能楽の四季 冬

雪の舞

中西 通



 能楽資料館の秘蔵の能面の一つに、赤鶴一透斉作の「小面」がある。作者赤鶴は古文書によれば弘安年中の人といわれ、鬼の面の上手、いいかえれば強い表情の面を得意とした作者であった。女性の、とくに若い女性の面が残されているのは、他にほとんど例がない。
 この小面はもともと金春家のものであったらしく、面裏に金春家三代、竹田七郎の名が刻まれている。その後時代の変化のなかで、現在は私の手許にある。現存する「小面」中の逸品である。
 他方、金剛流の宗家とは、先年伝来の能面集『金剛家の面』の編集・構成を担当したこともあってたいへん親しくさせていただいているが、その能面集の制作中から、赤鶴作の小面をなんとか舞台で使ってみたいものだということが再三にわたって話題となっていた。
 今年の9月8日、丹波篠山における年中行事「丹波夜能」でそれが実現することになった。演目は「雪」、シテはもちろん金剛流金剛永謹宗家である。「雪」は金剛流にのみ伝わる。旅の僧が雪の精に逢い、その迷いを晴らすという物語的展開は単略なものであるが、月の下袖を翻して舞う「序の舞」の美しさは格別であった。古い面、とくに室町時代のものを舞台に提供するときは、相当な覚悟を必要とするが、舞姿の美しさと神々しいまでの「小面」のもつ力に、私は終始呆然としていた。素晴らしい舞台であった。

 この丹波夜能が終わると篠山の秋は早い。日本中どこでもそうだが秋祭りのシーズンとなる。能楽殿のある春日神社も、秋の例祭である。京風の山鉾が九基、神輿四基、太鼓御輿八基、田舎にしては華麗、勇壮な祭の巡幸絵巻である。子どもはもちろん、大人もそわそわする。家々の献燈丁灯が情緒をかもす。
 やがて秋が深まって年の瀬が訪れると、もう「翁の神事」新しい年を迎える。考えると私は年中お能の世話で過ごしているようだ。
(能楽資料館 館長)



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