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コリャーク言語民族誌

コリャーク言語民族誌

A5判 398ページ
価格:8,360円 (消費税:760円)
ISBN978-4-8329-6707-6 C3087
奥付の初版発行年月:2009年02月 / 発売日:2009年03月下旬

内容紹介

本書は,北アジアに分布する古アジア諸語のうち,シベリア北東端のチュコトカ半島からカムチャツカ半島にかけて話されているチュクチ・カムチャツカ語族のひとつ,コリャーク語を対象としている。著者はこれまで十数年にわたりロシア連邦マガダン州のコリャーク族のトナカイ遊牧キャンプにおいて,コリャーク語の現地調査をおこなってきた。コリャーク語は話者数4,000人足らずの危機言語であるが,その言語構造のみならず,言語とその背景にある文化との関係についても十分に知られていない。したがって調査では,コリャーク語の音韻,形態,統語論的掘り起しをおこなうとともに,民俗語彙の収集と分析を通した言語人類学的考察もおこなってきた。
本書は,このうち後者,すなわち,コリャークの彼らをとりまく多様な環境の範疇化と,これに対する適応活動に現れた特色を民俗語彙の分析をとおして言語的側面から炙り出し,言語人類学的成果として纏め上げたものである。具体的には,コリャーク語に投影されているトナカイ遊牧民コリャークを取り巻く自然環境とこれに適応対処するための生業活動,さらには衣食住にかかわる活動,ならびに,自然的・社会的・超自然的な環境である人の誕生と死をめぐる伝統的習慣に焦点を絞った言語人類学的記述を試みている。
 まず第1章では,コリャーク語という言語そのものの輪郭を描く。系統,方言分類,言語保持状況に加え,音韻,形態,統語にかかわるコリャーク語の構造的特徴について略述し,コリャーク語とはどのような言語なのかを概観する。
 第2章では,対象地域の自然環境をはじめとする地理的概観をおこなう。
 本書の骨子部分である第3〜6章では,時空間,トナカイ遊牧・漁労・狩猟・植物採集などの生業活動,衣食住,人の誕生と死などをめぐる範疇化のありようを,主に民俗語彙の分析を通じて描いていく。このうち,第3章「時空間の範疇化」,第4章の「生業活動の範疇化」,第5章の「衣食住の範疇化」では,いわば自然環境に対する認識と適応対処のありようが考察される。一方,第6章「誕生と死の範疇化」では,自然的かつ生物学的営みであると同時に,ある集団のなかに産み落とされ,そこから去って行くという意味では社会的であり,また,霊魂,あの世などの観念と結びついているという意味では超自然的でもある人の誕生と死に対する認識と適応対処のありようが考察される。
 以上のような構成は,文化を環境と人間活動が相互に制限しあって織りなすネットワークと捉える生態人類学,文化を当の集団が環境を認識し,秩序づけ,解釈する固有の分類システムであるとする認識人類学の立場に依拠している。自然環境,社会環境,超自然環境と人間活動が織りなすネットワークのなかで,人はこれらの環境を固有なしかたで認識するとともに,その認識にもとづき適応対処をはかっていく。そのような人の営みにおいて言語は環境を認識し整理する,すなわち,範疇化する働きを果たしていると捉えることが,本書の理論的立場である。



著者プロフィール

呉人 惠(クレビト メグミ)

1957年に山梨県甲府市に生まれる.東京外国語大学大学院外国語学研究科アジア第一言語専攻(修士課程)修了,北海道大学文学部助手,富山大学人文学部助教授をへて,現在,富山大学人文学部教授.○主 著:『危機言語を救え—ツンドラで滅びゆく言語と向き合う』(2003,大修館書店),『モンゴルに暮らす』(1991,岩波新書),『怒れる神との出会い 情熱の言語学者ハリントンの肖像』(訳,キャロベス・レアード著,1992,三省堂).○主論文:コリャーク語の形容詞—その動詞的および名詞的性格と類型論的位置づけ.アジア・アフリカ言語文化研究77.2009. Participial Relative Clauses in Koryak and their Typological Characterization. Linguistic Typology of the North 1. 2008. 分詞および関係詞によるコリャーク語関係節の相補的形成.北方人文研究 1.2008.A Report on Koryak Phonology. Languages of the North Pacific Rim 9. 2004. Argument-Modifying Type of Diminutive/Augmentative Suffixes in Koryak. Languages of the North Pacific Rim 5. 2000.

上記内容は本書刊行時のものです。

目次

口 絵
凡 例
序 章
 1.対象とねらい
 2.先行研究
 3.契 機
 4.枠組みと方法論
 5.構 成 
第1章 言語的概観
 1.系 統
 2.方言分類
   分類基準/セヴェロ・エヴェンスク地区のコリャーク語の方言的位置づけ
 3.言語保持状況
   チュクチ・カムチャツカ語族/クレスティキ周辺地域のコリャーク語
 4.構造的特徴
   音韻的特徴/文法的特徴
第2章 地域的概観
 1.自然環境
 2.クレスティキ・トナカイ遊牧基地 
 3.第5ブリガード 
 4.第13ブリガード  
第3章 時空間の範疇化
 1.時間的環境の範疇化
   夜を区切りとする1日の分節/現在を基点として相対化された日・年の分節/多様な生業を反映した季節の範疇化
 2.空間的環境の範疇化
   丘陵・山/川/川名による地名/地形の水平的範疇化/方位表現
 3.自然現象
   自然現象を表す語彙/自然現象の生起と消失を表す形式/寒暖表現/「暑さ」を表す特殊表現
第4章 生業活動の範疇化
 1.トナカイ遊牧
   トナカイ遊牧民コリャークの構成/遊牧地/宿営地/遊牧地を決める占い/トナカイの分類システム/
   1年の遊牧サイクル/トナカイをめぐる儀礼
 2.漁 労
   魚の種類/漁 場/漁の方法
 3.狩 猟
   狩猟動物の種類/猟 場/狩猟の道具/野生動物の処理
 4.植物利用
   生活維持/衣/工芸および特殊用途/薬/儀礼・忌避など
第5章 衣食住の範疇化 
 1.衣・住
   トナカイ毛皮の特徴と用途/リサイクル・システムにおける毛皮衣類の分類原理/衣類に用いる毛皮
   の製革方法/トナカイ毛皮衣類の種類/革紐の製法
 2.食 
   生食する/干す/炙る/ルイベにする/燻製にする/酵させる/煮る
 3.住 
   夏用トナカイ毛皮製ユルト/トナカイ毛皮製テント/布製テント
 4.移動手段
第6章 誕生と死の範疇化
 1.誕生:命名の伝統と変容
   コリャークの伝統的命名方法/コリャーク式命名方法の変容と継承/ロシア式命名方法の変遷
 2.葬送儀礼の伝統と変容
   「客に行く」ことに喩えられる死/葬儀用の衣類と橇の準備/死者の安置/葬送儀礼の当日
参考文献
あとがき
コリャーク語語彙索引
言語名索引
民族名索引
地名索引
事項索引


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