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清代回疆社会経済史研究

清代回疆社会経済史研究

堀 直:著
A5判 450ページ 上製
価格:9,020円 (消費税:820円)
ISBN978-4-87259-746-2 C3022
奥付の初版発行年月:2022年01月 / 発売日:2022年01月下旬

内容紹介

18〜19世紀に「回疆」と呼ばれた新疆ウイグル自治区南部のオアシス社会。ユーラシア大陸の最奥地に生きた人々の暮らしや経済を解き明かす。



17世紀後半以降の政治・経済のグローバル化の進展は、西欧・ロシア列強と東方の清朝中国の覇権拡大をもたらした。かつては国際通商路「シルクロード」の大動脈が走っていたユーラシア大陸の内奥部分=中央アジアは、西からロシア帝国、東から清帝国の進出・侵略をうけ、18~19世紀に両帝国によって分割支配され、中央アジア地域の多様な民族集団もまた近代的な国境によって分断された。天山山脈の南北地域は、18世紀後半以降、清の支配下で「新疆」すなわち「新たな領域」として特別な位置づけを与えられた。新疆の南部、タリム盆地周縁のオアシス地域で人口の大多数を占めていたトルコ系イスラーム教徒(現在のウイグル族)も、言語・宗教や支配理念・政治・社会構造を異にする清帝国の支配に服し、彼らの居住地域は「回疆」と総称されるようになった。

本書は、漢文史書類のみならず、テュルク語・満洲語などの多様な一次史料や現地調査の成果を中心に据えて、清朝支配下の「回疆」の社会・経済の実像を精緻に描き出す。中国政府の新疆ウイグル自治区統治政策が国際的に注視されている今日、その前史としての清朝支配下の社会を理解することで、単なる民族/宗教の対立あるいは多民族国家の成立といった表層的な理解を超え、現代に直結する当地の歴史展開を本質的に把握しようとするものである。



本書の内容

第一部では、交通・貨幣・官僚・徴税といった清朝の回疆統治制度の運用実態を明らかにする。ヤルカンド=オアシスの徴税台帳『大木文書』の内容を詳細に紹介・考察し、現地ムスリム官僚(ベク)約50名ほぼすべての人物比定を行う。

第二部では、砂漠に囲まれた回疆オアシス社会の存立に不可欠の灌漑農業とそれを支える水利システムの実態解明に挑む。農村社会と水利行政・ネットワークとの関係やオアシスの耕地面積の拡大過程を実証し、地下水路カーレーズやトウモロコシ(玉米)といった新たな技術や作物の回疆社会への導入と拡大要因を明らかにする。

第三部では、主要都市のヤルカンドとカシュガルを取り上げ、回疆社会の政治・経済・文化の中心であったオアシス都市の構造・施設・機能を復原する。近年の大規模な都市開発によって街区・街路等の構造が大幅に変更されてしまった今日においては、本書で提示される1980年代後半~2000年代前半の現地データ自体が歴史的な価値を有する。

第四部では、チャガタイ語(アラビア文字東テュルク語)、満洲語、そして漢文で記された一次史料を基に、回疆社会に生きた人々の生活の一断面を垣間見る。現地ムスリムたちが犯した殺人事件の数々や、金銭トラブル・男女の痴情のもつれ等、日常の中の様々な事件を通じて一般民衆の生き様が活写される。

さらに史料研究に関わる補論として、『大木文書』の作成年次を咸豊5年秋から咸豊6年春(1855年末~56年初め)の間に特定するもの、および、2000 年時点で利用可能な清代回疆のチャガタイ語俗文書を網羅して検討する。

著者プロフィール

堀 直(ホリ スナオ)

1946 年大分県生まれ
1970 年東京教育大学文学部史学科卒業
1978 年大阪大学大学院文学研究科単位取得満期退学、日本学術振典会奨励研
究員
1980 年大阪大学文学部助手を経て甲南大学文学部助教授
1990 年甲南大学教授
2008 年甲南大学退職,甲南大学名誉教授
2020 年逝去

上記内容は本書刊行時のものです。

目次

序文



序章 新疆経済史の可能性

1.中央アジア史のなかの新疆地区

2.シルクロードの実態と変容

3.清朝の中央アジア統治

4.清末からの新疆の経済



第一部 清朝の回疆統治



第1章 清代回疆の交通事情:軍台と卡倫を中心として

はじめに

1.清朝の支配と軍台

2.清朝の対外政策と交易路

おわりに



第2章 清代回疆の貨幣制度:普爾鋳造制について

はじめに

1.普爾鋳造制の創始

2.普爾鋳造制の確立

3.清の回疆支配と普爾鋳造制

4.道光の改革と制度の崩壊

おわりに



第3章 清朝の回疆統治についての二,三の問題:

