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「持続可能性」の罠をこえて反転する環境国家

反転する環境国家 「持続可能性」の罠をこえて

四六判 366ページ 上製
価格:3,960円 (消費税:360円)
ISBN978-4-8158-0949-2 C3031
奥付の初版発行年月:2019年06月 / 発売日:2019年06月上旬

内容紹介

国家に依存した自然保護の急速な展開は何をもたらしたのか――。東南アジアをフィールドに、灌漑や森林、漁業資源をめぐって起こる思いがけない「人の支配」への転化や、開発と保護の連鎖する関係をあぶりだし、その解決策を現場の人々のしたたかな戦略や日本の経験に見出す。環境論の新たな地平を拓く著者の到達点。

前書きなど

二〇一七年夏、私はベトナム南部にあるアンザン省でエビ養殖に関する調査をしていた。現場はホーチミンから車で七時間かかる奥地にある。現金収入源として輸出用のエビ養殖が大流行しているベトナムでは、所得向上のために半ば投機的にエビ養殖に手を出す農民が相次いでいる。そんな農民の一人と話をしていたときに、病気で死んだ大量のエビをどう処理しているのかという話になった。照りつける日差しの中、農民はためらいもなく「川に流すだけだ」と言う。「川が汚れるのではないか」という私の問いかけに「それは私の責任ではなく国の責任である」ときっぱり言い放った。その話しぶりに悪びれた様子が一切なかったことが、私には大きなショックであった。

国のレベルで見ると、ベトナムは環境政策の優等生である。特に森林減少が著しいアジアで、ベトナムは中国と並んで植林によって森林面積の増大に成功した数少ない国であり、政府をあげて国連の定める「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成に取り組んでいる環境保全に熱心な国でもある。こうした取り組みをもっと広く浸透させれば、エビによる汚染問題もやがて解決に向かうのかもしれない。しかし、冒頭の体験はこの想定があまりに楽観的であることを私に教えてくれた。国連や先進諸国で行われている「上流」での議論と、日々の暮らしの向上にまい進する後発国の現場との間の……

[「まえがき」冒頭より]

著者プロフィール

佐藤 仁(サトウ ジン)

1968年 東京都に生まれる
1992年 東京大学教養学部教養学科(文化人類学分科)卒業
1994年 ハーバード大学ケネディ行政学大学院修士課程(公共政策学)修了
1998年 東京大学大学院総合文化研究科博士課程(国際関係論)修了
    東京大学大学院新領域創成科学研究科准教授などを経て
現 在 東京大学東洋文化研究所新世代アジア研究部門教授、プリンストン
    大学ウッドロー・ウィルソンスクール客員教授、博士(学術)
著 書 『稀少資源のポリティクス――タイ農村にみる開発と環境のはざま』
    (東京大学出版会、2002年、発展途上国研究奨励賞)
    『「持たざる国」の資源論――持続可能な国土をめぐるもう一つの知』
    (東京大学出版会、2011年)
    『野蛮から生存の開発論――越境する援助のデザイン』(ミネルヴァ
    書房、2016年、国際開発研究大来賞)

上記内容は本書刊行時のものです。

目次

まえがき

序 章 環境国家の到来
1 21世紀の「宣教師」
2 「反転する環境国家」とは何か
3 連鎖する反転
4 反転をくい止める力

第I部 環境国家をどう見るか

第1章 「問題」のフレーミング
 ―環境国家の論理基盤―
1 マレーシアの森を壊したのは誰か?
2 ヒマラヤの森林にひそむ不確実性
3 フレーミングの基本パターン――境界線の綱引き
4 フレーミングと環境国家

第2章 環境を介した人間の支配
 ―環境国家のメカニズム―
1 環境国家による色づけ
2 国家による統治領域の拡張
3 「人間支配」のメカニズム
4 支配を媒介する自然環境

第3章 包摂と排除
 ―初期環境国家の形成過程―
1 環境国家のはじまり
2 なぜ日本とシャムを較べるのか
3 日本における包摂的な集権化
4 シャムにおける排他的な集権化
5 シャムと日本の比較――変わる国家・社会関係
6 包摂と排除を分けたもの

第II部 環境国家とアジアの人々

第4章 維持への力
 ―インドネシアの灌漑施設と地域社会―
1 維持への強制が呼び込む「反転」
2 熱帯アジアの灌漑事業
3 国家権力の諸側面
4 国家関与の諸次元
5 地域に迎え入れられる権力

第5章 備える力
 ―タイにおける共有地と自然災害―
1 共有地という備え
2 タイの土地問題
3 津波被災と反転する災害支援
4 国家をかわす
5 先見的国家に備える

第6章 手放す力
 ―カンボジアの漁業と利権放棄―
1 動き回る資源の囲い込み
2 カンボジアにおける漁業と政治
3 政府はなぜ漁区を手放したのか
4 反転する「地域への権限委譲」

第III部 環境国家を乗りこえる日本の知

第7章 文明の生態史観
 ―京都学派と「下からの」環境国家論―
1 京都学派と「下からの」国家論
2 生態学的脱国家論
3 国家が嫌う人々、国家を嫌う人々――スコットのゾミア論
4 東西の脱国家論比較――スコットと京都学派の共鳴
5 環境国家論との関係

第8章 公害原論
 ―被害に寄りそう認識論―
1 公害原論とは何だったのか
2 環境国家と特権化される知
3 忘却と暗黙知の回復
4 公害原論の教訓

第9章 資源論
 ―縦割りをこえた「総合」論―
1 「何もしない」という反転
2 アッカーマンの挑戦
3 縦割りへの挑戦――資源委員会
4 現代環境国家への教訓

終 章 反転をほどく
1 再びラオスの村を考える
2 問題をつくらないために
3 環境ガバナンス論の限界
4 「良い依存関係」へ
5 想定される反論
6 手段と目的をつなぐ依存構造の解明


あとがき
参考文献
図表一覧
索 引


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