読書の周辺

標本・文献・インターネット

大原 昌宏


 ●昆虫の種数と分類学者
 近年、環境破壊の危ぶまれている熱帯雨林の生物調査が進み、樹冠部に多くの未知の昆虫が生息していることがわかってきた。
 採集される昆虫の種が、熱帯雨林の多種多様な植物の樹冠ごとにちがうことから、この地球に生息している昆虫の「予想種数」は膨大に増えることとなった。多く見積もっても350万種とされていた昆虫の種数は、2000万種とか3000万種とか、桁外れに誤差の大きい推定値に修正され、実際には、どれだけの昆虫の種がいるのか、よくわからないことがわかってきた。
 昆虫の種数が増えると、それらに名前をつける分類学者は名付け作業に大わらわ……。実際はそういう訳ではない。
 昆虫研究者には常識だが、昆虫に限って言えば、名無しの虫は珍しいものではなく新種の虫を血眼になってさがすほど、分類学者は研究材料に困っていない。したがって、未知の昆虫がたくさんに見つかったからといって、さぼっていたのが急に働きだす訳ではなく、分類学者は今までどおり淡々と仕事をこなしている。
 年間1000を超える新種が記載される昆虫の世界では、研究されるべき虫たちの標本が、収蔵室に山積みになっているのが現状である。むしろ昆虫分類学者の人手不足が解消すると、地球上の生物多様性理解が飛躍的に進むと考えられている。
 分類研究が一足飛びにすすまない理由の一つとして、標本の作製や解剖といった細かい「手作業」に分類学が依存することがあげられる。他の科学分野は分析機器の進歩によりめざましい発展がとげられてきた(ようにみえる)が、殊に分類学は科学技術の発展の恩恵にあまりあやかってこなかった。いまだに「自動昆虫分類装置」とか「自動昆虫標本作製機」というのにはお目にかかったことがない。
 欧米よりもおよそ100年おくれて自然科学を始めた日本では、その分類学は、博物館の標本充実度やレヴィジョンの出版数からみても、ほぼ100年分の遅れがあるかもしれない。手作業の遅れは、人海戦術か、新しい科学技術で取り戻すしかない。

 ●インターネットと分類
 そんな昆虫分類学にも、新しいテクノロジーの波がやってきた。インターネットは、すでに目新しいものではなくなったが、身近になるとともに分類学に適した便利な道具であることが明らかになってきた。つまり、顕微鏡の横にインターネットに繋がったコンピューターを置けば、画面に現れてくるさまざまな情報を利用して、標本の同定がおこなえる時代になりつつある。同定作業中の傍らにある煩わしい文献や図鑑の山は消えることになる。
 分類学は、膨大な生物データを使いやすくすばやく検索する体系をつくりだすことが目的の1つである。200年前は神の名のもとに生物を並べたが、現在は生物進化をとおして分岐した順番に分類群を並べる。単位は「種」であり、そこにおさめられるデータセットは標本データ、形態、生態、遺伝、分布データなど、その種に関わるすべての生物学的データが「種」の名のもとに従属される。これらのデータをモノグラフやレヴィジョンといった論文にまとめることが、分類学者の日々の作業である。  膨大なデータを管理するのはコンピューターの得意とするところで、以前からデータベースを利用して標本管理を行なっている博物館は多くあった。しかしそのデータベースは無味乾燥な種名と標本番号の対応リストだったり、標本の所在を教えてくれる番号が出てくる程度のものだった。
 最近のインターネット上で公開されている分類研究者のホームページはもっと趣向が凝っていて洒落ている。例えば、キリギリスのなかまであれば、それぞれの「種」のタイプ標本写真、原記載、解剖スケッチが画面に現れ、ものによっては鳴き声までが、ボタンクリック1つで目の前のコンピューターから聞こえてくる(http://viceroy. eeb. uconn. edu/ orthoptera)。これだけ揃えば、手元の標本がどの「種」に該当するのか専門家でなくても(ある程度は)同定できる。従来の時間をかけた同定への準備作業はボタン一つで手にはいることになる。これは分類学にとって大きな進歩だ。

