学術専門書にとっての書店という販路

石橋 毅史



 適切な販路は個別に存在する

 今年に掲載した「新文化」の記事で個人的にも強く印象に残っているものの1つに、雑誌「風の旅人」(ユーラシア旅行社)の紹介がある。そもそもは同誌と縁の深い方から、とてもいい雑誌なのだが編集長がいろいろと苦労している、紙面で応援してくれないかと依頼され、佐伯剛編集長に会いにいったのだが、話してみると、「応援」などとんでもない。「ビジネスモデルの一端でもいいから紹介させてください」と、こちらから取材の承諾を得ることになった。
 以下、2月14日号最終面の記事から要約する。創刊は2003年。秘境・辺境の旅行企画などを事業にするユーラシア旅行社が、顧客とより深く繋がるための媒体として企画した。「広告収入に依存しない制作体制」「インターネットで扱われる情報を避け、雑誌でしかできない表現にこだわる」を二大方針とし、人間、社会、歴史、自然といった観念的なテーマについて、さまざまな書き手が執筆する。書き手の知名度による扱いの差はない。1ページのなかに写真も文章も載せるような「ちまちました使い方」はせず、どちらもスペースを贅沢にとったデザイン、レイアウトを施す。創刊時には3000の書店に手紙を書き、置きたいと希望してくれたところから始めた。2号からトーハン、その後は他の取次会社とも口座を開設している。
 興味深いのは、広告の方針と方法である。後ろのほうに紹介記事を載せたうえで、広告料は徴収せず、掲載誌を2000部買い取ってもらう。「ウチはこのような雑誌に紹介されています」と、その企業の顧客や取引先などにPR媒体として配布してもらうのである。このやり方だと、「風の旅人」という雑誌に共鳴できない企業は広告を出さないだろうし、企業側も「風の旅人」を気に入らないような相手には掲載誌を渡さないだろう。
 「100人のうち、極端にいえば99人には無視されてもいいと思っているんです。この雑誌を心から好きになってくれる1人と、確実に出会いたい」と佐伯編集長は語っている。毎号2万5000部を発行、うち取次会社に委託で預けるのは8000部という。
 こうした雑誌、こうした広告手法は、個別に見れば過去にもなかったわけではない。しかし、
  どんな本を作りたいか
  誰に届けたいか
  そのためにどんなインフラを作るか
 この3つがきちんと1本の線で繋がった出版展開ができていれば、「効率化」が進む現在の取次ルートのなかでも、小部数出版が生き残っていくことは可能なのかもしれない、と改めて考えさせられた。
 いま、「誰に届けたいか」というと、データを積み重ね、「20代女性」といった曖昧で実態のない読者層を想定せずにマーケティング・商品開発を行い・・・というイメージがあるが、「風の旅人」にとっての「誰」は、そういう種類のものではなかった。最近の雑誌に食い足りなさを感じ、人間・社会の根源的なテーマばかりを扱うような「重い」雑誌を求める人、もっといえば佐伯編集長が面白いと思う雑誌を同じように求める人、を想定している。「読者層」とはそのように設定するものなのではないか、ということも再認識させられた。
 「販路(PLACE)」に絞るはずが、つい「製品」「プロモーション」まで含んでしまっている。しかし、これらは一緒にしないと話がしにくい。書店直取引や読者直販をメインに経営を成立させている出版社を定期的に取材した時期がある。自分なりの「販路」を作り上げた人たちの話に共通していたのは、やはり前述した3つを一体化させて考えている、ということだった。それが「ケータイ小説」だろうが「学術専門書」だろうが、「どんな販路がよいか」だけを抜き出して考えることは、実際にはありえないのである。最適かそれに近い方法は、その本の特性や使える費用などによって個別に存在しており、本来、法則やマニュアルはないのだと思う。

