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情報教育にいかす分散処理シミュレーションStarLogoプログラミング

StarLogoプログラミング 情報教育にいかす分散処理シミュレーション

B5判 196ページ 並製
価格:3,080円 (消費税:280円)
ISBN978-4-501-54640-3 C3004
奥付の初版発行年月:2009年10月 / 発売日:2009年11月上旬

前書きなど

 秋が近づいた夕暮れ,稲の刈り入れを控えた田畑の上を,鳥の群れが不思議な形を作り出しながら旋回する.群れは時に長く引き伸ばされ,分断され,再び互いに寄り添うように合流する.こうした光景に目を奪われた人は多いことであろう.また,アリが餌を運ぶ行列を,時の経つのを忘れて観察した経験のある人も多いに違いない.小さな頭しか持たないアリが,どのようにして仲間と一つの目的を遂行する作業ができるのか不思議に思った人も多いだろう.
 物理学者の寺田寅彦は,熱帯魚の群れが一斉に動き出すさまに心を引きつけられ,「互いに合図するのかまねをするのか.それとも外界の物理的化学的条件に応じて機械的に反応しているのか,どちらだか自分にはわからない」と記している.
 コンピュータグラフィックスで鳥の群れを表現しようとしていたプログラマーのクレイグ・レイノルズ(Craig W.Reynolds)は,”Bold”と名づけた人工の鳥の群れで,あたかも本当の鳥の群れのような動きを作り出すことに成功し,人々を驚かせた.そのルールは,以下の三つにまとめることができた.
 (1)それぞれの鳥は,局所的な群れの混雑を避けるように行動する(仲間と適度な距離を保つ).
 (2)局所的な鳥の群れの仲間と同じ方向へ進もうとする.
 (3)局所的な群れの重心へ向かおうとする.
 この三つのルールをそれぞれの人工鳥に当てはめることで,本物の群れと見まがうばかりの動きが再現できたのである.鳥に自らの行動を聞くわけにはいかない.しかし,ある仮説の下に鳥の動きを作り出し,その総体として群れの行動が再現できれば,鳥たちはその仮説に基づいて行動していると考えてもよさそうである.このような現象は,私たちの身の回りにたくさんある.例えば交通渋滞や,駅などの混雑した状況で現われる規則的な流れも,他人につかず離れず,場の流れや空気を読み取って行動している結果として,立ち現われる現象と考えることができる.集団生活での普通の行動も,実は案外単純なルールに支配されているのかもしれない.さらに,広く捉えれば,私たちの社会そのものも,個人個人の比較的単純なルールに基づいた行動の総体として立ち現われた結果と見ることもできるかもしれない.
 さて,複雑そうな群れの動きが実は単純にルールでできているらしいとわかってきたのは,最近のことである.このような現象を考え,実験できるようになった背景には,コンピュータなどの新しいメディアの出現が欠かせない.コンピュータの中に,対象とするモデルを構成する要素を作り出し,その要素同士の関係性に注目して問題を解明しようとする方法である.このようなものの見方やモデル化の方法を,「分散処理的」あるいは「非集中的」と呼ぶことにしよう.
 分散処理的モデルあるいは非集中システムモデル(decentralized system)は,現在マルチエージェントシステムモデルの一つとして捉えることができる.
 マルチエージェントシステムの考え方は,1960年代に社会科学分野で試みられている.しかし,本格的な手法として,比較的簡単にコンピュータモデルが利用できるようになり,サンタフェ研究所ではクリストファー・ラングトン(Christpher Langton)がSwarm Projectを開始した.また,マサチューセッツ工科大学(MIT)では,ミッチェル・レズニック(Mitchel Resnick)がStarLogoを非集中モデルの教育用シミュレーション環境として試作した.
 レズニックは著書 Turtles,Termites,and Traffic Jamsの中で,非集中的な考え方について,次のように述べている.