 ●時間をとられる準備作業
 1つの標本の名前を同定するために必要な「作業」を、分類学を理解していただくために記しておきたい。
 まず文献に当たり該当の種を探しださなければならない。分類作業の集大成であるモノグラフや図鑑に当たる訳だが、該当する種がない場合は世界中の近縁な種を虱潰しにチェックする必要がある。種が新種として発表された「原記載」論文に当たることが要求されるが、分類学特有の事情として、動物命名規約により有効とされているかぎり、さまざまな国の言葉で書かれた200年も前の論文まで遡って探してこなければならない。苦労して手に入れた論文も、19世紀以前であれば、写真はもちろんのこと図も十分なものはなく、3行のラテン語記載しかもたらされないこともしばしばである。行間を読み込むが曖昧さは拭いきれず、こういう場合は原記載に用いた「タイプ(模式)標本」を調べる必要がでてくる。
 日本や東南アジアの昆虫であれば、タイプ標本はヨーロッパ各国に所蔵されていることがおおい。手紙を出し(今では電子メール)、往復2か月ほどの時間をかけて標本を借り出し、タイプ標本のチェックをすることとなる。それでも該当しなければ、未知のものとして新種発表する。
 標本の名前を同定するまで、こういった時間をとられる準備作業が必要なことがわかっていただければ幸いである。この作業を分類学者は能率よく行なうため、専門のグループ(分類群)を決めて、ほぼすべての記載論文をあらかじめ集めておく。分類学者を志す多くの大学院生はコピー代で生活を圧迫される経験をする。数年の研究歴を経ると巡礼のようにヨーロッパやアメリカの博物館へ標本調べに訪れ、標本写真をとり、日本で手に入らない文献をコピーし、時間が足りなかった経験をして帰国する。
 インターネットは、この準備作業をかなり軽減させてくれる可能性をもっている。

 ●Web上の分類研究発表
 実際に公開されている昆虫関係のホームページとして、日本で作成されたものでは「日本産アリ類カラー画像データベース」 (http:// www. dna. affrc. go. jp/ htdocs/ Ant. WWW/ INDEX. HTM)が優れている。図を見ながら検索表を辿っていくと種名がわかる仕組みになっている。他の生態的な情報、画像も充実している。米国ではNSFのPEETプロジェクト(Partnerships for enhancing expertise in taxonomy)といった国の予算支援もあり、幾つかホームページ上での大規模なレヴィジョン公開がなされている。Ashe氏の中北米のハネカクシ類のまとめ (http:// ron. nhm. ukans. edu/ ksem/ peet/ peet1. htm)や、スミソニアン博物館のノミハムシ類のサイト (http:// www2. sel. barc. usda. gov/ Coleoptera/ fleabeetles/ fleas. htm)はきれいな画像が次々と現れ、見ていても飽きないすばらしい出来である。
 インターネットの利用が分類学にとって当然の道具となってくると、ホームページを開設するのは分類研究者の義務となってくる。分類学者は論文をペーパーに発表するだけのスタイルから、ホームページ用の発表も踏まえた研究スタイルに変更を強いられることとなるだろう。
 ワープロで書いている文章は、すでに電子化されているのでネットにのせるのは簡単だ。大きな違い(進歩)はカラー画像の利用だろう。今までは印刷経費から白黒写真に限られていたものが、ただ同然でカラーが公開できる。線画のスケッチと共に公開されれば分類学的情報は飛躍的に増加する。また、引用文献も(著作権のきれたものなどは)、スキャナーによる画像取り込みを行ない全文を公開すると、次世代の分類研究者は文献探しで研究時間の多くを割かれなくてすむ。インターネットは人類の遺産を利用する方法として、なんとも優れている。

 ●インターネットの利点・欠点
 電子化された情報はWebにのって世界中を瞬時に駆け巡り、その情報は専門家だけではなく一般の人々でも容易に手に入れることができる開かれたものとなる。研究者にとってはリアルタイムの情報の交換と共有の場がもたらされる。
 分類学、あるいは科学全体をも変える可能性をもっているインターネットは多くの利点をもつが、その欠点も十分に考慮に入れなければらない。
 まず、インターネットが接続されていない国々、地域との格差が広がるため、印刷物やCD-ROMの同時公開など、それを補う手段が必要であろう。電子情報の限界も知るべきである。情報の破壊はウイルスや物理的なハードの故障で起こりうるし、混乱を招くことを意図したノイズも免れない。また大切なこととして、「実物」、分類学では「標本」には、重さ、臭い、質感があり、さまざまな角度からの肉眼による観察や、さらに解剖さえもできる。しかし、コンピューター画像にはそれがない。画面を見てわかった気になってしまうのは恐ろしい。

 ●将来へ向けて
 昨年の8月、インドネシアのスマトラを訪ねた。私の専門のエンマムシ(図2)を採集してきたが、そのうち半分も名前がついていないだろう。日本のエンマムシがやっと整理がついた程度の解明度だから、インドネシアのものの名前調べはあと10年はかかるだろう。さっそく標本を調べて名前をつけたいのだが、古い文献探しに追われるレベルだ。顕微鏡の横のコンピューターから「エンマムシ・データベース」が現れ、すべてを教えてくれるにはまだほど遠い。現在世界で10人の現役エンマムシ研究者が協力して、データベースの構築をするしか方法はないのだろう。次世代のために。
 名前のないものは認識できないし、護ることもできない。生物多様性の危機はそういうところにある。「次世代の天文学者に研究すべき星はまだ輝いているだろう。しかし次世代の生物学者に研究材料はあるかどうかわからない」(PEET序文より)。分類学の発展は地球を救うと多くの生物学者は考えている。
(北海道大学農学部助手)



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