科書の性格も大きく変わった。
 このような教養課程と専門課程の区別がなくなったこと以上に深刻なのが大学生の学力の低下にどう対応するかという課題である。内発的でないとしても大学が授業改革・カリキュラム改革を積極的に進めざるを得なかった理由もそこにある。高校時代までに習得しているはずの基礎教育を大学で実施せざるを得なくなっている。予備校などに基礎教育を外注化している大学もある。授業について来ることができない少なからぬ学生たちを抱え、私語が多く授業が成り立たない状況の中で、大学教育とは何かが問われている。当然、これまで「教科書出版」を出版のひとつの柱としてきた大学出版部にも、大学における教育とは何かが問われている。
 今回の講演は、大学および大学院の教育改革が中心であり、教育と並ぶ研究の改革については、残念ながらほとんど触れられなかった。文部省が大学に「自己点検・自己評価」を促す理由には、主に大学の研究状況に対する不満があると指摘されたが、大学でどのような研究体制の改革がなされているのか、その成果としてどのような学術専門書が生み出されようとしているかについては、語られなかった。研究における大学改革は、これからの課題であるのだろう。

 大学出版部ケーススタディ

 大学出版部協会は現在25大学出版部で構成されているが、歴史も100年を越える出版部もあるし、まだ設立数年の大学出版部もあり、規模もさまざまである。夏季研修会恒例の「大学出版部ケーススタディ」では、そのような個性ある出版部が現状を報告し、それぞれの出版部の活動状況を互いに知るよい機会となっている。今回は、東京電機大学出版局と放送大学教育振興会の2出版部が報告した。
 東京電機大学出版局は、1907年、「電気・機械技術者を養成し、工業教育の普及をはかる」ために設立された大学の一組織として、大学創立と同時に設立された。以来、教科書の作成、電気雑誌の発行などに取り組み、現在では、理工系の専門書、理工学書を中心とした大学教科書・参考書の刊行、工学技術書・科学啓蒙書、電気関係の各種国家資格試験受験参考書を刊行している。他の大学出版部にはないユニークな出版物が、高等学校用「文部省検定教科書」で、家庭、農業、工業などの科目で教科書を10点近く出している。大学教科書としては、理工系だけでなく、経済学、哲学、心理学など人文社会系の教科書も出しているが、多くは学内で使用されるに留まっている。東京電機大学では、大学改革の一環として、セメスター制が導入され、教科書もそれに応じた内容に見直しをしている。また学生の状況に合わせた内容に変えていっているという。

←研修会参加者による記念撮影

 大学出版部の中でも独自な性格は、CD-ROM付きの書籍など、電子媒体を使ったマルチメディア出版物の刊行に見られる。年間刊行点数40ほどのうち4、5点がCD-ROM付き書籍で、編集作業はデータの確認までが含まれる。もっとも、書籍の原稿の入稿もほぼ100%がデジタルデータであるという。これからの学術書出版とその編集のあり方の最先端を走っている出版部である。
 放送大学教育振興会は、放送大学の教科書を製作し供給することを目的として、1984年に設立された。毎年、約300の開設科目のうち70数科目の新刊・改訂版を刊行している。放送大学は現在学生数7万3000人で、各科目、1000部から多いものでは10,000部を印刷し、そのうち70%は放送大学の学生が購入している。しかし、大学・短大などで教科書として採用される部数もかなり増えている。1998年度の実績では、100部以上の採用大学は、国公立大学23校、私立大学93校、短期大学20校、専門学校ほか15校であり、さらに増加させていきたいという。いわば教科書の製作・販売に特化した大学出版部を目指しているのである。
 放送大学は、今後、2002年度から大学院(定員1000人)を開設する予定である。また大学は15歳以上に入学を認める方向にあるという。それに伴った新しいタイプの教科書、教材が刊行されてくるであろう。放送大学教育振興会は、大学出版部協会の一員として、大学出版部の新しいあり方を創り出していっている。

 第3回 日・韓・中大学出版部協会合同セミナー報告

 夏季研修会では、編集部会、刊行助成部会、営業部会、幹事懇談会などのプログラムがあったが、ここでは最後に6月に韓国・ソウルで開催された「第3回 日・韓・中大学出版部協会合同セミナー」の報告に簡単に触れよう。日本からは、9名の代表団を送り、「大学出版部の社会的役割を考える」を主題に、それぞれの国の大学出版担当者が発表し、討論をした。中国では、出版社全体でみても、大学出版部の売り上げが上位に位置しているほど、大学出版が大きな役割を果たしている。韓国では、これまで教科書出版が中心で、学術書の企画が少なかったが、学術書の企画出版を目指したいという報告がされた。日本からは、大学出版部の中で、ビジネス書を中心としたユニークな出版活動をしている産能大学出版部の事例と大学改革の中での東京大学出版会における出版活動の方向性が報告された。それぞれの国における大学出版の現状と課題は明らかになったが共通の主題を見出すまでには至っていない。今回のセミナーの準備段階では、日本から、基礎的データを交換し、議論できる環境を整えてからセミナーを開催したいという提案もしたが、この課題については、来年の夏季研修会と前後して日本で開催される「第4回3か国合同セミナー」に持ち越された。日本では、準備委員会が組織され、すでに同セミナーの準備がはじまった。基礎的データの収集と比較検討などを通して、日・韓・中の大学出版部協会でセミナーを継続していくための土台作りがなされることに期待したい。
(聖学院大学出版会・大学出版部協会幹事)



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