事務局「事務所」という場から

三浦 義博



 大学出版部協会事務局「事務所」

 JR御茶ノ水駅改札を出て聖橋を渡る。湯島聖堂を右手に見ながら、湯島天満宮への道を真っ直ぐに歩いてゆく。清水坂下交差点から坂道を少し登ると、左手に明石書店の真紅の看板が見える。その明石書店一階に、大学出版部協会事務局は開設した。
 普段はあまり人通りが多いとはいえない参道のようなこの道は、正月三箇日や梅の季節になると、湯島天満宮詣での人で溢れるそうである。宣伝効果抜群の場所であるらしい。元旦には28大学の「大学案内」を参拝者に配布する、等という話まで出ている。冗談かと思って聞いていると、ホントだったりするから恐ろしい。
 事務所は道路沿いの二方向がガラス貼りで開放的である。惣塚事務局員は早速28大学出版部の図書目録をガラス窓に沿って展示し、道行く人たちの目をひいている。
 昨年4月8日の幹事会終了後に、事務局事務所候補のこの場所を訪れた時は、単なる15坪の空間に過ぎなかったが、事務機器が徐々に揃い、いかにも事務所らしくなってきた。しかし購入した物は一つもない。全て頂き物である。わが事務局員によると唯一不足しているのは「ビールを沢山収納できる冷蔵庫」だけだそうである。
 7月1日の法人登記を経て、僅か1ヶ月で事務局のインフラが整い、機能し始めたことに小さな感動さえ覚える。多分にそれは、定款認証作業の緊張感に起因するものであろう。

 定款認証顛末記

 2005年7月1日が「有限責任中間法人大学出版部協会」の登記日であることは、既定の方針であった。そのためには、6月23日に公証人役場で定款認証を得なければならない。全国28大学出版部を定款巡回させて、代表者の契印・捺印・捨印を揃えなければならない。どうしたものか、時間がない! カレンダーを睨みながら頭を痛める。どう計算しても1日不足だ。
 6月8日であったと思うが、山口理事長に「関東18大学の定款巡回をどうするのか」と問われた時は「山口さん、間に合いません。登記日が遅れると思います」という回答が喉元に詰まって、返答に窮した。
 定款の巡回をどこから始めるか。三浦総務担当幹事が九州から始めることを即断する。巡回経路の第一段階は、九州大学出版会→北海道大学図書刊行会→東北大学出版会→関西地区と決まる。関西地区では京都大学学術出版会の小野関西支部長が持ち回り(走り回り)、予定の日数を1日短縮して巡回経路第二段階の中部地区に送る。名古屋大学出版会の伊藤さんは三重大学へバイク便を飛ばし、三重大学はその日のうちに関東地区に送ると言う。これで間に合う可能性が出てきた。
 関東地区18校の巡回計画を各出版部に連絡する。すべてOKという返事。間に合うようだ。
 6月20日の玉川大学出版部を皮切りに、三浦(義)、三浦(邦)、惣塚の事務局3名が日々定款をバトンタッチしながら持ち回り、23日正午に東京大学出版会に到着。28番目に東京大学出版会の代表者捺印を頂いて完了。三浦総務担当幹事と2人で司法書士事務所へ赴く。定款、印鑑証明、現在事項全部証明書を確認の上、神田公証人役場に持ち込み、定款認証を得ることができた。公証人の先生が、専修大学法科大学院の教授も勤める学究肌の人であったことも幸いしたかもしれない。「労作ですね。いいでしょう。定款認証いたしましょう」と言っていただいたときは、緊張感が解けてなんとも言えずホッとした。初期の予定通り「有限責任中間法人大学出版部協会」の発足である。
 土日を除き、全国28大学出版部を11日間で巡回したことになる。
 定款を持ちまわりながら、汗を拭き拭き思った。凄い結束力だ、と。この結束力を法人化以降の事業展開にどのように結びつけるか。「有限責任中間法人大学出版部協会」には可能性がある、と。