 年間800点=市場の1%

 その前提で――。「風の旅人」や、独自の販路を確立している人たちにあって、とくに多くの中小・零細規模の出版関係者にない、と感じられることを挙げたい。
 それは、「市場の全体像をよく把握すること」である。全体が向かっている方向、皆が一様にやっていることを察知する力が、こういう人たちは優れていると思う。「風の旅人」にしても、編集内容、販売・広告手法が、いまの雑誌の全体状況を捉えたうえで、それへのアンチテーゼをたぶんに含んでいるのは明らかである。
 そこで一例として、「出版市場」のなかで大学出版部がどのような位置にあるのかを大雑把に見てみた。
 出版ニュース社発行の「出版ニュース2008年5月中・下旬号」によると、2007年は4055社から8万595点(前年比22点減)の新刊書籍が出た。このうち年間10点以上を出した社は1091あり、多い順にリストアップされている。ここから、大学出版部協会会員の名前を抜き出してみた(順位・名前・新刊点数、カッコ内は2006年の点数)。
  103位=東京大学出版会・140(129)
  173位=慶應義塾大学出版会・95(110)
  219位=法政大学出版部・77(75)
  313位=京都大学学術出版会・54(44)
  441位=東京電機大学出版局・39(36)
  455位=東海大学出版会・37(41)
  520位=玉川大学出版部・31(36)
  537位=九州大学出版会・29(32)
  586位=名古屋大学出版会・26(28)
  598位=中央大学出版部・25(33)
  604位=北海道大学出版会・25(28)
  617位=東北大学出版会・24(19)
  626位=早稲田大学出版部・24(27)
  710位=関西学院大学出版会・19(20)
  801位=女子栄養大学出版部・16(17)
  805位=専修大学出版局・16(16)
  835位=産業能率大学出版部・15(12)
  857位=麗澤大学出版会・15(18)
  871位=関西大学出版部・14(12)
  983位=東京農業大学出版会・12(17)(注1)
 現在の会員数31のうち21会員がこの1091社のなかに入っていて、21会員合計で749点(06年は764点)になる。その他の10会員については確認しなかったが、それを含めると、およそ800点になるのだろう。つまり、全新刊点数の8万点のうち、1%が大学出版部協会から刊行されたことになる。
 この「800点=1%」は、多いのか、少ないのか。
 見方はいろいろできる。同じデータから上位出版社と比較した場合、講談社の3分の1強、文芸社の2分の1、PHP研究所や集英社とほぼ同じである。取次経由で書店や図書館に出荷された「商品」として単純に考えると、送品稼働日換算で1日当り300点の新刊があり、そのうち3点は大学出版部協会会員の本が入っていることになる。
 もうひとつ、紀伊國屋書店が2004年度分から開始した、年間の出版社別売上げランキングも見てみた。「新文化」2008年1月31日号では、2007年のランキングを上位300社まで掲載したが、大学出版部協会会員でランクインしているのは、86位の東京大学出版会で、売上金額は約1億6400万円(前年は118位。07年は外商などの売上げも加算したため、専門書系出版社の順位は全体に持ち上がった)。雑誌出版社もすべて入れての順位だから、マーケットデータにおける東大出版会は、会員のなかでも突出していることが改めてわかる。
 さらに、紀伊國屋書店は2004年〜06年度までは出版社別の売上げ占有率まで公表していたが、その3年間、東大出版会の書籍売上げ占有率は0.18〜0.23%だった。外商なども含めるようになった07年の占有率は非公開だが、もう少し上がっているかもしれない。
 一方、東大出版会からみた紀伊國屋書店の売上げ占有率は、間違いなくこれより上だろう。一般に、大手出版社における紀伊國屋書店売上げは全体の3%とか5%とかいわれるが、それよりもずっと高い比率だと思われる。こうした傾向は、紀伊國屋書店に限らず、丸善、有隣堂、ジュンク堂書店など他の大手書店でも同じようになるはずだ。
 規模は違っても、どの大学出版部も同じ傾向にあるのではないか。大手書店の「専門書」分野の売上げ比率は、一般に10%台とされる。実際は個々の書店によっても違うが、これら市場の状況を考慮していくと、学術専門書も小さなパイを食い合っているのはたしかである。
 「今さら何を」と言われそうな話を数字で確認することになったが、書店の現状も勘案すると、取次ルートにおける大学出版部の本は一部を除いて非常に狭き門へと押しかけているのが見える。近年の大型書店の出店ラッシュは今後やや抑制され、淘汰の時代に入るとみられる。無限の規模を陳列できるアマゾンのようなインターネット書店は、学術専門書にとってますますありがたい存在になっていくだろう。

 まずは書店に

 では、学術専門書にとって書店という販路にはネガティブな未来しかないのかというと、少なくとも今は「まだやっていないこと」が多い印象がある。
 ある大手書店の人文書担当者は、「背表紙の一冊一冊を抜いてもらえる棚を確立したい。念頭においている顧客は大学の先生。しかし、訪店してくれる大学出版部は限られている」と話していた。東京都書店組合青年部では一昨年、「掘り出し選書」と題して専門書販売に取り組んだ。細かく挙げないが、サバイバルの厳しさのわりに、さほど多くは売れないはずの専門書を売りたいと考え、専門書出版社との情報交換を求める書店は、今も少なくないのである。それは、何のために書店を、そして書店員を続けていくのかが問われるいま、このようなジャンルを扱うことが精神的支柱にもなるからではないか。
 取次ルートが新刊過剰状態に陥り、「効率販売」が進むからこそ、学術専門書の特異性は際立つ。まずは書店との、これまで以上の交流からではないだろうか。
(新文化通信社)

■注
(1)点数のカウントはトーハンや図書館流通センターへの登録を中心にしているので、各出版社の発行状況が完璧に反映されているとは限らない。[→本文へ戻る]



INDEX  |  HOME