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 断絶と変遷ドゥルーズの自然哲学

ドゥルーズの自然哲学 断絶と変遷

A5判 294ページ 上製
定価:5,000円+税
ISBN978-4-588-15102-6 C1010
奥付の初版発行年月:2019年06月 / 発売日:2019年06月下旬

内容紹介

ドゥルーズ哲学には、ある断絶点が存在する。その理論的変遷が、脱人間主義から非人間主義へと転回するひとつの自然哲学の生成として体系的に描かれる。「器官なき身体」「超越論的経験論」とは何を意味するのか? 1950年代講義、1960年代にガタリとともに遂行された精神分析批判、マルクス、カント、ベルクソン解釈の精緻な読解を通じて、ドゥルーズ独自の哲学的創造の論理と行程を明らかにする気鋭の探究。

著者プロフィール

小林 卓也(コバヤシ タクヤ)

1981年生まれ。大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(人間科学)。現在,大阪大学人間科学研究科助教。論文に「自然主義,問われるべき人間存在──ドゥルーズ自然哲学をめぐる問題圏」(『hyphen』第1号,2016年),「ドゥルーズの自然哲学序説」(『フランス哲学・思想研究』第22号,2017年),共訳書にドゥルーズ『ベルクソニズム』(法政大学出版局,2017年)ほか。

上記内容は本書刊行時のものです。

目次


  ドゥルーズ哲学の思想的変遷と自然哲学/本書の構成

第Ⅰ部 ドゥルーズ哲学における断絶としての自然概念

第一章 問題の所在──「器官なき身体」という断絶

序論
第一節 メルクマールとしての「器官なき身体」
  神経症の言語と分裂病者の言語
  器官なき身体による分裂病者の生の肯定
第二節 『意味の論理学』におけるメラニー・クラインによる幼児の発達段階論
  クラインの発達段階論
  分裂病態勢から抑鬱態勢への移行と器官なき身体の位置づけ
  狂気と作品──器官なき身体の問題点
第三節 『アンチ・オイディプス』におけるメラニー・クライン批判
  全体化する部分対象への批判
  全体化することなき部分、部分と共存する全体
第四節 超越論的な場としての器官なき身体
  生産のプロセスとしての自然
  欲望する生産における接続的総合
  マルクスにおける資本と器官なき身体の相同性
  マルクスの価値形態論と貨幣の資本への転化
  分裂病における離接的総合と連接的総合
結論

第二章 断絶としての自然概念

序論
第一節 断絶としての人間と自然の同一性
  「個体化の議論の消滅」と分裂病の問題の前景化
  分裂病と自然、人間と自然の同一性
  超越論的領野の探求と人間と自然の同一性に生じる齟齬
第二節 ドゥルーズ哲学における自然の主題化
  断絶および起点としての自然概念
  起点としての自然概念から自然哲学の構築へ
第三節 脱人間化から非人間主義へ
  自然概念という視座の設定
  ドゥルーズ哲学を一貫する問いとしての自然
  脱人間化としての超越論的経験論
結論
  非人間主義的な自然哲学による超越論的経験論の完遂

第Ⅱ部 脱人間主義から非人間主義へ

第三章 超越論的経験論とは何か(1)──ドゥルーズによるカント哲学読解

序論
  超越論的経験論における超越論哲学と経験論
  なぜ感性が問題となるのか
第一節 超越論的問題とヒューム経験論
  『経験論と主体性』の主題
  超越論的問題に対する経験論の不十分さ
第二節 カントの超越論哲学における有限性と発生の問題
  ──講義「基礎づけるとは何か」(一九五六─一九五七)
  講義「基礎づけるとは何か」(一九五六─一九五七)
  カント哲学における基礎づけの原理──可能性の条件、局所化、限界化
  カントとハイデガーの共通点
  超越論哲学における超越と実存
  ポスト・カント派によるカント批判
  ポスト・カント派からのカント哲学のとらえ返し──有限性と発生
第三節 カントの超越論哲学の可能性──カント哲学における合目的性と能力限界論
  『判断力批判』における美的判断と目的論的判断
  崇高論における諸能力の一致の発生
  限界と超越の同時的発生
  美的判断の問題点と目的論的判断
  自然認識における悟性の有限性の発生
結論

第四章 超越論的経験論とは何か(2)
  ──カント批判としてのベルクソン的直観

序論
第一節 カント哲学の問題点──概念と直観の分離
  カント哲学における諸能力の協働
  概念と直観の対立と齟齬
第二節 カント哲学に対抗するベルクソン哲学
  「実在的なもの」の曖昧さ
  実在的な経験の条件を捉える方法としてのベルクソンの直観
第三節 ベルクソン哲学における直観概念
  ベルクソンにおける持続と直観
  『ベルクソニズム』における持続の脱心理化
  数的多様体と質的多様体
  二つの多様体による主観と客観の改鋳
  物質における最小限の収縮と持続における最大限の弛緩
  知性と物質の同時的発生
第四節 『差異と反復』における強度概念と超越論的経験論
  質的多様体としての強度
  強度とは潜在性としての質的多様体である
  ドゥルーズの強度(内包量)理解──「直観の公理」と「知覚の先取」批判
  感性の超越的行使
結論

第Ⅲ部 ドゥルーズの自然哲学

第五章 前期ドゥルーズ哲学における自然の問題
  ──『意味の論理学』におけるエピクロス派解釈について

序論
第一節 『意味の論理学』における言語の問題性
  『意味の論理学』における言語モデル──ストア派の優位性
  出来事は言語の条件たりうるか
第二節 『意味の論理学』におけるエピクロス派の位置づけ
  『意味の論理学』におけるエピクロス派の位置づけの曖昧さ
  因果性に関するストア派とエピクロス派の差異
  「ルクレティウスと自然主義」(一九六一)と「ルクレティウスとシミュラクル」(一九六九)
  エピクロス派の自然主義の条件
  自然を思考するということ──エピクロス派における時間の理論
第三節 存在と言語
  出来事としての存在すること
  言語における一義性
  存在を語る言語
第四節 自然から見た超越論的経験論の問題
  超越論的経験としての分裂病
  最晩年における超越論的経験論との相違
  自然への内在、内在としての自然
結論

第六章 自然の感性論としてのドゥルーズ哲学

序論
  カントにおける美学と感性論としてのesthétique
  ドゥルーズ哲学と感性論
第一節 『差異と反復』における「純粋悟性概念の演繹」批判
  デカルトの方法的懐疑とカントの超越論哲学
  カント『純粋理性批判』における「純粋悟性概念の演繹」
  ドゥルーズによるカント批判──経験的なものの転写と外挿
第二節 主観と自然の脱中心化
  カント批判から導かれる第一の帰結──超越論的主観の脱中心化と多様化
  カント批判から導かれる第二の帰結──脱中心化された自然
第三節 内在平面としての自然
  超越論的領野としての自然の主題化
  エトロジーと自然の存立性
  リズム、メロディ、リトルネロとしての自然
結論 自然の感性論としてのドゥルーズ哲学

結 論

あとがき
引用参照文献
事項索引
人名索引


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