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メディアは科学事件をどのように報道したか科学技術報道史

科学コミュニケーション叢書
科学技術報道史 メディアは科学事件をどのように報道したか

A5判 208ページ 並製
価格:2,530円 (消費税:230円)
ISBN978-4-501-62820-8 C3330
奥付の初版発行年月:2013年04月 / 発売日:2013年04月下旬

内容紹介

科学報道に関する論考をベースに、過去の科学技術報道の抱えていた問題点とこれからの科学技術報道のあり方について論じた一冊。新聞報道をベースに、公害(足尾鉱毒、水俣病)、薬害(サリドマイド事件)、原子力、リスクに関する事象(オゾン層、ダイオキシン、環境ホルモン、遺伝子組み換え食品)について取り上げる。

前書きなど

 16世紀のヨーロッパで始まり,19世紀には制度化された「近代科学」は,いま大きな転換期を迎えている。「科学のことは科学者に」という,人々の専門家に対する伝統的な信頼に陰りがみられ,専門家のあいだでも公衆との科学コミュニケーションの重要さが声高に叫ばれるようになってきた。このような状況のなかで科学技術振興機構のプロジェクトの一環として,早稲田大学大学院政治学研究科に科学ジャーナリスト養成コースが設置された。本書は,同コースで「科学技術報道史」を担当していた筆者の講義録をベースに執筆したものである。
 全国の大学・大学院の公開シラバスのなかで「科学技術報道史」というタイトルをもつ授業は,早稲田大学以外では見当たらない。しかし,これはこれまでに科学技術報道の歴史を対象にした研究が存在しなかったことを意味しているわけではない。むしろ,新聞報道や雑誌記事を対象にしたエッセーや論文はかなりの数にのぼる。
 本書の目的は,そのような科学報道に関する論考をベースに,過去の科学技術報道の抱えていた問題点とこれからの科学技術報道のあり方について論じることである。各章はおおむね新聞報道をベースに個別の科学事件を再構成し,記事に関する数的データを用いて報道の特徴を描き出し,さまざま論考と組み合わせて報道の問題点について考察するという構成になっている。取り上げた事件は,公害(足尾鉱毒,水俣病),薬害(サリドマイド事件),原子力,およびリスクに関する4つの事件(オゾン層,ダイオキシン,環境ホルモン,遺伝子組み換え食品)で,導入として第1章で科学ジャーナリストの一般常識としての科学技術の歴史を解説し,第2章では新聞と並ぶ科学情報の媒体である科学雑誌についての明治期以降の歴史とそのあり方を論じた。
 筆者が科学技術報道に興味をもつきっかけとなったのは,長年にわたって環境教育を担当した教師経験のなかで,学生には環境問題に対する知識に偏りがあることに気づいたことである。多くの世論調査が示すように,環境に関する知識を教育の場で得ている人は少なく(教師としてはちょっとがっかり),大多数の人の情報源は新聞やテレビというマスメディアだというのである。そこで,実際には環境問題を中心にした科学技術はどのように報道されているのか,その実態を知りたいという好奇心からさまざまなことを試みた。今回,多くの人たちのあたたかい忠告や励ましによって,その結果を一冊の本にまとめることができた。まったく幸運なことである。ただし,そのような経緯のために,本書は科学技術報道史と銘打ってはいるものの,取り上げたトピックスは環境報道に偏ってしまっている。その点についてはご容赦いただきたい。
 科学技術報道史は「メディア論」の一翼を担うものではあるが,「論」が最後につく研究領域は,学問としての独自の体系をもつ「学」にはまだなりきっていない,いわば暗黒星雲のようなものである。今後,恒星としての進化の第一歩を踏み出す(新しい学問分野として認知される)のか,それとも元の星間物質に戻ってしまう(個別分野の一領域にとどまる)のか,それを決めるのはそこに集積された物質(人材)とエネルギー(熱意)の両方にかかっているといえる。本書をきっかけに科学技術報道史に興味をもってくれる人が一人でも増え,筆者とは異なった視点から科学技術報道史に取り組む人が出てくることを願っている。
 なお,今回分析の対象にしたのは,「水俣病」の場合を除き,朝日,毎日および読売新聞のデータベースに収録(見出し語およびキーワード)されていた全国版(東京)の記事のみであるが,得られた結論には一般性があると考えている。また,テレビ報道とこれからますます常用性を増していくインターネット情報については,紙幅とデータの入手・分析の難しさのために,今回はほとんど手を付けていない。いずれ機会があればと考えている。
 本書の出版にあたって,東京電機大学出版局の浦山毅さんにはたいへんお世話になった。また,一橋大学大学院社会学研究科の福田寛之君とバヤンサン・トゥグルドウルさんには資料の収集・整理に協力していただいた。改めて感謝の意を表したい。
 2013年4月
 御代川貴久夫


目次

第1章 科学技術報道史の基礎
 1.1 科学技術史
 1.2 科学報道の歴史
 1.3 科学報道の役割
第2章 科学雑誌
 2.1 科学雑誌の分類
 2.2 第一次出版ブーム
 2.3 第二次出版ブーム
 2.4 第三次出版ブーム
 2.5 科学雑誌を取り巻く環境
 2.6 エピローグ
第3章 公害
 3.1 足尾鉱毒事件
 3.2 足尾鉱毒事件の報道
 3.3 水俣病
 3.4 水俣病の報道
 3.5 水俣病報道の検証
 3.6 科学報道でのスクープ
 3.7 ポストノーマルサイエンスとしての水俣病
 3.8 エピローグ
第4章 サリドマイド事件
 4.1 サリドマイド事件
 4.2 新聞報道
 4.3 社説とコラム記事
 4.4 何が伝わったのか
 4.5 エピローグ
第5章 原子力
 5.1 原子力発電の歴史
 5.2 伊方原発訴訟
 5.3 岩佐訴訟
 5.4 原子力船「むつ」
 5.5 チェルノブイリ原発事故
 5.6 原発報道に対する検証と批判
 5.7 エピローグ
第6章 リスク①オゾン層の保護
 6.1 はじめに
 6.2 新聞報道
 6.3 社説
 6.4 イシュー・アテンションサイクル
 6.5 エピローグ
第7章 リスク②ダイオキシン
 7.1 ダイオキシンの新聞報道
 7.2 社説
 7.3 ニュースステーション事件
 7.4 NFNT症候群
第8章 リスク③環境ホルモン
 8.1 環境ホルモンとは
 8.2 新聞報道の概略
 8.3 毎日新聞の報道
 8.4 雑誌記事
 8.5 SPEED’98
 8.6 多摩川のコイ
 8.7 専門家とジャーナリスト
第9章 リスク④遺伝子組み換え食品
 9.1 新聞報道
 9.2 GMOのリスク報道
 9.3 雑誌
 9.4 GMOの社会的受容と欠如モデル
 9.5 安心と安全
 9.6 リスクと報道
索引
コラム


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