歩く・見る・聞く――知のネットワーク 13

都会の中のオアシス空間
―高木盆栽美術館を訪ねて―

成川 慶一郎

 わが国で初めての盆栽美術館が市ヶ谷にあると聞いて,訪ねてみた。JR市ヶ谷駅から徒歩1分,オフィス街の一角に,一対の巨大な狛犬にその入口を守られるようにして屹立するビル内に美術館はあった。
 盆栽は中国で生まれ,わが国へは遣隋使・遣唐使によってもたらされたと考えられる。事実,続日本紀の記録に始まり,蜻蛉日記,西行物語絵巻,一遍上人絵伝等にも記載があり,鎌倉・室町・江戸時代を通じてかなり盛んであったようだ。そして現代のように自然美を尊重する盆栽が主流となり,海外の評価が高まってBONSAIなる国際語が定着したのは比較的最近のことだといわれる。

 ――1階で受付を済ませ,エレベーターでまず9階に上がる。―― 屋上庭園である。土塀に囲まれ湧水を湛える庭園に配置された五葉松の盆栽が眼にとび込む。琴の調べをバックに流れる解説によると,樹齢500年,蔵王山海抜1500メートル,人跡未踏の岩壁に芽生え,風雪に耐えて生き抜いて400年の松を,100年前盆栽に設しつらえたという。銘は「千代の松」といい,鉢は「誠山楕円」。大阪で開催された「花と緑の博覧会」に出品され高い評価を得た。現在は常設展示品となっている。ビルに入れるときは,その大きさのゆえ,エレベーターでは搬入できずにクレーンで運び上げられたという。古木とは思えない溢れる生命力を感じさせる模様木の逸品である。

 ――9階から8階へは徒歩で降りる。―― 階段の壁には,盆栽の盛行を物語る浮世絵(安藤広重画「盆栽売り」等)十数点が掛けられていた。平安・鎌倉時代には高い身分の人々が愛好していた盆栽が,江戸時代には庶民の生活にも浸透していたことが偲ばれ興味深い。8階はメインの展示場である。ほどよく落とした照明の中,盆栽本来の飾り方である“床飾り”を中心に,初雪かずら,風知草など季節感溢れる作品がゆったりと展示されていた。また,「古渡桃花泥」外縁隅入銅器文雷文下帯雲足長方など,日本・中国の盆器の名品が数多く見られた。ひと渡り見学した後,〈培養場〉の表示が目に入ったので八階の屋外に出てみた。大形の松柏を中心に数十の盆栽が並べられ,係の人の世話を受けているところであった。
 陽光が射さず空調の利いた屋内は植物にとって非常に苛酷な環境であり,3日から長くても1週間が展示期間の限界である。さらに,この培養場などでその疲れを癒しても,元の状態に戻るのには3か月間を要するという。美術館を運営する財団法人・高木伝統園芸文化振興財団では,その所蔵する名品四百余のうちから,季節にふさわしくて状態の良いものを選んで順次展示しているが,主要なものは大宮市の盆栽町で養生をしている。

 この財団は地球環境における緑の保存問題,伝統園芸文化を通じた国際文化交流,生涯学習活動の場としての美術館,といった視点から事業を行っており,共感を覚える点も多いので,財団の理事長で美術館館長でもある高木禮二氏の言葉をご紹介する。

 「盆栽こそは自然環境を自分の手で再現し,盆上に理想の自然景観を求め,その中に精神性をも見ようとする高尚な趣味です。日本伝統の素晴らしい芸術である盆栽,この盆栽趣味を長く子々孫々まで伝えていくためにも,日本の自然環境,ひいては地球環境を守らなければなりません。」(下略。「随筆・趣味歴程」近代盆栽掲載)

 ――8階から2階の喫茶室に降りる。―― ここでは盆栽関係図書の閲覧や所蔵盆栽映像資料の視聴ができる。無料サービスの茶菓を頂戴しながら,ビデオBONSAIにしばらく眺め入る。入館料・大人800円で都会のオアシスを堪能した(毎日この雰囲気を楽しみたい人のため6か月パスポート3000円等もある)。
(放送大学教育振興会・成川慶一郎)

高木盆栽美術館―――――――――――
〒102-8372 東京都千代田区五番町 1-1
エ03-3221-0006
開館時間:午前10時〜午後5時
休館日:毎週月曜日(休日の場合は翌日)


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