行(ぎょう)の建築

比叡山延暦寺 常行堂・法華堂

松崎 照明



 京都の北東、都の鬼門を守る比叡山延暦寺には、平安時代以来、常行(じょうぎょう)、常坐(じょうざ)、半行半坐(はんぎょうはんざ)、非行非坐(ひぎょうはんざ)の四種の三昧行が伝えられている。
 常行堂と法華堂は、この中の常行三昧と半行半坐三昧を行うための建物で、両堂はいずれも方五間の正方形平面とされ、同形同大の二つの建物が、渡廊(わたろう)で繋がれている。二堂が並び、廊下で繋がれるこの構成がいつ頃成立したかは明らかでないが、延暦寺の古い建物は正方形であることが多く、平安前期の東塔総持院(そうじいん)でも、方五間の多宝塔を中心に、同じ方五間の灌頂堂と真言院が東西に並び、それぞれが昇廊で結ばれていたから、平安時代には既に造られていたかと思う。
 全く同じ形の建物が並ぶ、外形の「双(そう)」の関係に対して、内部は片方を、ひたすら歩き続ける常行三昧の道場とし、一方は座ることを中心とする半行半坐として内容を変え、「一対(いっつい)」としているのは、対称を非対称の均衡へと変えてゆく日本特有の方法と言えよう。さらに渡廊の下は中央を一段高くし、その下を潜って西塔中堂正面へと至る門の役割をも兼ねさせ、廊と道が立体交差する見事な空間を造りだしている。
 常行堂では、常行三昧が始まると、全ての扉は閉じられ、中央の本尊阿弥陀如来と四隅の壁に掛けられた阿弥陀の名号軸だけが灯明で照らし出される。行者は南無阿弥陀仏の名号を唱えながら、それをたよりに本尊の周りを右回りにぐるぐると回り続ける。三昧行は食事と用便の時間を除いて九十日間絶え間なく続けられるので、続けるうちに行者は歩きながら眠ってしまい、床に倒れ伏してしまう。倒れては起き、起きては倒れを繰り返すうちに、行者は、本尊の周りをぐるぐる回っていたはずの自分が、いつの間にか壁の阿弥陀如来に向かって延々と真っ直ぐに歩いているように錯覚するのだという。今は描かれていないが、平安時代の堂内四方の壁には極楽浄土が描かれていたから、行者はあたかも極楽浄土に向かってひたすら歩いていくように感じたはずである。堂内での肉体的な回転運動は、いつの間にか意識上での直線運動へと変換され、広大な仏の世界へと広がり出るのである。
 後に、この常行堂の念仏三昧と建物の意匠が都へと降りて、平等院に代表される平安時代の繊細優美な阿弥陀堂建築が生まれ、行道は堂外へと出て千日回峰行に連なっていく。
(建築意匠)



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