大学出版部と大学図書館

赤澤 久弥



 学術情報は、「著者(生産)→出版者(編集による価値付与)→図書館(収集・蓄積・提供)」を循環する、「円環」を成してきた。今、大学図書館は、電子化とネットの広がりによる、学術情報流通の変化の波に洗われている。その中にあって、円環における近しい隣人として、大学出版部と大学図書館の関係は、どう描かれるのであろうか。

 20年近く前、アメリカ図書館協会の機関誌に掲載された“University Press and Libraries”という特集に、ある出版人が、ファンドの減少など大学出版部を巡る状況を語る一文を寄せている。そこで図書館との関係は、‘Reaching Library’という一節で、マーケティングの取り組みの対象として、述べられる。誤解を恐れずに言えば、確かにこれも、「出版する側と購入する側」という、大学出版部と大学図書館の関係の一面には違いない。その論は、テクノロジーの進展によって、大学出版部と図書館に新しい関係がもたらされる可能性に触れて、終わっている。
 近年、アメリカでは、大学出版部と大学図書館の協働によるプロジェクトが、いくつか見られる。例えば、コロンビア大学出版局と図書館員の運営による、国際問題関係の会議録や書籍の全文を提供する“CIAO(Columbia International Affairs Online)”、ジョンズ・ホプキンス大学の出版局と図書館が共同で、人社系中小出版社のジャーナルを電子化している“Project MUSE”などである。また、歴史学分野の電子出版・アーカイブ“History E-BookProject”の審査委員会には、研究者、編集者とともに、図書館員も参加しているという。学術情報流通の変化をもたらした「電子化」は、また、20年前の可能性を現実のものとして、「売る側と買う側」の関係を越えた、大学出版部と大学図書館の新たな関係のキーともなっている。

 では、日本の大学図書館における「電子化」は、どのような状況にあるのだろうか。図書館の電子化は、80年代からの目録など従来のサービスのコンピュータ化に始まり、90年代半ば以降からの貴重書等の電子化、そして2000年頃からの電子ジャーナルの急速な普及を経て、今に至っている。そうした中、今後の電子図書館像を「情報の発信者(生産者)と受信者(利用者)を結ぶ付加価値を持ったインターフェイス」として、その方向性を唱導するレポート、『電子図書館の新たな潮流』が、2003年に公表された。これにより、大学図書館の電子化の次なる指向を概観できると思われる。そこで、この報告書が示す、今後の電子図書館に求められる6つの機能を挙げておく。
(1)自大学で生産される電子的な知的生産物を収集・蓄積・発信する「学術機関リポジトリ」
(2)資料電子化の高度化と教育・研究との連携などによる電子化資料の利活用
(3)図書館サービスをウェブ上で統合的に提供し、パーソナライズ機能などを備える「図書館ポータル」
(4)インターネット上の有用な情報を評価・選択し、主題に基づいたナビゲーションを提供する「サブジェクト・ゲートウェイ」
(5)ネットワークを利用して、リアルタイムで調査・質問に対応する「同期型デジタル・レファレンス」
(6)利用者に、図書館利用法や情報探索法の自学自習機能を提供する「オンライン・チュートリアル」
 ところで、このような「電子図書館」サービスで先行しているアメリカの大学図書館では、図書館の利用傾向が変化しているという報告がある。ARL(米国研究図書館協会)の1991年からの統計によると、貸出数や対面レファレンスサービス数、館内利用数が減少傾向にあり、こうした傾向の背景には、電子化の進行があるという。電子図書館への指向は、従来の図書館像の揺らぎを伴っている。また、「電子図書館」の役割を演じるのは、ひとり、図書館だけとは限らない。先ごろ、Googleが公開した学術文献検索に特化する“Google Scholar”や、大学図書館の蔵書などを電子化し検索対象とする“Google Print”などのプロジェクトも、そうした可能性の証左といえるかもしれない。遠くない将来、「図書館」は、電子化の波の中に溶けていくのだろうか。それとも、あらたな像を結ぶのだろうか。いずれにせよ、電子図書館像の模索は、学術情報流通の円環の中に、図書館の立ち位置を求める試みであるといえるだろう。

 さて、図書館が提供しようとしている、電子図書館における「付加価値」は、情報の提供機能の強化、そして情報へのアクセス支援の機能として集約することができるだろう。これらは、図書館が以前から担ってきた、「情報の収集と提供」という機能の拡張ともいえる。ところで、ここでいう電子図書館の中に、情報を評価し再構成して公のものにする、「編集」という価値付与の機能は、含まれていない。もちろん、言うまでもなく、その役割は、従来出版が担ってきたものである。では、電子化の波の中で自らの立脚点を探るとき、「情報流通における付加価値」が、出版と図書館の共通の志向であるとするならば、ここに、協働の方向性を見出すことはできないだろうか。
 そこで、そのひとつの可能性として、『電子図書館の新たな潮流』にもあげられている、「機関リポジトリ」を考えてみたい。これは、学術情報をインターネット上で障壁なく公開することを企図する、「オープンアクセス」運動の中で、現在、注目されている取り組みである。これはまた、大学の生産物を公開するものとして、社会への説明責任の文脈の中にも位置づけられる。この機関リポジトリの課題の一つとして、搭載される情報の品質保証が指摘される。これは、それ自体に、搭載された情報の品質を担保する機能は持たないためである。よって、機関リポジトリが、学術情報流通の中において有効に機能するためには、インパクトのあるコンテンツが求められることになる。またそのことは、不可欠な「装置」として社会に認知されることと、表裏をなすものであろう。さてここに、機関リポジトリが大学内の知的生産物を対象とするという点から、その機能を介した、大学出版部と大学図書館の連携の一様態を見出すのは、飛躍が過ぎるだろうか。つまり、「「編集」により価値を付与されたコンテンツを「情報の収集・提供」の装置である機関リポジトリで、社会に発信する」というモデルである。

 最後に、大学出版部と大学図書館の関係を巡る問いに戻りたい。学術情報流通の変化の中、「円環」が再生するのか、それとも、消えていくのかは分からない。しかし、「電子化」をキーにした大学出版部と大学図書館の連携は、それぞれの機能の融合の先に、「円環」を新たな形として再構成する可能性もはらんでいるのではないだろうか。
(京都大学工学部・工学研究科電気系図書室司書)

参考文献
  • 土屋俊「学術情報流通の最新の動向――学術雑誌価格と電子ジャーナルの悩ましい将来」現代の図書館、四二巻一号、2004。
  • 鈴木哲也「大学出版部は存在意義を示せるか――京都大学学術出版会の取り組みから」情報の科学と技術、五三巻九号、2003。
  • 長谷川一『出版と知のメディア論――エディターシップの歴史と再生』みすず書房、2003。
  • Chandler B. Grannis. "New directions for university presses", Library Journal, 111(13), 1986.
  • 国立大学図書館協議会図書館高度情報化特別委員会ワーキンググループ「電子図書館の新たな潮流――情報発信者と利用者を結ぶ新たな付加価値インターフェイス」2003。《http://wwwsoc.nii.ac.jp/janul/j/publications/reports/73.pdf》(参照2005.1.10)




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