 人々は,パターンや構造を見ると本能的に集中的な制御や集中的な原因を仮定してしまう.ありもしない要因や指導者を見出してしまうことがよくある.なにか起こると,ある独立した因子が原因であると考えてしまう.しかし,すべてがそのような関係にあるとは限らない.新しい技術や新しい組織構造,新しい科学的アイデアを通して非集中的な考え方が文化に浸透すれば,人々は確実に新しい考え方で考え始める.人々は新しい非集中的なメタファやモデルに慣れていき,新しい目で世界を見るようになる.因果関係についての考え方を構成し直し,拡張していく.従来の集中的な説明に頼ることもときどきあるだろう.だがその方法では説明できなくなったとき,人々は別のモデルのメタファを引き出すことができる.[・・・・・・]
 非集中的な考え方は,集中的な考え方を補うものであり取って代わるものではない.人が世界についての理論を構築するとき,集中的,非集中的両方の考え方を取り入れることが大切である.

 非集中的な問題解決の手法は,情報技術の発達によって身近になった.この新しいものの見方や考え方とその手法は,新しいメディアを手に入れたわれわれや,未来を担う子どもたちが,思考の道具として利活用する上で欠くことのできない世界観であり,学校教育の内容として積極的に取り入れる必要があると考えている.筆者らはこのような考え方に立って,1997年に,横浜国立大学教育人間科学部の教職を目指す学生を対象として,試行実験および調査を行った.また,2000年には川村学園女子大学教育学部の学生に対して,2007年からは大妻女子大学社会情報学部の学生に対して,その可能性を探ってきた.これらの一連の調査から,適切な資料が提供できれば,広く一般の読者や高校生に対してもそのような考え方が受け入れられるのではないかと考えるに至った.
 当時利用していたStarLogoはその後様々な改良が加えられ,現在では,専門家でない一般の読者にもプログラミングが可能な分散処理的モデル環境となっている.
 また,教員の研修会などを通して,教育での活用の可能性を強く意識するようになった.非集中的な考え方は,単に話を聞いたり書物を読んだりするだけでは,その奥深さや楽しみは伝わりにくい.自らが実際にプログラムを入力し,実験する活動を通してのみ,理解できる.しかし,研修会終了後,興味を持った受講者が学習を深めようとしたときに,手軽に使える入門書がないことが,しばしば話題になった.
 本書は,分散処理的な見方や考え方を,プログラムの作成体験を通して身につけていくことを目指した,StarLogoの入門書である.執筆者の多くは,StarLogoを教育の現場で実際に利用しており,本書で取り上げた内容は,そこでの経験を生かしてまとめられている.本書のプログラムを実行させながら,非集中的なモデリングの考え方を体験し,分散処理的あるいは非集中的な見方や考え方を感じ取っていただければ幸いである.
 2009年8月
 著 者


目次

第1章 StarLogoの概要
 1.1 分散処理的(非集中的)な見方・考え方
 1.2 分散処理的な見方・考え方と情報教育
 1.3 プログラミング言語
 1.4 StarLogoの体験
第2章 StarLogoを動かそう
 2.1 StarLogoの世界と住人—patch,turtle,observerの関係
 2.2 StarLogoウィンドウ(インターフェース)
 2.3 Control Center — turtleやpatchに命令する
第3章 StarLogoを使ったTraditionalなプログラミング
 3.1 図形を描く—1匹のturtleで三角形から円,フラクタル図形まで
 3.2 数値計算とリスト処理
第4章 複数のオブジェクトを動かそう
 4.1 コミュニケーション相互作用モデル
 4.2 仕事を依頼する
 4.3 情報を取得する
 4.4 turtleの行動を位置情報によって変える
第5章 分散処理的なモデルをStarLogoで動かそう
 5.1 避難訓練モデル—グラフの利用
 5.2 森林火災モデル—色による情報の表現・近傍側の表現
 5.3 スリと警察官モデル—並列処理システムにおけるコミュニケーション
 5.4 「種」を使ったスリと警察官—「種」とは?
 5.5 アリの餌運び—間接的なコミュニケーション
第6章 情報教育へ活用しよう
 6.1 モデル化とシミュレーション
 6.2 授業事例
 6.3 分散処理モデルの事例
付録A グラフ作成ツールの利用
 A.1 Plotウィンドウ
 A.2 折れ線グラフの作成
付録B ヒント集
索引
コラム

関連リンク

・ダウンロード:シミュレーションプログラム


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