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 戦争をまたぐ歴史のなかで小津映画の日常

小津映画の日常 戦争をまたぐ歴史のなかで The Cinema of Ozu Yasujiro: Histories of the Everyday

A5判 356ページ 上製
定価:5,400円+税
ISBN978-4-8158-1002-3 C3074
奥付の初版発行年月:2020年10月 / 発売日:2020年10月上旬

内容紹介

無の美学から日常の政治性へ――。小津は保守的で日本的なのか。だとしても、それはどういう意味でか。映画産業との関係を含め、大不況や戦争、復興など、近代性と葛藤する同時代の日本の歴史的文脈の中、それとせめぎ合う作品を精緻に読み解き、新たな小津像を提示した国際的力作。

前書きなど

日本の映画監督の中で、小津安二郎(一九〇三~一九六三)は長らく特殊な地位を占めてきた。彼は一般に、日本映画の三大巨匠の一人として――黒澤明、溝口健二と並んで――認知されているが、その中でも「最も日本的な」監督としてよく知られている。彼は「一種の代弁者として」、自身の映画で「日本的味わい」を表現していると言われるのだ。だが、小津の映画を言い表す言葉のうちで、この「日本性」ほど誤って伝えられ、かつ誤解された言葉はない。小津作品は当初、理解に特別な努力を要する「異国風の」ものとして、欧米諸国に紹介された。伝えられるところによれば、日本の映画産業は、西洋の観客に理解されないのではないかという危惧から、小津の映画を西洋に輸出するのに乗り気ではなかった。後から振り返って考えると、これは、たとえ逆立ちした形のオリエンタリズムではないとしても、全くナンセンスである。『羅生門』(黒澤明、大映、一九五〇年)、『雨月物語』(溝口健二、大映、一九五三年)、『地獄門』(衣笠貞之助、大映、一九五三年)といった時代劇映画が一九五〇年代初めに西洋で博した好評を継続させるのが、日本の映画製作者たちの真の狙いだったというのは、おそらく事実だろう。だが、たとえそうだとしても、現代の欧米の観客が、都会に暮らす家族のドラマである小津の『東京物語』(一九五……

[「序章」冒頭より/注は省略]

著者プロフィール

朱 宇正(ジュ ウジョン)

韓国・ソウルに生まれる。2006年、ニューヨーク市立大学映画・メディア学科卒業。2012年、ウォーリック大学(英国)大学院映画・テレビ学科博士課程修了,Ph. D. 日本学術振興会外国人特別研究員、名古屋大学大学院人文学研究科人文学専攻助教(「アジアの中の日本文化」プログラム担当)などを経て、現在、名古屋大学大学院人文学研究科超域社会文化センター共同研究員。著書、The Cinema of Ozu Yasujiro: Histories of the Everyday, Edinburgh U. P., 2017.

上記内容は本書刊行時のものです。

目次

凡例

序 章
小津、歴史、日常
日常を研究する
日常と日本の近代
小津研究における方法――テクストと文脈

第1章 初期の小津
――小市民映画と日常的リアリズム
松竹の誕生――小山内と野村
蒲田調と日常のリアリズム
日本の中産階級と小津の小市民映画
日常における逸脱

第2章 過渡期における小津
――サウンドの到来とファミリー・メロドラマ
小津とトーキー
喜八もの――ノスタルジックな世界への/からの旅
共感における連帯――小津の女性映画

第3章 戦時期の小津
――ブルジョワ・ドラマと国策映画の間で
軍国主義との妥協――大船と小津の戦時期
ブルジョワ婦人と日常のジェンダー・ポリティクス
不在の父と小津のヒューマニズム的戦争ドラマ

第4章 戦後の小津
――占領期の小津映画と復興された東京
戦争、戦後、近代
占領期の小津映画における日常とジェンダー関係
一つの都市の二つの物語――復興された東京と失われた東京

第5章 晩年の小津
――新世代と新サラリーマン映画
新世代
新生活

終 章


あとがき
参考文献
図表一覧
索引


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