 有限責任中間法人大学出版部協会の事業

 「近未来の実現可能な構想」(渡邊勲『大学出版』64号)に大学出版部協会が法人へ移行することの必然性、意味合いなど「法人化の原点」が描かれている。併せて「活発化する大学出版部」(山口雅己『出版ニュース』9月中旬号)を読んでいただくと、有限責任中間法人大学出版部協会の今後の道筋が理解できるのではないだろうか。
 大学出版部協会が法人化した今、協会にとって必要なことは目的に向かって行動を開始することである。その「目的」と「何をするか」は、定款第3条に記載されている。
 定款第3条には「当法人は、日本における大学出版部の健全な発展をはかり、もって学術文化の向上と、社会の発展に寄与することを目的とし、その目的に資するために、次の事業を行う」として10項目の事業を掲げている。
 (一)機関誌の編集及び発行 (二)書籍の発行及び販売 (三)各種書籍刊行助成に関する業務 (四)著作権に関する業務 (五)出版に関する研修会、講演会の開催 (六)出版文化の普及、啓発、調査及び研究 (七)国内の出版に関係する諸団体との連絡・調整・交流 (八)外国の大学出版部、その連合組織及び学術諸団体との連絡・調整・交流 (九)社員相互の連絡と親睦 (十)前各号に掲げる事業に附帯又は関連する事業
 上記10の事業の殆どは、大学出版部協会42年の歴史において、先輩達が積み重ね、現4部会が実行しているものが殆どである。法人として実行すべき新たな事業も付加されてはいるが、大学出版部協会にとっては、等身大の事業項目である。大きな違いは一つ、法人格を獲得したことにより「事業化という新たな色彩を帯びた」ということである。
 大学出版部協会の事業展開は、従来もそうであったように4部会による基本計画が中心となるべきである。協会活動の核である4部会による事業計画の立案と実行こそが、協会活動を永続的に支えるのである。事業計画には収益事業の他に大学出版部協会として相応しい文化事業も含まれる。そして4部会の活動枠に入らない事業計画は常任理事会と事務局、さらには社員から提案されるであろう。

 社員それぞれの位置

 だが現状はそれほど単純ではない。社員28大学出版部はそれぞれの顔を持っている。大学出版という共通項を共有しつつも決して一様ではない。経験と実績においても組織運営上の問題においても個々に違いを持っている。大学出版部協会社員出版部の2004年の新刊総刊行点数は730点であり、業界全体の新刊刊行点数の1%程度であろうか、出版業界の中では大きな勢力とは言えない。
 日本の出版界では今「複写権」が大きな課題として浮上しているが、「出著協ニュースNo.16」の「出版物委託状況一覧」によると、8大学出版部1389点が見えるだけであり、その内1192点が東大、東京電機大、東海大の委託出版物である。委託出版物のラインアップも決して充分とは言えない。「複写権」問題の前提条件である「出版契約」がどの程度締結されているのか、という問題もありそうだ。権利主張をするにしては、大学出版部協会は弱体である。
 社員28大学出版部の規模が小さいことは決して問題ではないだろう。「大学出版という共通項を一様に持つ強み」を発揮し、日本の出版業界に独自の地歩を築くことは可能である。しかし「社会的に弱体である」ことは致命的である。規模は小さくとも、法人としての大学出版部協会がその使命と役割を果たすためには、業としての出版を成立させる法的インフラ整備は欠かせない。
 今まで以上に衆知を集め、28大学出版部の「決して一様ではない個別事情」を呑みこみながら、どのような形で有形・無形の利益還元を社員に対してできるのか、大学出版部協会がどのような方法によって社会的自己表現ができるのか、常任理事会と事務局そして4部会には、将来を見据えた議論と展望が求められている。そして法人化とはそれを可能にするシステムでなければならない。
 「キーワードは連携・協働の強化である」(「活発化する大学出版部」)、あるいは「法人化を実現出来たとしても、その活動の実際は法人化前と代わり映えのしない水準にとどまる事は許されない」(「近未来の実現可能な構想」)とはそのような意味合いにおいて理解されるべきであろう。

 事務局の機能について

 さて「事務局事務所」であるが、「協会の「自立」を促進し法人化後の協会運動を実質的に支えることになるのは、事務局である。事務局に姿かたちを与えるのは事務所と事務局員である。事務局は仕組みであり、事務所は具体的な「場」であり、事務局員は場に依拠しながら運動の一翼を担う人間である」(「近未来の実現可能な構想」)、という一文が全てを言いつくしている。
 「有限責任中間法人大学出版部協会」の目的実現のためには「仕組みとしての事務局」と「具体的な場としての事務所」が如何に有機的に機能するか否かにかかっているようだ。
 そのためには、事務所が「人の集う場」「議論の場」「情報の集約・発信の場」として機能することが求められる。
 ちと大雑把な三浦事務局長と、少しばかり小うるさい惣塚事務局員が陣取る事務所では、既に国際部会や営業部会が開催され、「大学出版部連絡会」や「関西共同販売機構」の会議が開かれるなど、訪れる人も少しずつ増えている。書類の整備や資料の収集が徐々に始まり、新刊の展示なども実験的に始めている。
 大学出版部協会創設以来、事務局機能は実質的に東京大学出版会が担ってきた。協会の自立と運動の場として新たに開設された事務局事務所を「協会運動の夢を語る」「場」として、協会運動の活動拠点として、更には遠隔地出版部の東京分室として、多くの協会員に利用してほしいものである。
(大学出版部協会事務局長・東海大学出版会)



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