ヤルカンドの一史料の検討を通じて

はじめに

1.文書の紹介

2.年代と性質

3.『大木文書』からみた清朝の回疆統治

おわりに



第4章 『大木文書』のベクたち:

中国第一歴史檔案館所蔵史料との検証

はじめに

1.「ベク官人」制度の研究と『大木文書』

2.『大木文書』のベク記事

3.檔案史料に遺るヤルカンドのベクたち

4.『大木文書』の前と後

おわりに



第二部 農村と水利



第5章 清代回疆の水利灌漑:

19~20 世紀のヤルカンドを中心として

はじめに

1.回疆農業に於ける灌漑

2.ヤルカンド= オアシスの灌漑水路

3.ヤルカンド= オアシスの農村社会と水利網

4.オアシス灌漑網の運営

おわりに



第6章 清代回疆の耕地面積:

流れる水から,動かぬ大地へ

はじめに

1.新疆省期の回疆耕地

2.清朝の把握した回疆耕地

3.パトマンをめぐって

4.清代回疆の耕地面積

5.水と土地と種

おわりに



第7章 トルファンのカーレーズ小考

はじめに

1.カーレーズの灌漑面積

2.嶋崎氏の所説

3.嶋崎説の問題点(1)

4.嶋崎説の問題点(2)

5.カーレーズ灌漑農業の経営形態

6.カーレーズの導入と普及の理由

おわりに



第8章 回疆玉米考

はじめに

1.回疆へのトウモロコシの伝来

2.トウモロコシの普及とその原因

3.耕地面積をめぐって

4.回疆農耕の変容

5.変化の背景

おわりに



第三部 オアシス都市



第9章 回疆都市ヤルカンド:景観的復原の試み

はじめに

1.ヤルカンド

2.囲郭と城門

3.商業活動の場:バーザールとサライ

4.宗教・教育施設

5.貯水池その他

おわりに



第10章 ヤルカンドの街区:

旧城内の歴史的プラン復原の試み

はじめに

1.現在のヤルカンド旧城の街区:囲郭撤去の後

2.旧城に囲郭のあった頃:1965年以前のヤルカンド

3.19世紀の『大木文書』にみるヤルカンド旧城

4.オアシス都市の仕組みについて

おわりに



第11章 カシュガル旧城居住街区の点描:

Kona Orda Kocha にいたるまで

はじめに

1.カシュガル「旧城」について

2.「旧城」内の街区:1987~1990

3.居住街区の点描

おわりに



第四部 文書史料が描く回疆社会



第12章 トルファンの回子たち:

嘉慶年間の軍機処文書の一端の紹介

はじめに

1.嘉慶「吐魯番(トルファン)回子訴求案」

2.4点の非漢文文書と3点の漢訳文書の紹介

3.「吐魯番回子訴求案」文書群の構成の復原

4.3点のE.T. 文書

おわりに



第13章 回疆犯科帳:

清代漢籍史料からみたる社会の一断面

はじめに

1.考察の視角・先行研究および史料

2.日常性の内のハプニング:傷害致死事件から

3.物欲のからみ:ベター= ライフを求めた結果に

4.何時でも何処でも:男と女

おわりに



第14章 ウプサラ大学所蔵の二片の回疆公文書

はじめに

1.ウプサラ大学の中央アジア写本

2.ふたつの文書の記事

3.記事内容の検討

おわりに



補論1 『大木文書』の年次についての補論

はじめに

1.拙稿中での私案と補論の理由

2.檔案館の録副・硃批に見える官人ベク

3.『大木文書』中のベク人名と檔案史料

4.檔案史料の可能性

おわりに



補論2 回疆の社会経済文書について:

チャガタイ語文書の紹介を中心として

はじめに

1.回疆の社会・経済史研究の現状:史料的条件から

2.近年の回疆文書の公開

3.文書例の紹介

4.初歩的な諸問題

おわりに



結 章 オアシスに生きた人々

はじめに

1.ヤルカンド= オアシスの古代・中世

2.清代のヤルカンド

3.水利用と交易からみたヤルカンド= オアシス

4.オアシスの中心:囲郭都市

おわりに



文献一覧

跋文

索引


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